3 ふんぞりかえる姉
よろしくお願いします。
「まず、亡くなった方ですが――」
堤の言葉を遮り、正子がしゃべり出した。
優里は努めて表情を殺し、成り行きを見守った。
「高木三千代、六十二歳です。見ての通り変異種ですわ。両頬にコブが付いているため、『フタコブミミズク』と名付けられましたの。まさか我が一族に変異種が生まれるとは。はぁ」
亡くなった妹を悼む気持ちは持ち合わせていないらしい。
三千代の左の頬にはゴルフボール大のコブがある。右頬は床に付いているが、おそらく同じコがあるのだろう。
「オホン」
脱線しそうになった気配を察した堤が咳払いをすると、正子がギロリと睨みつけた。
「まっ! 何ですの? 私に向かってなさいました? 包み隠さず申し上げたまでですのに。三千代のことをお知りになりたいのでしょう? この子は独身で、生まれてこのかた、この家を離れたことがありませんの。まあ、この家で生まれ育った訳ですしね。ここにいる限り家賃はかかりませんし生活費は長男の一夫もちでしたから、親の遺産で好き勝手に暮らしておりましたのよ。ああいう性格なので友達はほとんどいなかったと思いますけどね。もしかしたら、『死んでせいせいした』と思っている人ならいるかもしれませんわね」
(ひっどい。さすがにひどいんじゃないの。亡くなったら仏様と聞いているんですけど。昔の方なら尚更そのはずじゃ……。聞かれてもいないのに、いきなり亡くなった妹をディスるとは。このお婆さん、ヤバいな)
堤も圧倒されたのか困惑したのか、まずは、この場にいる獣人たちを一通り把握しようと考えたらしい。
「え? ああ、はあ。それでは皆さんについて――」
またしても正子が堤の言葉を引き継いだ。
「この頭の薄いのが、現在の高木家の当主である一夫です。これで十二代目になります。歳は――」
今度は堤が素早く遮った。
「申し訳ありませんが、ご本人の口からお伺いしたいのですが」
遮られた正子は、「まっ」と驚いた声を出し、あからさまに不機嫌な顔をして黙った。
姉の機嫌をどうしてくれるのだと、一夫の方が今にも泣き出しそうだ。それでも勇気を振り絞って答えた。
「私がこの家の当主の高木一夫です。六十五歳になります。今はもう引退しておりまして、なんというか、この家の維持管理に努めております。と言っても、この家は重要文化財に指定されておりまして、修理やら何やらは全てにおいて文化庁にお伺いを立てないことには、にっちもさっちもいかないのですが――」
「ああ、まずは亡くなった三千代さんとの関係性だけで結構です」
堤は軽く遮っただけだが、もういっそ、「勘弁してくれ」って言えばよかったのに。
「ええと、三千代は私の妹になります。姉の正子と私と、妹の三千代の三人兄弟なのです」
「なるほど。すると、そちらの方が長姉である正子さんですね」
正子はやっとですか、と堤をひと睨みしてから自己紹介を始めた。
「ええ、私が一番上ですわ。三枝正子と申します。まさかこんな風に人前で年齢を言わされる羽目になるなんて――。本当にもう、三千代の嫌がらせでしょうか。死んでまで私たちに恥をかかせるとは、さすがに三千代ですわね。もうこの先、年齢を聞かれることなどないと思っておりましたのに」
「あの、ですから――」
「ああ、すみません。そちら様もお忙しいのでしょう。一夫が六十五際なのですから、私はその上ですよ。もう本当に嫌だわ。七とだけお伝えしておきましょう。ああ、あと、三千代は独身と申し上げましたけど、私には夫と娘が二人おりますの。夫は当家ともゆかりのある四井銀行に勤めておりまして、ああそうそう、道長さんも同じ銀行でしたわね。娘は二人とも有難いことに芸術の才に恵まれまして、今は二人とも海外におりますわ。娘たちは――」
「ああ、あの、その辺で結構です」
堤も段々と我慢ができなくなってきたらしい。口ぶりがぞんざいになってきている。
「では、そちらの」と、しずかの方に手を向けた。
しずかは表情を変えずに話し始めた。
「私は一夫の妻のしずかです。五十八歳です」
少し間があいた。しずかは口を閉じている。ああ、名前と歳だけで終わったのだと皆が理解して、堤が道長の方を向いた。
「あ、私は長男の道長です。ええと、なんと言えばいいのかな……。一夫としずかの間に生まれた子どもです。三千代叔母さんからすると甥っ子ですね。歳は三十三歳です。先程、正子叔母さんからもありました通り、四井銀行に勤務しております。あ、よろしければどうぞ」
そう言って、名刺を堤に渡した。
(こいつ、名刺を出すタイミングを伺っていたのか!)
道長は名刺を渡せたことに満足したのか、一度隣の優里を見てから道長に視線を戻し、「こちらは畑野優里さん。私のお見合い相手です」と、紹介した。
「畑野優里です」
(年齢を言わなきゃ駄目かな?)
「二十五歳です。今日はホテルでお見合いをした流れで、道長さんのご実家にお邪魔させていただきました」
「お見合いを? ほう――。それでは畑野さんを紹介するために、一夫さんのご兄弟が集まられたということですか?」
それは優里も聞きたかったことだ。初めから会食が終わりホテルを出たら実家に連れてくる手筈だったのだろうか。
優里はうっかりきつい視線を道長に向けてしまった。道長や一夫が言い淀んでいると、正子があっさり認めた。
「ええ、まあ。どのみち結婚前には顔合わせが必要ですからね。早い方がいいだろうということで、今日お会いすることにしました。それで、私がこちらに参りましたの」
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