25 自白
結局、近藤班が佐藤を連れて戻ってきたのは、堤の予想通り五時を回った頃だったらしい。
佐藤の往生際が悪く、揉み合いながら逃げたり捕まったりを繰り返したという。近藤にしては情けない話だ。
彼は堤の一年後輩にあたる。ビーグルなのに何故か顔がシワだらけで、「顔だけブルドッグ」と呼ばれている。
近藤は顔つきと態度から「武闘派」として名を馳せてはいるが、喧嘩っ早いのとは違う。闇雲に暴力をふるう訳ではない。何というか、やるときは徹底的にやる男なのだ。
夜の捜査会議で彼からもたらされる情報次第では、個別に彼にあたる必要があるが、果たしてどこまで報告を上げるのか――。
二十二時ちょうどに捜査会議が始まった。進行役は雛壇にいる大野係長だ。亀の見た目通り普段は温厚だが、堪忍袋の緒が切れると口調も顔つきも変わる――まあ、ここにいる者たちは大抵がそうだ。
「近藤班は少し遅れるようなので、まずは堤班から報告してくれ」
「はいっ」
石田が威勢よく立ち上がる横で、「あの野郎、勿体ぶりやがって」という恨み節が聞こえてきた。
近藤と同期の東原だった。鶏にしては血の気の多い男だ。赤いトサカが凶器に見える。堤は視線で気にするなと石田に伝える。
堤班の報告担当は石田と決めている。要点をまとめるのがうまいためだ。
「佐藤洋太と高木三千代の接点ですが、佐藤の妹の明子が人形サークルで三千代と知り合っており、明子に無理矢理紹介させています。佐藤が最初に三千代と会ったのは一月十八日月曜日で、佐藤と明子が高木家を訪れ、その場で佐藤は三千代から三十万を借りています。その後も借金を重ねていたと思われますが――」
「それに関してはうちから」
高木邸で聞き込みを行なっていた立川の同期がいる中田班から、妹尾が手を上げた。毛むくじゃらの大きな手が上がり注目を集める。屈強なゴリラだが、見た目に似合わずクソが付く真面目な男だ。
「佐藤洋太の写真を高木一夫と妻のしずかに見せたところ、確かに三千代を訪ねてきた男に間違いないとのことでした。それも三回。素性のよくない獣人に見えて、気になっていたようです。三回目の時は、佐藤が額を腕で覆うようにして階段を下りてきたそうですが、血のようなものが見えて怖かったと言っています。三千代の方は怪我をしていなかったと言っていますから、三千代と揉めて、佐藤の方が傷つけられたと思われます」
「婆さんにやられたのか?」
誰かがヤジが飛ばしたが、この程度なら全員無視する。この場にいる全員が、佐藤洋太の供述内容を聞きたくてうずうずしているのだ。
「じゃあ、次は――」
係長が言いかけたところへ、「遅くなりました」と近藤班が入室してきた。
正に真打登場といった華々しい登場の仕方だ。だが当の近藤は、身長百六十八センチに体重が八十キロ近い――定期健康診断時にボヤいていたのを誰かが聞いたらしい――ずんぐりむっくりの体型をしている。
せめてビーグルらしく可愛げのある丸ポチャ体型なら違和感はないのに、近藤ときたら、粘土をガッチガチに叩いて固めて素焼きしたようなガタイをしているのだ。
スーツくらいの布切れでは、その厳つさを隠しきれていない。
といっても柔道は二段止まり。頑丈そうに見えてよく怪我をする。
一言で言うなら、不器用なおっちょこちょいなのだが、本人は肩で風を切るタイプに見られたいらしいので、堤のように近しい獣人はそのように扱っている。
「待っていたぞ。早速だが、被疑者の事情聴取の報告を頼む」
係長も興奮を隠せない。
「佐藤が高木三千代に借金をしていたことは報告済みだ」
近藤は空いている長机に陣取り、座る前に堤をチラリと見た。
指名された近藤班からは、ベテランの中野が報告するらしく、「はい」と答えて、そのまま座ることなく長机に資料を置いて話し始めた。
きっと、ここにいる全員が同じことを思っている。
――キリンなんだから座って話せばいいだろうに。余裕で頭一つ分、皆より高いのだから。
それにしても残りのメンバーが緊張した面持ちで席に着いている。なぜそんな顔をしているのだろう。普通は誇らしそうに自慢げな表情を見せるものだが……。堤は不安を覚えた。
「本日十四時十三分に確保した佐藤洋太ですが、高木三千代をナイフで刺したことを認めました」
会議室内で、「おお」という低いどよめきが起き、一気に安堵感が部屋を覆った。
「佐藤洋太は、妹の明子に金持ちの知り合いができ、簡単に金を借りられた話を聞きつけ、明子を脅して三千代への繋ぎを頼んだそうです。本人は日付をメモしていないため正確な日は覚えていないようでしたが、一月の中旬か下旬に、初めて三千代に会ったと言っています」
「それなら日付は分かっている。明子の方がメモしていた。一月十八日月曜日だ」
係長が情報を共有する。
「なるほど。記憶はだいたい合っていたんですね。その後も、二月の中旬に三十万、三月の下旬には五十万、合計で百十万を借りたそうです。借りる度に土下座をさせられ、三千代からはゴミだとかクズだとか、散々罵られたそうなんですが、ほんの十分か二十分、我慢して床に頭を擦り付けていれば金が貰えるので、こんな簡単なことはないと、たかをくくっていたそうです」