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23/49

23 進展なし

 優里は寝不足のまま起床した。耳障りな音で彼女を起こした目覚まし時計の針は、ちょうど七時を指している。

 四月十二日の朝のニュースでは、首相の訪米がメイントピックとして報じられていた。昨日の高木家の事件は、あっという間にトップから陥落したらしい。

 両親は敢えて何も言わないことにしたようだった。いつも通りの朝の光景が優里を慰めてくれる。



 食事を終えスーツに身を包み、よろよろと駅に向かって歩きだす。一週間の始まりがこんな状態では先が思いやられる。金曜日まで体力が持つだろうか。

 昨夜は熟睡できなかったため、ホームで電車を待つ間、優里は二度もあくびをしてしまった。

 景子の言う通り会社は休むべきだったのかもしれないが、家にいてヒステリックな彼女の相手をするよりはマシだと判断して出てきたのだ。

 そんな優里の気も知らず、朝早くから吉岡のLINE攻撃が止まらない。配慮のかけらもない彼からの送信が、彼女をイラつかせていた。


「昨日は彼氏への連絡乙。追加情報求む」


 吉岡は、道長のことを「彼氏」と呼ぶことにしたらしい。


「今日は午前中空いているので、聞き込みに行ってきます。乞うご期待!」


(まるで探偵気取りじゃん!)


 優里は内心でツッコんだ。


 吉岡は大学院で研究をしていると言っていたが、会社員が九時から働き始めることくらい知っているだろうに、午前中に五回、昼過ぎにも二回、LINEで連絡を寄越した。

 仕事中にスマホをいじる訳にもいかず、かといって気になるので無視もできず、いつもの倍の回数トレイに行ってしまった。同僚には、お腹でも下していると思われたかもしれない。

 恥ずかしすぎる。そしてムカつく!


 吉岡からのLINEは、「高木邸の現在の様子」とか「第一住民発見」など、どうでもいいようなものばかりだった。

 優里はトイレから戻る度に険しい表情になってしまい、吉岡を恨んだ。元々目つきが悪いのが欠点なのだ。物心ついてからずっと、優里はすこぶる目つきが悪かった。


 小学生にして、世の中の全てを恨んでいるような、そんな目をしていて、よく先生に注意されたものだ。仲の良い友達などできるはずもなく、ずっと仲間外れにされ、いじめられていた。

 中学入学を機に、景子と一緒に鏡の前で睨めっこのように作り笑いの練習を始めて今に至る。

 だが幼い頃の習慣は恐ろしいもので、今でも不愉快になると、「鬼の形相」をしていると、周りから揶揄(からか)われることがある。



 月曜日は、出社した誰もが気だるい様子で、大抵、定時退社をする。

 優里も昨日の疲労が残っているため、寄り道する気力もなく真っ直ぐ自宅へ戻ることにした。帰りの電車内でもLINEの音が鳴り、うっかり舌打ちしそうになった。


「もう告別式終わったよね。彼氏から連絡は?」


 今、吉岡の側に誰かいるなら、優里の代わりに飛び蹴りを喰らわしてほしいと真剣に祈った。





「ただいま」


 優里は玄関を開けると、努めて明るい声で、リビングにいるであろう景子に声をかけた。

 スリッパに履き替え、そのままリビングにいくと、景子がテレビをぼんやり見ていた。


「今日はさっぱりね……」


 朝からニュースやワイドショーを見続けていたのだろう。さっぱりということは、昨日から進展がないということか。


「仲人さんに連絡したんだけど、ものすごく謝られちゃった。逆にあっちが心労で倒れちゃうんじゃないかって心配になったわよ。初七日が過ぎてから仕切り直しっていうことにしたから。それと、今日、告別式だったんだって」


 優里は道長から聞いたことは黙っておいた。連絡を取り合っていることは言わない方がいいだろう。


「そうなんだ」

「買い物に行ってないから、今日はカレーで済ませたわ」

「いいんじゃない。別に」

「すぐ食べるでしょ」

「うん、着替えてくる」


 景子は「よっこいしょ」と言いながら立ち上がると、キッチンへいき、二人分の夕食の準備を始めた。






 母娘でカレーを食べている間も、景子はNHKのニュースを見ていた。普段はバラエティ番組を見ている時間帯だ。


「いいお相手だと思ったのにね」


 急に独り言のように話を始めた。


「あなたから堅実な結婚をしたいって聞いたとき、私も心底それが正解だって思ったんだけど――」


 景子は優里の方を見ずに言い淀んだ。


「人様に幸せにしてもらおうと思った罰なのかな。あなたには悪いことしちゃった」


 優里が大人になって、あの頃のことを景子と話すのは初めてかもしれない。嫌な記憶。忘れてしまいたい、声と音……。


「今回はたまたまだよ。私たち頑張ったもん。お母さんも私も、幸せになっていいはずだよ」

「そう――よね。まだ婚活、始めたばっかりだしね」

「絶対いい人見つけてみせるから。私、失敗しないから」


 申し分のない相手を見つけて、陽一郎が部長のうちに結婚式をあげるのだと、二人で決めたのだ。

 景子は泣き出しそうになるのを堪えてカレーを頬張っている。


「部屋に上がるね」


 優里は彼女にそう声をかけて自室に篭った。スマホには道長と吉岡からそれぞれLINEが入っていた。まずは道長からだろう。


「無事に告別式が終わりました。式には警察の方も見えていました。少しだけ話しを聞けました。本件、殺人事件として捜査されているそうです。

 昨日、優里さんが帰られた後、警察はナイフの鞘を探していましたが、とうとう見つかりませんでした。そして、ナイフの指紋も拭き取られていたそうです。

 あの部屋に侵入して、叔母を殺害後に逃げた人物がいるとは驚きです。改めて、怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」


 殺人事件――。密室で死んでいたのに――。まさかナイフの指紋が拭き取られていたとは思わなかった。

 ナイフの鞘については優里は思い至らなかった。犯人の目星はついているのだろうか。道長はその点、何も言及していない。

 彼は優里からの依頼を忘れず、動画ファイルを添付してくれていた。再生すると、あの瞬間に戻ったように感じる。あの部屋に殺人犯がいたのだ。そうなると、全てが違って見えてくる……。

 とりあえず、道長には簡単に返事を返しておこう。次は初七日明けになるのだろうか。それまでに進展があれば連絡をくれるかもしれない。


「大変なときに、ご丁寧にご連絡をいただきまして、ありがとうございます。まさか、そのような事態になっているとは驚きました。三千代叔母様がお気の毒です。早く犯人が捕まることをお祈りいたします。

 ただでさえ皆様お辛い中、マスコミ対応まで、ご心労のほどお察し申し上げます」

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