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最速勇者

「ふわぁーぁ」


「フォルテ様、また欠伸ですか?」


 いつものフォルテの仕事部屋、昼過ぎには暖かな日差しが窓から差し込み室内に眠気を誘う。

 睡魔に負けまいと、欠伸をしつつ目を擦るフォルテにシンバはコーヒーを差し出す。


「えぇ、最近寝不足でして」


 フォルテはお礼を言って受け取ったコーヒーを一口飲む。砂糖もミルクもなくコーヒーそのものの味が味覚と嗅覚を呼び起こす。


「そうでしたか、まぁフォルテ様もお年頃ですからね。ですが、あまり仕事に支障が出るような夜遊びはご遠慮下さいね」


 シンバは何を勘違いしているのか、軽蔑の目線でフォルテを見つめる。


「なっ、何言ってるんですかシンバさん!そうじゃないですからね!!」


「慌てて否定するところがまた怪しいですが、私も業務上守秘義務は守りますのでご安心下さいませ」


 シンバの大きな耳にもフォルテの釈明は届かず、彼はそのまま自分のテーブルへと向かっていった。

 フォルテは気を取り直してデスクに向かう、しかしシンバの言葉が気になりどうしても集中出来ずにいた。

 落ち着きなくチラチラとドアを見やるフォルテにシンバはため息を付きながら忠告した。


「フォルテ様?今日はモニカさんいらっしゃいませんよ?」


 フォルテの心を声を聞いたのか、シンバが話しかけてくる。


「え?そうなの?てゆうか、別に気にしてないですし!」


「はいはい、わかりました」


 必死に否定するフォルテに冷めた返事をするシンバ。


「ち、ちなみにですけど、モニカさん体調不良とかですか?」


 それでも気になるのか、フォルテはモニカの様子をシンバに伺う。


「やっぱり気になるんじゃないですか。どうやら、有給使ってコトちゃんと出かけたみたいですよ。あのお姫様も誘うとか言ってました」


 シンバの言うお姫様はバラライカの事であった、この前の飲み会以来すっかりモニカと意気投合しよく遊びに行っていた。


「へぇ、そうなんですね。僕には何も言ってくれなかったのに、シンバさんにはちゃんと行先伝えて行ったんですね」


「ちょっと、フォルテ様なに拗ねてるんですか?ただ有給申請頂く都合上聞いただけですよ」


 小さな事でも気にしだしているフォルテに、シンバはめんどくさそうに答えた。


「そうか、そうですよね。あはは、やだなぁ」


 フォルテは笑いながら誤魔化していた。そんな中シンバの耳は異様な物音を捕らえた。


「フォルテ様、どうやら勇者が来たようですよ」


「え?今ってそんなに近くに来てる勇者なんていましたっけ?」


 魔王軍にとって一番の脅威である勇者、その動向は最優先の把握対象であり、諜報部隊が各地に散って勇者の情報を集めている。

 勇者の足跡を把握することにより、城内警備の体制を見直し、適切な人員を適切な場所へ配置することができる。フォルテの提唱した防衛システムであった。


「こちらで把握している勇者はまだ城からは程遠い場所にいます」


「それならなんで勇者が?まさか諜報部の誤報!?」


「何言ってるんですか!?コトちゃんがそんな間違いするわけないでしょ!!」


 諜報部は四天王であるコトの預かる部隊であった。そのコトを侮辱されたと思い、シンバはフォルテに対して大声を上げる。


「じょ、冗談ですよ!しかし、城へ近づく程に警備の目は厳しくなるのに、城内に足を踏み入れるまでその気配を気付かせないとは」


「えぇ、今回の勇者も相当の手練れですね」


「こんな事ならモニカさんの有給申請に判押すんじゃなかった」


「今更取り消せませんよ。それよりこの警備の少ない危機的状況をないとかしないと!」


 フォルテは自らが招いた状況に不満を漏らす、そんなフォルテにシンバは活を入れた。


「ほら、フォルテ様。しっかりして下さい。こんなところで勇者に討たれていいんですか?あんまり情けない姿見せるとモニカさんに嫌われちゃいますよ?」


「そ、そうですね。いつもいつも甘えてばかりもいられないですもんね!」


「そうそう、ガツンと勇者を追い返して帰ってきたモニカさん驚かせてあげましょう」


 シンバはフォルテのやる気を奮い立たせ決戦の場へと急がせた。

 そうしてフォルテを鼓舞するように、城内には警報が響き渡った。


★★


 男が一歩城内へと足を踏み入れると、どこから察知したのか警報が響き渡る。


「さすが魔王の本拠地、ここからは身を隠すのも難しいか」


 警報により城内が慌ただしくなる中、男は城壁の茂みに身を潜ませる。そうやって、魔族の目を欺く男にもう一人の男性が声をかける。


「ここまでのタイムは1:03:20。ベストタイムを大幅に更新しています!勇者クラベス様、記録更新も目じゃないですよ」


 タキシードを着こみ懐中時計を見つめる男性が勇者クラベスに話しかける。


「まだ、気は抜けませんよメトロノームさん。これからが本番ですので」


 クラベスはしきりに時間を気にするメトロノームに告げる。メトロノームは懐中時計を胸ポケットに仕舞いながら黙って頷いた。


「メトロノームさん、戦闘は避けて魔王の所まで急ぎます!」


 クラベスが静かに告げると、僅かに開いている窓を目掛け静かに庭園を駆け抜ける。そして、窓から城内へと侵入した。

 城内ではすでに魔王軍の衛兵が慌ただしく動いていた。


「まだ、勇者は見つからないのか!?何やっている、城の中も外も徹底的に探せ!」


 一際大きな魔族の男が声を張り上げて指示を出している。体と同じくらい大きな戦斧を掲げ部下のゴブリンやオークに支持を出し、彼らを城の各所へと送り出している。

 クラベスはその様子を天井近くの梁から除き、見つからないように静かに這って進む。


「魔王城という割には警備が手薄ですね?何かの罠でしょうか?」


 メトロノームが明らかに少ない警備体制を気にして言う。


「罠にしろ引っかからなければ問題ない。今はその警備の穴をついて魔王の元へ早く行けるんだ、有難く思っておこう」


 クラベスは焦りと緊張感から顔は高揚し、うっすらと汗を浮かべていた。


「それにしても、あの大きなトロールは魔王軍の将軍でしょうか?普通に戦ったら、なかなか手強そうですね」


 慎重に進むクラベスの後ろに続くメトロノームが、必死に声を張り上げるボンゴを見て言う。


「そうだね。どちらにしろ今のレベルでは戦っても時間かかるだけだ、無視無視」


 クラベスは四天王のボンゴを上から見下ろしながら告げる。自分とはレベルが違いすぎるボンゴの迫力に内心肝を冷やしていた。

 そうして警備の目を掻い潜り、クラベスとメトロノームは一度の戦闘をすることもなく、大きな扉の前に辿り着いた。そこは魔王城においても並ぶ事なき大きな扉。その先はは勇者たちの目指す場所、魔王のいる広間であった。


「なんとかここまで来れました。あとはあの扉の奥にいる魔王を倒すのみです。このままいけば低レベル、最速クリア目前だ」


「えぇ、素晴らしいです、クラベスさん。タイムレコードまで30分。十分時間はありますよ」


 クラベスはただ魔王を倒すだけでなく、どれだけ早く倒せるかに重点を置いていた。その最後の障壁として扉の前には見張りの兵士が二人居座っている。

 ここまで修練を続けてきた勇者ならば、取るに足らない相手であろうが、ここまで最短距離、最短戦闘回数で駆け抜けてきたクラベスにとっては厄介な相手であった。


「なんとか気を逸らさないと」


 クラベスは柱に身を隠しながら周囲を伺う。そこで魔王へと通ずる扉の隣に、ひと際小さな扉があるとこに気づく。


「あれは?いったい」


 不審な扉に気を取られていると、ちょうど後ろから警備の兵がやって来る。前後を挟まれたクラベスはやむに止まれずその小さな扉の中へと体を滑り込ませ、メトロノームもその後に続いた。


「いったいここは?」


 部屋に入るなり罠がないかと周囲を確認するクラベス。しかし、その部屋には真ん中にソファが置かれ、窓際には大きなデスク。そしてデスクの上には飲みかけのコーヒーが置かれていた。

 周囲に魔族の気配がないか慎重に探るが、どうやらこの部屋にはいないらしい。


「魔族たちの休憩室でしょうか?それにしてもさっきまで人がいた気配がありますね」


 部屋の様子を観察してメトロノームが答える。


「えぇ、唯一の出口はずっと見張っていたのに、いったいこの部屋にいた魔族はどこへ行ったんでしょうか?」


 クラベスは独り言のように呟く。メトロノームがその言葉に肩をすくめて返答する。


「クラベス様、時間も迫っております。早く魔王のところへ行きませんと」


 メトロノームが再三時間を告げる。こうしてる間にも時間は刻一刻と過ぎている。


「分かっています。しかし、今外に出ても敵に見つかるだけですし」


 クラベスは周囲を確認するため、デスクの奥へと歩を進める。そこには扉を閉め忘れた隠し通路がポッカリと口を開けていた。


「これは?もしかして、隠し通路?」


「なるほど、ここにいた魔族はここから別の部屋に向かったんですね」


 メトロノームが納得したように隠し通路を覗き込む。

 何処へ続くのかわからない通路であったが、何か直感めいたものを信じてクラベスは隠し通路の扉を潜った。


「まだ勇者は見つからないんですか?城内に侵入したのは間違いないんですよね?もしかして誤報ですか?警報の故障ですか?それなら帰っていいですか!?」


 通路を進み出口の扉が見え始めると、クラベスの耳に必死に何かを叫ぶ声が聞こえてくる。声質は割と若い声でどうやら部下から報告を受けているようだ。


「まったく、シンバさんも相変わらずいつの間にかいないし、今日はモニカさんもいないんだから出来ればここに来るまでに片付けて欲しいんだけど」


 クラベスは扉をそっと開けると、そこには扉を背にして座る若い魔族の姿が見えた。メトロノームに振り返って確認すると彼は黙って頷いた。

 どうやら彼が魔王で間違いないようだ。


「こちらに気づいていない、悪いが一撃で終わらせてもらう」


 クラベスは懐からボールのようなアイテムを取り出す。これが最速クリアを目指すクラベスの隠し玉、通称『重圧玉』。特別な鉱石を素材としたアイテムで、相手と自分のレベル差が大きければ大きいほど相手に大ダメージを与える仕組みになっている。

 低レベル、最速クリアを目指すクラベスに対しては、まさにうってつけのアイテムであった。


「くらえ魔王!!」


★★★


「えっ!?誰!?」


 突然背後から声がし、慌てて振り向くフォルテ。そこには勇者と思われる男が二人、こちらを向いていた。

 一人の男の手から丸い物体が投げられる、フォルテはすでに避けることは無理と判断し両手で自らの顔を覆う。


「ははは、防御したところでもう遅い。最低戦闘回数でここまで来た私と、魔王のお前ではレベル差は相当なもの!そうなるとこのアイテムによるダメージも計り知れないだろう!?」


 重圧玉が割れそこから緑の閃光がフォルテに向けて吐き出される。フォルテの悶え苦しむ姿を想像しながら、クラベスは勝ち誇ったように拳を握りしめる。

 フォルテはあまりの眩しさに目がくらみ、足を滑らせて台座から転げ落ちた。


「やったのか!?」


 クラベスはあっけない幕引きに呆然として、いつの間にか倒れていたフォルテを見下ろす。


「1:18:42、クラベス様、魔王討伐のタイムレコード更新です!!」


 メトロノームが懐中時計を確認しクラベスに告げる。


「やった!?やったぞ!!この勇者クラベスが最速で魔王を打ち倒した!!」


 クラベスは飛び跳ねて喜びを体で表す、そのあまりのけたたましさに気絶していたフォルテも目を覚ます。


「いたたた、いったい何なんですか!?」


「しまった!?まさか第二形態があるのか!?」


 クラベスは突然復活したフォルテに驚く。


「おかしいですね?そんな情報はどこにもないんですが?とりあえずタイムは継続いたします」


 フォルテの復活に不思議そうに資料を見るメトロノーム。


「こんな時のためにもう一つ重圧玉を持ってきておいたんだ!さぁ魔王、大人しく倒されろ」


 クラベスは、至近距離で重圧玉をフォルテに向かって投げる。またもや眩しい輝きがフォルテを包む。


「もう!なんなのコレ?凄く眩しいんだけど!?」


 フォルテは光を放つ重圧玉を片手で叩き落とす。ダメージをまったく受けつけないフォルテにクラベスは驚愕する。


「え?なんで?」


 フォルテの反応に驚くクラベス。


「クラベス様、残り20分です」


 そんなクラベスに残り時間を告げるメトロノーム。


「わ、わかったぞ!?ただ強がっているだけなんだろ?ほんとは立ってるのも辛いはずだ!!」


 クラベスはヒノキの棒を取り出してフォルテに殴りかかる。


「ちょっと、痛い、痛いって」


 フォルテは必死になって頭を守る。その上から必要に棒で殴りつけるクラベス。


「もう、やめてって!!」


 フォルテも反撃の為に掌から魔法の炎を呼び出す。火の粉とも呼べるレベルの炎は、小さな火花を散らしながらクラベスに襲い掛かる。


「あちっ、あっつい」


 火の粉が服や肌にかかり、必死に払い落すクラベス。手に持ったヒノキの棒にも火の粉は燃え移り、あっという間に棒を炭へとかえる。


「このぉ、武器がなくても素手でやってやる」


 ここまで最速、最短距離で来たクラベスはレベルもやっと二桁に届くかといったところ、それでもその腕力は成人男性にもやや劣るほど。一方フォルテも魔王とは名ばかりのゴブリン並みのステータス。

 双方の殴り合いは子供の喧嘩のように微笑まし光景となった。


「はぁはぁ、早く倒れろ魔王」


「ぜぇぜぇ、もう諦めてよ」


 二人はすでに疲労で立っているのも辛そうであった。


「あークラベス様。タイムオーバーです。すでにレコード記録は超過致しました」


 そんな二人にメトロノームが時間を告げる。その言葉にクラベスは拳を下ろして、肩を落とす。


「ちくしょう!もう少しだったのに」


 すでに夢破れたクラベスはそのまま扉へ向かい足取りも重く帰っていく。

 何が起こったのかわからずに茫然とするフォルテに、称賛の声が浴び去られる。


「フォルテ様!やりましたね!!」


 クラベスと入れ替わりで興奮しながらシンバが部屋へと入ってきて、フォルテを褒めたたえる。


「まさか、お一人で勇者を退けるとは。感服致しました」


シンバは尻尾を振りながら輝く目でフォルテを見ていた。


「えっ?あれ勇者っだったの?」


「そうですよ!わたくしフォルテ様の激戦を草葉の陰から応援しておりましたが、それはもう立派に戦われて」


「僕もやるときはやるんですよ!」


「これだけの大活躍ですから、きっとモニカさんも見直してくれますよ」


「そ、そうかなぁ」


 フォルテは手ごたえを全く感じない戦いに虚しさを覚えながらも、モニカに褒めてもらえる夢を見ながら一人優越感を感じていた。


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