表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

孤高の勇者

 魔王城内の食堂、城内で働く数多くの魔族が利用するため広い空間に無数の椅子とテーブルが並べられている。そんな広大な空間も昼時となると様々な種族でごった返し、賑やかさもひとしおであった。

 しかし今は昼の時間も大分過ぎており、テーブルに座る人影もまばらである。そんな室内でフォルテとシンバは軽い軽食を取っていた。


「今日も忙しいかったね、お陰で昼食がこんなに遅くなっちゃったよ」


「お疲れ様でしたフォルテ様。さぁ、サクッと食べて午後も仕事頑張りましょう」


 シンバのやる気とは正反対にフォルテは午後の仕事量を考えるとげんなりとしていた。憂鬱な気分は食欲にも影響し、注文したカレーも半分近く残している。


「あれ?魔王様食欲ないですね?なにかありましたか?」


 スプーンを手にし、カレーをもてあそんぶフォルテに対して背後から声がかかる。

 フォルテが背後を振り向くと、そこには柱でもあるかのような大男が立っていた。


「わっ!えっ?ボンゴさんじゃないですか!?」


 フォルテの背後には、前回の戦いで勇者に心臓を貫かれたボンゴが立っていた。

 ボンゴの勇姿は報告を受け、その最後にはフォルテも涙していた。


「もしかして、アンデットに進化された?それだと夜勤組に編成ですから、この時間に一体なにを?」


 この世に未練を持った戦士は魔王軍お抱えのネクロマンサーにより、アンデットとして蘇ることが出来る。

 そしてアンデットとなると広間は弱体化してしまうため城の夜間警備に回されることになっていた。


「いやいあや、人をそんな幽霊みたいに言わないでください。ちゃんと足もありますし、まだ腐ってもいませんよ?」


 フォルテのあまりの驚きぶりを見て、ボンゴは笑いながら答える。


「いやでも、ボンゴさん、心臓を一突きされたって報告が。もう、香典も出してしまいましたし」


 フォルテはボンゴの無事だった訳が分からずにいた。


「フォルテ様、その程度ではボンゴ様は死にませんよ」


 フォルテに対してシンバは冷静に応える。心臓を一突きにされたのに、その程度と表現されることに疑問を持つフォルテ。


「え?でも心臓ですよ?心の臓ですよ?」


「心臓だろうと、肝臓だろうと、すい臓だろうと、切れようともボンゴ様は死にません」


「ははは、丈夫だけが取り柄ですかね。一晩寝れば大丈夫ですよ」


 シンバの説明にボンゴが胸を張ってこたえる。

 それを丈夫の一言で片づけていいのかフォルテは不思議に思っていた。


「そ、それは、ご無事で何よりです」


 ボンゴの回復力というか、再生力に恐怖しながらフォルテは彼を不死身だと認識しだしていた。


「ははは、ご心配おかけしました」


 当の本人は気にも留めずに元気に食堂を後にしていった。


「出した香典、返ってこないよね?」


「フォルテ様、これからはボンゴ様への香典は1,2週間待ってから出されるのが賢明ですよ」


 ボンゴを見送ったフォルテは静かになった食堂でシンバの助言に納得していた。

 そんなシンバを見るとどこかよそよそしく、大きな耳がピクピクと動いている。その様子にハッとし、フォルテは急いでシンバの腕を捕まえる。


「フォルテ様?放して頂けますか?」


 シンバは目線を泳がせながらフォルテに懇願する。


「シンバさん?何処に行こうというんですか?」


 フォルテはシンバを捕まえる腕に力を込める。


「いえ、ちょっと急用が」


 シンバがしどろもどろ答えている時、城内に緊急のアナウンスが鳴り響く。


『勇者の襲来です。勇者の襲来です。各員は至急持ち場について下さい』


 フォルテの予想通り勇者が来たようだ。シンバはそれをいち早く察知し、青い顔をしながら冷や汗をかいている。


「フォルテ様?勇者ですよ!ほら早く魔王の間へ行かれては?」


「その間シンバさんはどちらに?」


「もちろん魔王様の無事を祈って避難致します」


「勇者の迎撃も立派な業務に一つですよ、それを放棄するなんて」


「鬼!悪魔!!」


「ご存じの通り魔王ですから」


 フォルテの悪魔のような微笑みに、シンバの自慢の耳は力なく垂れ下がった。


「ですが実際私が居ても何の役にも立てませんし、それなら魔王様の分まで書類仕事に尽力していたほうがまだ有効かと」


 シンバはこの場から早く逃れるため精一杯フォルテに訴えかける。


「それもそうですね、では戻るまで書類整理お願いしますね」


 すっかりしてやられた感じで、シンバは力なく頷いた。

 フォルテは勝ち誇った表情で立ち上がったが、果たして無事に帰れるのか不安でいっぱいだった。

 とりあえずこれで勝っても負けても地獄を見ることはなくなった。


 魔王城の廊下は様々な種族が行き来するため広く大きく作られている。

 その廊下の端に勇者の男性は立っていた。長くグレーの髪は顔にまでかかりその表情を隠している。布一枚を羽織ったかのような服は東洋の着流しという衣服であった。

 腰には反り返った細身の剣である刀を一振り携え、脱力したように静かに佇んでいる。


「お前が勇者か?」


 勇者の目の前には大柄な魔族が立ちふさがり、睨みつけてながら問いかけてくる。


「いかにも、」


 勇者は相手にギリギリ届くくらいの声量で答える。


「我は魔王軍が四天王の一人、轟音のボンゴ!ここが貴様の墓場だと心得よ!」


「私は勇者ツツミ、仲間の想いと墓標を背負いここまで参った」


「そうか、ならお仲間と一緒にお前の墓も並べてや・・」


 ボンゴとツツミの間にはまだ相当の距離があった。そのためボンゴは武器も構えず仁王立ちで声を張り上げていた。

 余裕の姿勢を貫いていたボンゴであったが、ツツミは数十メートルはあろうかという二人の距離を一瞬で駆け抜けボンゴの首を切り落とした。

 首から上を失ったボンゴはそのまま前へと倒れこむ。


「私の後ろには無数の墓標が並ぶ」


 ツツミは振り返ることなく刀を鞘に納め、そのまま廊下を奥へと進んでいった。


「魔王様!勇者がそこまで迫っています!どうやらボンゴ様は一太刀でやられたようです!」


 シンバの耳には廊下で戦っていた二人の様子が鮮明に届いていた。


「一太刀って、あのボンゴさんが手も足も出なかったの?」


「はい、手も足もでなかったようで、しかもいまでは首もありません」


 シンバは、フォルテの座る台座の後ろにある通路に隠れ、声だけをフォルテに届けてくる。

 フォルテはボンゴの最期を知って身震いする。



「シンバさん!モニカさんは今どちらに!?」


 フォルテは命の危険を感じて急ぎモニカの行方を探る。


「えっと、二階の仮眠室で寝息が聞こえますね・・・」


「こんな時に何を呑気な!!すぐ起こして来てください!」


「フォルテ様?モニカさんの寝起きの悪さはご存じでしょ?下手したら勇者より厄介ですよ?それでもいいんですか?」


 シンバの言葉にフォルテは背筋が凍るのを実感する。以前寝ているモニカを起こして病院送りになった者、トラウマで職場復帰を諦めた者を何人か知っていたからだ。


「な、なんとかしてモニカさんを起こして下さい!」


「穏便に済ますために、今仮眠室の温度を徐々に上げております、そのうち暑くて起きますよ。きっと」


「その時には、今度は僕が永眠してますよ!」


 フォルテが如何ともし難いジレンマと戦っていると、無情にも扉は開かれ勇者が室内へと導かれた。


「失礼します」


 静かに開かれた扉から長髪の男性が現れる。その不気味な雰囲気に飲まれフォルテは声を出せずにいた。


「ここが魔王の部屋でよろしいですか?」


 低姿勢な勇者に、フォルテも相手を刺激しないように慌てて答える。


「はい、私が魔王フォルテ13世です!」


「お初にお目にかかります。私はワゴン国から来ました勇者のツツミと申します」


 ツツミは室内に入るなり丁寧に挨拶を交わす。しかも礼儀正しく履き物は部屋の入り口で脱いでいた。

 お国柄なのか、なかなか好感が持てる好青年であり、フォルテはもしかしたら話し合いで解決できるかもと安易に考えだしていた。


「ご丁寧にどうも。こちらとしてもちゃんと礼節を重んじる心があれば野蛮な解決法に至らずとも、ちゃんと平和的に解決できるんです。種族は違っても我々は同じ星に生きる、」


「それでは早速、死んでいただきます」


 軽快に話し出すフォルテに対して、何も耳に届いていないのかツツミは静かに死刑宣告を下す。


「えっ?」


 相手の脈絡ない会話にフォルテが間抜けな声を上げる。


「魔王様!伏せて!」


 背後から何かの物音を捉えたのか、シンバが鬼気迫る声で指示を出す。フォルテは考える間もなくシンバの指示に従い身を屈める。

 フォルテが身を屈めるのと同時に、背後にあった玉座が崩れ落ちる。そしてフォルテの真横にはいつの間に移動したのかツツミが静かに立っていた。


「まさか私の刀を避けるとは」


 ツツミは信じられないといった感じでフォルテを見下ろす。

 フォルテは、自らの首がまだ繋がっていることを手で確認しながら包みを見上げる


(危なかった、シンバさんの指示がなければ今頃頭と体が分かれてるとこだった)


 フォルテは胸中で恐怖を呟いた。そして、相手の実力を肌で感じ背筋が凍っていた。


「さすが魔王だな。初見の攻撃を見切る眼力、そして私の殺気にあてられても俊敏に動けるその胆力、やはり一筋縄ではいかないみたいですね」


 ツツミは、フォルテの実力を見誤ってるようで一人警戒している。


「姑息なことをするではないか?いきなり切りかかるとは少し行儀が悪くはないか?」


 フォルテは動揺しながらも相手の勘違いを逆手に取って強気な姿勢で行くことにした。


「そうだな、少し焦っていたことは認めよう。今まで支えてきてくれた仲間の想いが私を後押しし、それが焦りとして行動に出てしまったようだ」


 ツツミは言い訳をしながらゆっくりとフォルテを中心に円を描くように歩く。


(魔王様、勇者の刀を持つ手が力んでいます!攻撃が来ますよ!)


 シンバがその自慢の耳でツツミの行動を予見し、フォルテに小声で伝える。


「言葉と行動が一致しておらんぞ勇者よ?そう力んでいては話もできんではないか」


 フォルテの言葉に攻撃の手を防がれたツツミは、観念したかのように刀から手を離した。


「これは恐れ入った、なんでもお見通しか」


「して勇者よ、ここは戦わずして退くことは叶わぬか?」


 フォルテは改めて説得を試みる。


「魔王よ、それは出来ない相談だ。すでに私の行動は私一人のものではない、今まで散って行った仲間の想いが込められている」


 ツツミは頑なに魔王の誘惑を拒む。


「そうか、ここに来るまでに多くの仲間を失っているのだな。それはさぞ私が憎かろう」


 フォルテはツツミに同情して答える。


「あぁ憎い。魔王、お前が憎くてたまらないぞ!お前さえ居なければ俺は実家でぬくぬくと引きこもっていられたのに、、、お前が居なければ、武道家と狩人がこっそり付き合って道中なんか気まずい雰囲気になる事もなかったんだ!」


「え?」


「お前のせいでそりが合わずに別れた仲間は数知れず、その仲間の想いを背負い、魔王、今こそお前を倒す!!」


「ちょっと待って!!仲間は戦いで死んでいったんじゃないの!?」


 フォルテは疑問に思ってツツミに尋ねる。


「戦闘なぞ私一人で十分!なのに私が一人で戦ってる間も人の背後でイチャイチャと、本当は私もパーティー皆でワイワイ冒険したかったんだ!!しかし、魔王のせいで仲間と上手く打ち解けられない。この憎しみが貴様にわかるか!?」


「いや恐らく誰にも分らんわ!」


 ツツミ今までの事を思い出し悔し涙を流す。そして理不尽な恨みにフォルテは思わずつっこむ。


「そうこうしているうちに仲間と別れ、結局一人でここまで来てしまった。もう後戻りは出来ない」


「そりゃ今更戻って仲間集めるわけにもいかないよね。でも、その恨みって魔王関係ないよね?」


 フォルテの言葉が確信をついたのか沈黙するツツミ。


「結局、友達が欲しかっただけなんだよね?」


 フォルテの言葉に黙って頷くツツミ。


「ほら、勇者になればみんなにチヤホヤされるかなって。戦いの中で仲間と友情を育んだり、可愛い巫女さんと一緒に冒険出来たり、そのまま恋に発展しちゃったりできるんだなぁと思ってたんだよ!それがなんだよ、寄ってくるのは金目当てだったりすでに彼氏いたりでなーんもときめかない!!もう、こんな旅なんて嫌だ!!辞めてやる!」


 ツツミはふさぎ込んで思いのたけをぶちまける。彼の心は完全に歪んでいた。


「えっと、まずは一か所にとどまってじっくり友達探しとかしてみたら?ほら、仲良くなってもすぐ旅立ったらせっかく育んだ友情も一からになっちゃうし」


 フォルテは膝を抱えるツツミに何とかアドバイスをひねり出す。


「同じ趣味の子とか見つけてさ、そこから会話を繋げて仲良くなればいいじゃない」


「・・・帰る」


 余りに惨めに思ったのか、すっかり意気消沈したツツミは拗ねて答えた。


「え?」


「もういい、すべてがめんどくさくなった。帰る!!!」


 ツツミはそのまま背を向けて出口に向かう。しかし、扉をくぐる際にはちゃんと振り返って一礼も欠かさなかった。


「就職口ならいつでも世話してあげるからねー、かなり年上でもよければ魔族の子も紹介してあげるし!」


 フォルテは礼儀正しい青年の背中に向けて声をかける。ツツミはフォルテの声に振り向き、再度一礼し扉をそっと閉めた。


「なかなか行儀正しい子でしたね。彼なら国に帰ってもちゃんと更生できますよ」


 いつの間にか隣にきていたシンバがフォルテに告げる。彼が姿を現したという事は危機が去ったと思っていいだろう。


「うん。あの人、何しに来たんだろうね」


「思いのたけを吐き出したらスッキリしたんでしょ」


「ここ人生相談受け付けてないんだけどね」


「時間を取られただけで、儲けのない仕事でしたね」


 フォルテの言葉にシンバは虚しさを覚えて答える。


「さぁ、魔王様。仕事、しご!!!」


 途中まで言いかけたシンバが音もなく消え去る、フォルテは何事かと思い身構えると急に扉が勢いよく開かれた。


「私の安眠を妨げたのはお前か!?」


 そこには汗だくになり、鬼の形相で佇むモニカが立っていた。体温のためか怒りのためか、体から煙を発しこちらを睨んでいる。

 勇者以上の強敵が現れ、フォルテは否応なしに第二ラウンドへ誘われた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ