時の勇者
「今日もお疲れ様でしたー、それではカンパーイ!!」
魔王城の城下町、日が落ちるとともに賑わいを見せる酒場、そこでフォルテたちは日頃の苦労をねぎらっての宴会を開いていた。
大きな円卓にはフォルテ、モニカ、シンバ、コトが座り、それぞれが料理と酒に酔いしれていた。
「明日はお休みだからね、朝までパーっとやろぉ」
「いやはや、モニカさんに仕事と休みの区別があったなんて驚きですね」
盛り上がって飲むモニカにシンバが冷静にツッコミを入れる。
「あぁ、お姉さま、朝までと言わず、一生お供しますわ!」
コトは既に酔ったかのように顔を赤くして、モニカの空になったグラスにお酒を注ぐ。
「いくら明日が休みだからって、あんまり飲み過ぎないで下さいよ」
フォルテは周りの迷惑にならないようにモニカに注意する。
「なんで私にばっかり注意するんですかぁ」
言っている傍からモニカはグラスを握りつぶし中身をぶちまける。
「もう、だから言ったんです」
「へへへ、酔うと力加減が分からなくなるもので」
「そんなお茶目なお姉さまも素敵です」
モニカは照れ臭そうに謝る。それを見てシンバとフォルテは呆れていた。
「しかし、アコールさんも誘ったんですが忙しいみたいで残念でした」
「何言ってんのさシンバくん!あんな陰険な奴がいたらせっかくの酒が不味くなるじゃない」
シンバの言葉にモニカがグラスを叩きつけながら講義する。本日2個目のグラスが砕けた。
「でも、せっかくの慰労会なんですから人数が多い方がいいじゃないですか?」
シンバは一時期アコールの下で働いていたこともあり、それなりに連絡を取り合っていた。
「他には誰に声をかけたの?」
コトがシンバに尋ねる。
「えーっと、」
「遅くなって申し訳ありません!!」
シンバが考え込んでいると、一人の子供がフォルテたちに話しかけてくる。
「えっと、ウェイターさん?」
「こんな小さい店員さんいないって、僕ちゃん迷子かなぁ?」
コトの勘違いを正してモニカが優しく話しかける。
見た目は12歳くらいの少年で裸足に短パン、裾の破れたシャツを着ている。薄緑の肌が彼の種族の特徴をよく表していた。
「あぁ、ボンゴさんじゃないですか。遅かったですね」
シンバは子供に向かって話しかける。他の三人は聞きなれた名前に驚愕の色を隠せなかった。
「え?ボンゴさん?なんで、というかこの前お姫様に抱えられてた子供?」
「もしかして見られてましたか、いやぁお恥ずかしい」
よくよく見ると目の前の少年は、フォルテとモニカがこの前みたお姫様に抱えられていた子供であった。
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!この前見たときはまだ幼児くらいの年齢だったのに、数日と立たずになんでこんなに成長してるんですか!?」
モニカの言うとおり、この前見たときは年齢は5歳ほど、身長もいまの半分くらいしかなかった。その成長と目の前の人物がボンゴという事実に一同は困惑する。
「何を言っているんです?皆さん知らなかったんですか?前の勇者との戦いで木端微塵になったボンゴさんの体は今再生中、その過程ですので今は子供の姿なんです」
シンバが呆然とする三人に説明する。
「いや、子供から再生って、それはもはや転生なのでは?」
フォルテがボンゴの生態の謎を垣間見る。
「そうなんです。それで、この格好ではしばらく不便をかけるので、今はツレに世話して貰ってまして。まさか魔王様に、そこを見られるとは恥ずかしい。でも来週には前と同じくらいには成長できるかと思いますので」
ボンゴの回復力もさることながら、その再生方法にも驚きを隠せない三人であった。
「不死身とは聞いていたけど、ここまでなんですね」
コトも噂以上のボンゴの生態に感嘆の声をあげる。
「とりあえず、快気祝いだよボンゴくん!さぁ飲も飲も!」
面倒な思考を嫌ったモニカがお酒をボンゴに勧める。しかし、ボンゴが手でモニカの酌を制止する。
「自分、今は子供なんでお酒はNGです!」
変なところだけ子供を強調するボンゴであった。実際のところ、酒に酔って凶暴になったモニカの相手は不死身のボンゴにしか務まらない役目であった。
毎回ボロボロになって帰宅するボンゴを忍びなく見ていたが、今回彼は今の見た目を利用してその役目を回避しにきていた。
その後、子供になったボンゴも交えて宴会は進んだ。
「うわぁ、な、なんだ!?」
「きゃぁぁ!」
しばらく時間がたったころ、唐突に酒場の扉が勢いよく開き、それと共にお客さんの悲鳴が上がる。
客は皆物音に驚き、入り口方面に視線が注目する。
「なんだ?なんだ?」
「おい、あれオーガじゃないか?」
「オーガにしては逞しすぎないか?巨人だろ」
「なに言ってるの?あの殺気わからない?あれは伝説の魔神よ!」
客たちは口々に扉から現れた魔物を恐れて声を上げる。
「どぉこ-だー?」
怒りを含んだその来訪者は、威圧的な声を漏らし、聞く者の背筋を凍らせる。
「やばい!?」
ボンゴが顔色を変え、咄嗟に机の下に隠れる。しかし、来訪者はその動きを見逃さなかった。
「ボンちゃーん!!」
「そんな感じはしてましたが、やっぱり来ましたね」
フォルテはこちらに駆け寄ってくるバラライカをみて納得する。
テーブルに駆け寄ってきたバラライカは、相変わらず筋骨隆々で逞しさに磨きがかかっていた。
怒っているためか、その姿は角を生やしたオーガに見えなくもない。
「ば、バラライカ!これは会社の付き合いで仕方なくだな」
「もう、子供がこんな時間まで起きてちゃダメですよ!」
バラライカは暴れるボンゴを抱きかかえると、その逞しい腕でしっかりとホールドする。
「もう、心配したんだから」
可愛らしいく頬を赤くしながらも、バラライカの締め技はガッチリと決まりボンゴの顔色は見る見る変わって行く。
「あの、バラライカさん?その辺にしといてあげては、」
さすがに仲間の死を黙って見ているわけにもいかず、フォルテが恐る恐る話しかける。
「あら?これはこれは魔王様。いつもうちの子がお世話になています。ってなんだか家族みたいに言っちゃったわ!きゃぁ、恥ずかしい!!」
恥ずかしがるバラライカの手の中で力なく項垂れるボンゴ。バラライカの見た目は歴戦の勇者、凶悪な魔物、力強い体型に対して可愛らしく恥ずかしがる姿に周りは恐怖する。
その後なんとか解放されたボンゴは、ぐったりと気絶していたがそのうち回復するだろうと酒場の隅に寝かせられた。
そして、ボンゴの席にはバラライカが座り、何事もなかったかのように宴は再開された。モニカと飲み比べを行うバラライカ、双方通ずるものがあったのかいつの間にか肩を組んで語り合っている。
「ぐぬぬ、私のお姉さまを横から奪い去るとは許しがたい」
コトがそんなバラライカに嫉妬し宴の最中、バラライカを暗殺しにかかる。
「お?なんだお嬢ちゃん?ナイフなんか持ち出して、あぁ料理を切り分けるのか、悪いねぇ」
バラライカはコトの暗器を見切って掴むと、それで料理を切り分ける。
その後もコトの様々な攻撃も全く意に介さないバラライカ、フォルテはそんな中でも楽しい時間を過ごしていた。
★★
夜も更けた時、会はお開きの運びとなった。
今だぐったりする子供のボンゴをバラライカが抱え、城下町に住むシンバとコトは二人で同じ方向に帰って行く。
世間では犬猿の仲というが、シンバとコトに至ってはそんなこともなく仲良く並んで帰っていった。
「僕らも帰りますよモニカさん」
「えー、もう一件行きましょうよー」
「いくら明日が休みだからって、飲みすぎは体に毒ですよ」
すっかり千鳥足のモニカを抱えフォルテは城へと帰っていく。
「うーん、フォルテ様すません。真っ直ぐ歩けますからー」
迷惑かけまいと自分で歩こうとするモニカだったが、フォルテが手を離すとあらぬ方向に行き人や物にぶつかっていた。
「もう、大丈夫ですから、ほら肩につかまって下さい」
フォルテはそんなモニカを支えて歩く。心なしかフォルテの表情は嬉しそうであった。
「いつも、いつもありがとうございます」
モニカは嬉しそうにフォルテにもたれ掛かり二人は歩いて行った。
「僕の方こそ、いつもいつも頼りない魔王で申し訳ありません」
フォルテは普段言えない気持ちを正直に話す。
「何言ってるんですか、フォルテ様にはフォルテ様の良さがあるんです。完璧すぎたら私がお側に居れなくなるじゃないですか」
まじまじと見つめるモニカの視線をフォルテは見つめ返すことが出来なかった。
「そ、そんな事気にしないで下さい。モニカさんはそこに居てくれるだけでいいんです!あぁ、なんだか今日はお互い悪酔いしたみたいです!」
フォルテは緊張のあまり空に向けて叫ぶ。周りの通行人がクスクスと笑っていた。
「ふふ、ありがとうございます」
モニカは笑って答えた。いつもは気丈に振舞うモニカの意外な一面を目にし、妙に落ち着かないフォルテであった。
「さ、さぁもうすぐ城に着きますよ」
フォルテは気を紛らわして前を向く、魔王城はもう目の前で城門もその視界に収めていた。モニカはすでにスヤスヤ寝息を立てている。
なんとか城門まで担いでいくと、そこでは前で一人の男が騒いでいた。
「おーい!開けろ!!なんだよ、誰も居ないのかよ!?」
夜中にもかかわらず騒ぎ立てる男性にフォルテは注意を促す。
「ちょっと、どうしましたか?こんな夜中に来城てもみんな寝てますよ」
フォルテは酔っぱらいの類だろうと思って適当に追い払おうとした。
男はフォルテと、抱えられたモニカを見て憎らしげに睨みつける。
「なんだお前は?お前こそ、子供がこんな時間まで色気付いてるんじゃねぇ、さっさとどっかいけ!」
あまりに横柄な態度にフォルテはムッとする。
「失礼、こちらが私の宿舎なもので」
フォルテは相手にしない事に決め、男の脇をすり抜けて城門のセキュリティロックを外す。
「お、おい?お前ここの使用人か?なら、俺も中に入れてくれよ。なぁ、頼むよ」
男は城内に入ろうとするフォルテを呼び止めて懇願する。
フォルテはその態度に苛立ちながら男に返答する。
「今日はもう遅いですからお帰りください。開門時間は朝9時からですので、また改めてお越し下さいませ」
フォルテはそのまま背を向けて去ろうとするが、その腕を男が掴む。
「待てって言ってんだ、人がこんなに頼み込んでるんだ少しくらい聞いてくれてもいいだろ?」
横柄な態度に転じた男に恐れを感じ、急いで腕を振り払おうとするフォルテ。
「どうせ魔王を倒すついでだ、使用人の一人や二人巻き込んでもこっちは構わないんだよ!?」
「魔王を倒すって!?」
フォルテは男が発した言葉に一瞬にして酔いが覚め、血の気が引いていく。
「あぁ、俺は勇者リュート。魔王を討に来たんだ」
思いもよらぬ勇者との遭遇に、フォルテは焦りの色を滲ませる。この時間では城内にほとんど人はいない。
まさかこんな深夜に討ち入りに来る非常識な奴がいるとは思ってもいなかった。
「あぁ、勇者だぁ!?ごちゃごちゃうるせぇ!」
リュートの怒鳴り声に目を覚ましたモニカが、その鬱憤をリュートにぶつける。
酔っ払ったモニカの手加減ない拳がリュートに当たり、彼は地面を何度か転がって吹っ飛ぶ。慌てて駆け寄ったフォルテであったが、とりあえず息はあるみたいなので、ここは放っておく事にした。
「まったく、こんな時間にごちゃごちゃと、近所の迷惑も考えて下さい。むにゃむにゃ」
「すでにモニカさんの功績で、評判は落ちに落ちてますから気になさらずに」
モニカ本人は自分が何をしたのか理解しておらず、フラフラとした足取りで城の中へ入って行く。フォルテもそれを追いかけて城の中へと消えていった。
モニカを部屋まで送る途中、突然青い顔をして口を押さえる。
「うっ、気持ち悪いです」
「わわっ、ちょっと待ってください!」
フォルテは慌てて近くだった自分の部屋へとモニカを運ぶ、彼女をベッドに寝かせ自分は急いで水を持ちに行く。
「どうぞモニカさん」
フォルテはモニカに水を差し出す。
「ありがとうございます」
モニカは水を飲んで落ち着いたようでそのままベッドに横になった。そのままスヤスヤと寝息を立てるモニカ、その様子を傍で見つめるフォルテ。二人だけの空間でフォルテはモニカとの距離を近づけていく。お互いの吐息すら触れ合える距離、そのもどかしい一線でフォルテは少し躊躇する。
「おぅ!!魔王、ここか!?」
突然空いた扉に、飛び込んでくる不躾な声。フォルテはハッとなってモニカから離れ、飛び出しそうになる心臓を抑える。
「あ!?またお前か?ちょうどいい、ちょっと魔王のとこまで案内しろ!」
「またあなたは、どうやってここに?」
フォルテは怒りを込めてリュートを見る。毎度毎度邪魔される勇者という存在に、初めて強い殺意を抱いていた。
「あぁ、さっきお前が打ち込んだセキュリティコード、盗み見てたんだ。これでも盗賊の資格まで制覇してるんだぜ、すげぇだろ?」
品のないその態度と声は確かに賊に相応しかった。
「さっきも言いましたが今何時だと思ってるんですか?明日仕事の人もいるんですよ!?」
フォルテが社会人らしいもっともな意見を交わす。
「仕事?そんなもん俺には関係ないね、俺は自由で時間に縛られない」
「はぁ、そうですか、無職の方でしたか」
「無職じゃねぇ、勇者だ!」
勇者という職が仕事といえるのか考えるフォルテ。
「それなら、大人しくお家の中でも警備でもしてて下さいよ」
「てめぇ、喧嘩売ってるのか?」
「悪いですが、魔王は朝9時から午後5時まで!勇者は1日1時間まで!!社会人の常識です!!」
フォルテは怒りに任せて声を張る、その勢いにリュートはたじろぐ。
「な、何言ってやがる、」
「大人なんですから!社会のルールくらいは守って下さい!!」
見た目的には圧倒的子供のフォルテに社会常識をたたき込まれる勇者リュート。普段怒られ慣れていない勇者は、フォルテの迫力に言い返すことは出来なかった。
「りゅーちゃん!!」
そんな怯えるリュートに後ろから声がかかる。
「もう、せっかく部屋から出て働いてくれるのかと思ったら。こんなところで人様に迷惑かけて!」
「か、母ちゃん。俺は選ばれた勇者なんだよ、だからこうして魔王を倒しに」
「馬鹿言ってんじゃないの!!いい歳していつまでも夢見て、隣の家のまー君を見てごらん立派に王宮で働いてて、もうお母さん悲しいわ」
いきなり現れた年配の女性は、どうやらリュートの母親らしい。確かにこんな息子では親も苦労しそうだ。
「ほら、帰るわよ!お父さんもカンカンよ」
「えっ!?親父帰ってきたの?」
リュートは母親に連れられて魔王城を後にする。賑やかな来訪者はこうして去っていった。
「んーむにゃむにゃ」
「モニカさん、こんな騒がしい中でも起きないなんて」
すっかり熟睡するモニカに、これ以上抜け駆けすることも出来ず、フォルテは占領されたベッドを見つめ今夜の寝床を模索するのだった。
そして、恐怖心を植え込まれたフォルテはそれからしばらく不眠の日々が続いていた。