12 ラスボス
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「よし。じゃ、残りの家族を頼む」
石田は堤に向かって快活に、「はいっ」と返事をし、ホワイトボードの写真を指しながら話し始めた。
「三千代の兄の一夫が、現在の高木家の当主です。歳は六十五。自動車メーカーに勤務していましたが定年退職し、現在は悠々自適だそうです。妻しずか五十八歳は、結婚当初から専業主婦です。この夫婦には息子が二人おり、長男の道長三十三歳は独身で港区のマンションで一人暮らしを、次男の頼通二十八歳独身も、品川区のマンションで一人暮らしをしています。今日、あ、もう昨日ですけど、事件当日は道長の見合いの日でした。道長と見合い相手と仲人の三人でホテルで会食をした後、道長が見合い相手を連れて実家に戻りました。何でも、実家に見合い相手を連れてくるように指図したのは、一夫の姉の正子だそうで、三千代もその見合い相手に会うつもりだったようです」
山田が勝手に、一夫としずかと正子、道長、優里を赤線で囲った。事件現場に居合わせた者という意味なのだろう。刑事ドラマの見過ぎだ。
「ちなみに、次男の頼通は四月一日から一ヶ月間の予定でアメリカに出張しており、ニューヨークの宿泊先にいることを確認済です」
「それにしても、道長とか頼通とか、なんなんだ? 藤原家みたいな名前は」
堤のボヤキに石田が真面目な顔で答える。
「はい。何でも正子の発案だそうです。藤原家の繁栄にあやかりたかったそうです」
「確か道長と頼通は親子ですよね。何で兄弟に親子の名前を付けたんでしょうね」
立川が素朴な疑問を口にする。
「次の世代までの繁栄を願ったってことらしい。余計なお世話だろうに」
石田も、立川からの質問に答えながらつい本音を漏らした。
堤の脳裏に、でしゃばって話をしている正子の姿が浮かんだ。
堤の妻の郁子は、妊娠中に十以上の名前の候補をあげ、悩みに悩んだ結果、三つにしか絞れなかった。最後は顔を見て直感で決めたと言っていたが……。
堤はそんな経験から、女性はみんな、自分が産む子には自分で名前をつけたがるものだと思っていた。
しずかにはそういう願望はなかったのだろうか。あの、達観しているとも言い難い、諦めとも違う、どこかに心を置いてきたような不思議な表情……。もし被害者が正子なら、しずかに動機があっただろうか……。
堤の妄想をよそに、石田は次の説明に移った。
「道長の見合い相手ですが、畑野優里二十五歳。食品メーカー勤務。結構な美人なのに、手堅くお見合いをしているのが気になりましたが、特に怪しい点はありません。優里は道長の実家に連れて行かれるとは思っていなかったらしく、驚いたと言っていました。最近のお見合いは、基本的には当人同士しか会わないそうで、そこから徐々に距離を詰めていくそうです。なので、初回に家族と引き合わされたことに引いているようでした。高木家の方でも、事前に相手に言うと断られるだろうから、半ば強引に連れてくることにしたと証言しています。ま、三千代とは面識もないですし、そもそも動機もないでしょうから、本件とは無関係かと思われます」
堤は、優里が始終感情をコントロールしている様子だったので、少しだけ引っかかっていたのだが、まあ、見合い相手の家族の前なら、仕方のないことなのかもしれない。婚約もしていないのだから単純に巻き込まれただけなのだろう。
「最後に、ラスボスの正子です」
そう言うと、石田がホワイトボードの正子の写真をパンっと叩いた。
「一夫と三千代の姉で六十七歳。夫と二人の娘がいますが、事件当日に高木邸にいたのは正子一人だけです。娘二人はイタリアとフランスにそれぞれ留学中です。夫の隆は、友人と千葉でゴルフをしていたことが分かっています。例のダイイングメッセージで、「憎い」と名指しされたのが、この正子です。正子と三千代は子供の頃からそりが合わず、ことあるごとに姉妹で言い争っていたらしいです。一夫によると、最後は必ず正子が勝っていたそうですが。正子は長子として君臨し、何でもかんでも自分の意見を通してきたそうです。三人兄弟で一夫が逆らわない分、二対一でいつも三千代が負けてしまうため、三千代は一夫と正子の両方を嫌っていたようです。とはいえ、正子は弟と妹にあれこれ指図したいだけで、言うことを聞かないからといって殺したりはしないでしょうけど」
あの様子では、子供の頃から何十年と権力を行使し続けてきたのだろう。
堤は、正子の顔や態度を思い出し、うんざりしてしまった。その影を振り払うように、「遺体発見までを時系列」と、短く指示した。
石田が応える。
「はいっ。十四時四分に道長から電話があった時点では、一夫、しずか、正子、三千代の四人は、一階のメインダイニングに一緒にいて――これが生きているガイシャが目撃された最後になります。十四時四十分ごろに道長と優里が帰宅するまで、一夫もしずかも正子も席を外していないそうです。道長と優里が帰宅してからガイシャを発見するまで、部屋にいた五人は、誰も一度も席を外していないと互いに証言しています。特に庇いあっている様子はなかったです」
堤は、「現場の状況をさらってみろ」と続けさせる。
「はいっ。遺体発見現場となった二階の三千代の部屋ですが、ドアに鍵がかかっていました。窓もしっかりと閉じていて、何者かが侵入した痕跡は発見できませんでした。ドアノブからは三千代と正子と道長の指紋しか付いていません。一夫としずかに確認したところ、廊下から部屋の中にいる三千代に声をかけることはあっても、三千代の部屋のドアを開けることはなかったそうです。腫れ物扱いだったんでしょうね」
「正子と道長は、事件当日、発見時に開けただけなのか」
堤に指摘されて、石田は「しまった」と顎を引いた。
「あ、すみません。二人には直接確認していませんが、一夫たちがそう話しているとき、側にいた二人が口を挟まなかったのでそうだと思いますが、念の為、確認しておきます。すみません、続けます。窓は庭に面した一箇所だけですが、このノブからも三千代の指紋しか検出されなかったそうです。念の為、ロックを解除するようにノブを回してから、窓を開けたり閉めたりしてみましたが、衝撃でノブが回ることはありませんでした。家族の証言が正しければ、三千代がきちんと窓を閉めてから、ノブを回してロックをかけたことになります」
石田は自分で言いながら、そんなことがあり得るのかと半信半疑な面持ちだ。