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13 よくわからない現場

「その点については今考えても答えは出そうにないな。いったん保留、次」


 石田が続けた。


「はいっ。カーペットに『まさこ にくい』と平仮名で書かれた文字ですが、鑑識によれば三千代の血液で間違いないそうです。ただ――」


 立川が大袈裟にうんうんと頷いている。


「ただ? なんだ?」

「はいっ。その――カーペットの毛足が結構長いらしく、普通に指に血を付けて書くと、掠れてうまく書けないのではないかと。相当集中して、指の腹にたっぷりと血液を付けて何度も重ねて書かないと、現場のように、はっきり読める文字にはならないそうで。瀕死の状態でそんなことをできるとは思えないとのことでした。それでも、三千代の指の汚れ具合から、三千代が書いたと思われるのですが――」


 堤は捜査会議の後に、立川を鑑識へ行かせていた。立川は、昨年の九月に捜査一課に異動してくるまで、鑑識係に所属していたのだ。

 現場には、当時の立川の指導係だった浜田が来ていた。浜田は防犯カメラ捜査係も兼任していると聞く。

 立川によれば、どうやら鑑識の方でもモヤモヤしているらしく、報告内容も歯切れが悪いものになり、捜査員たちから嫌味を言われていたらしい。


 沈黙が流れたことを指摘するかのように、天井の蛍光灯がジジッと鳴った。

 立川が石田の顔色を窺いながら口を挟む。


「そのダイイングメッセージですが、家族全員は特に違和感を感じないとのことでした。三千代は普段から、『正子が憎い』とよく言っていたそうです」

「それにしても、もし刺されたのなら、犯人を示す手掛かりではなく姉の悪口を残すとはどういうことだ?」


 いつの間にか、山田がホワイトボードに、三千代の部屋を四角で書き、ドアや窓を書き足していた。死体の横に「にくい」とだけメッセージを書きながら呟いた。

 その疑問に立川が当てずっぽうを言う。


「犯人が三千代の指を使って書いたとか?」

「何のために? 自分が殺した女が姉を憎んでいたと、わざわざ書く意味が分からん。しかもそんな内情を知っているとも思えん」


 石田が即座に否定するも、面白そうだと山田が食いついた。


「でも一応、姉妹の仲の悪さを知っている者の犯行って線も残しておきますか?」


 お前はホワイトボードにそう書き込みたいだけだろう、と、三人の冷たい視線に気づかないふりで、山田は、「犯人像」の横の「借金トラブル」に続いて「内情を知る者?」と書き加えた。


「不明と言えば、遺体の向きも変ですね。メッセージを書き終えて力尽きたのなら、書いた指がメッセージの近くにあるはずなんですけど、体ごと逆方向を向いています」


 石田が、三千代の顔写真の下の遺体の写真を叩いた。


「現場の状況から素直に判断すると、息を引き取る前に、時間をかけてダイイングメッセージを書き、寝返りを打ってから死亡したということになります」


 捜査会議でも指摘されていた点だ。


「それから左手に持っていたと思われる固定電話の子機も気になります」


 石田の発言に合わせて山田が「遺体の向き」「子機」と書き込む。


「最後の通話記録は、前日の四月十日土曜日の十六時二十三分、美容院への発信です。美容院に問い合わせたところ、カットの予約でした。三千代からは、毎月十日前後に予約が入っていたそうです。十日の日は、午前中にもう一件、十一時二十一分に非通知からの着信があるだけです。事件当日の十一日は発信も着信もありません」


 石田は考えを整理するかのように自分の考察も付け加えた。


「なお、固定電話は三千代の部屋にあるだけで、他の部屋には子機も置いていないそうです。なので、内線で家族に助けを呼ぶということはまず考えられません。電話をかけようとしたところを襲われたんでしょうか……」

「スマホは持っていないのか?」


 堤の母親は七十一になるが、スマホのLINEで孫と会話をしている。


「はい。家族の話では、三千代はスマホを持っていなかったそうです。部屋にもありませんでした」

「うーん。次」


 堤は材料が少なく判断できない場合は、無駄な検討はしないことにしている。


「はいっ。三千代の部屋が面している庭ですが、一面、芝生が生えています。それでも、芝生の上にスニーカーの底らしい下足痕が残っていました。その下足痕の土と同じものが、庭の欅の木の幹にもついています。この木の枝は、三千代の部屋の窓すれすれまで伸びていますから、どうやらホシは幹を伝って窓から侵入した線が濃そうです――窓が開いていればですけど」


 石田が頭をかきながら顔を歪ませる。

 これらの情報は、先程の二十二時からの捜査会議で報告されたものだ。追加情報があれば、明朝の会議で提示されるだろう。


 会議では、家中を捜索したが遺体に刺さっていたナイフの鞘が発見されなかったことと、ナイフからは指紋が検出されなかったことが報告され、捜査員たちがどよめいた。

 自殺ならナイフに三千代の指紋がついているはずだ。瀕死の状態で、三千代が綺麗に拭き取ったとは考えにくい。犯人が拭ったと考えるのが妥当だ。

 かくして、本件は殺人事件として捜査することになったのだ。


「よし。最優先は佐藤洋太だが、これはSSBCからの報告が先になるかもしれないな。今日はここまでにしよう。ご苦労さん」

「お疲れ様です」

「お疲れっす」

「お疲れ様でした」


 三人の部下が、三様に応答した。

 堤が左腕に目をやると、スマートウォッチが00:48と表示していた。ほんの数日前に、中学に入学した息子とお揃いで購入したものだ。

 四十を過ぎてからは体力の衰えが著しい。若いときに先輩から散々聞かされていた「疲労が抜けない」という意味を、心底実感するようになった。

 まあ一時前に退庁できたならよしとするか。

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