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12/18

勇者ロボ

 その日魔王城の会議室では緊迫した空気に支配されていた。居合わせた面々が一応に口を閉ざし、目の前に置かれたモニターに注目している。

 全ての始まりは、魔王軍偵察部隊が持ち込んだ一つの映像であった。


「御覧のように、我が魔王軍の20名からなる一個小隊が、ものの数分で全滅しております」


 画面に映し出された映像には、小隊が駐留していた野営地から煙が上がる様子が移されていた。最大望遠で撮られた画像は粗く、攻撃の詳細までは確認できなかった。

 しかし、その悲惨さは画面から伝わり、会議に集まった軍の上層部たちは一様に口を紡いでいた。


「これを勇者一人の力で行ったのですか?」


 フォルテは沈黙に耐えかねて言葉を発する。


「はい、魔王様。信じられないかもしれませんが、その通りです」


 司会進行を担っている猿の獣人は可愛らしい尻尾を振りながら答える。

 彼女は魔王軍の誇る四天王の一人コト、綺麗に整えられたブロンドを全身にまとい、愛くるしく大きな瞳と可愛らしい表情を備えていた。

 コトはその種族特有の身軽さを生かし、魔王軍でも諜報、偵察任務を専属に行っていた。戦闘任務が少ないため、装備も軽装で可愛らしい皮の胸当てとデニムのハーフパンツとラフな姿であった。


「それで、その勇者がここまで到達するのは何時になるの?」


 フォルテはコトの振られる尻尾に目を奪われながら伺う。


「侵攻速度は目を見張るのもがあります。早ければ明日かと」


 コトは語尾を弱めて報告する。それにつられ尻尾もしょんぼりと下を向いてしまった。フォルテもあまりに時間のない状況で頭を抱える。


「悪戯に兵を出しても、ゲリラ戦に持ち込まれこちらの兵力を削られる。持久戦に持ち込もうにも、人間離れした体力で一向に消耗する気配が見られません」


 コトは申し訳なさそうにフォルテに報告する。

 その後有効な解決策も出ないまま議会はお開きとなり、フォルテは失意のまま自室へと戻っていった。


「まったく、今回の勇者は何なんですか!?今まで見てきた勇者と比べても別格すぎます!」


 もどってくるなりデスクに座って頭を抱えるフォルテ、シンバは彼にお茶を差し出し、フォルテと共に戻ってきたソファに座るコトに話しかけた。


「コトちゃん、本当に何とか出来ないのかい?」


「会議に出てなかったシンバにはわからないと思うけど。小細工くらいで何とかなるレベルじゃないの!それとちゃん付けはやめてって言ってるでしょ!」


 シンバとコトは同郷、同年代であり、昔からの顔なじみであった。


「ご、ごめん。でも本当にもう手立てはないの?」


 しょんぼりと耳を折りたたんむシンバにコトは首を横に振る。


「まだ希望はあるわ。どんなに勇者が強くても、こっちがそれ以上の力をもって制すればいいのよ!!」


 コトは目を輝かせて力説する。コトがそこまでいうほど魔王軍で圧倒的な戦力を有する人材は一人しかいなかった。


「おはよーございます」


 その本人が間の抜けた挨拶をしながら室内へと入ってくる。


「モニカお姉さまぁ!!」


 コトが目を輝かせながらモニカに近づく。


「あれ?コトちゃん。こんなところに珍しいね」


 モニカはコトに笑顔を向ける。その姿を見てコトは顔を赤くしながら、尻尾を振って喜んでいる。

 コトの正直な反応通り、彼女はずっとモニカを慕っていた。


「モニカさん!ちょっと態度が慣れ慣れしくありませんか?」


「そ、そうかなぁ?普通だと思うけど」


「ちょっとシンバ!!お姉様に向かってなんて口の利き方なの!?」


「まぁ、まぁ二人とも落ち着いて下さい」


 モニカを挟んで言い合う二人、この絶妙な三角関係をフォルテの声が割って入る。怒りの表情を向けて話すシンバをコトが目線だけでいなし、コトが話しを進める。


「お姉様、それが。今回の勇者はかなり手ごわいみたいなんです。そこで、万全を期してお姉さまのサポートに回るべくこうしてお待ちしておりました」


「へぇ、コトちゃんと一緒か、それは心強いね」


 シンバの嫉妬心を他所に女性二人は楽しく会話を続ける。そんな中、フォルテだけが今回の戦いに不安を残していた。


「あ、あ」


 ふと声を上げたシンバの方を見ると、先ほどまでの怒りの表情から恐怖の表情へと変化していた。


「シンバさんどうしたの?」


 フォルテはシンバに尋ねる。


「き、きました、、、勇者です!!」


 いつもは真っ先に逃げ出すシンバが、今日は男を魅せて逃げ出さずに報告する。


「そんなはずはないわ!?いくら何でも早すぎる!」


 シンバの言葉に驚きを隠せないコト、しかしフォルテとモニカはシンバの耳を疑うことはなかった。


「コトちゃん!急いで迎え撃つ準備して!さぁ、フォルテ様!行きますよ!!」


「ぼぼぼ、僕も行きますよ!コトちゃんに恥ずかしい姿は見せられませんから!」


 嫌がるフォルテと珍しくやる気を見せるシンバ、しかし双方とも体は正直で小刻みに震えていた。

 急いで戦闘準備をするコト。フォルテたちも急ぎ通路を抜けて隣の大広間へと向かう。


「しかし、飛んで火に入る夏の虫とはこのことです。城内には他の四天王もいますから、そう簡単には突破出来ないはずですから」


 コトは落ち着きを取り戻して言う。


「えーっと、もうボンゴさんなら、もう倒されちゃったみたいです。あと残ってるのは我々だけですね」


「なんなのそれー!?」


 シンバの情報にコトは悲鳴をあげる。


「フォルテ様!」


 シンバは前を歩くフォルテに話しかける。


「どうしたの?シンバさん」


「その、勇者ですが、、もう居ます」


「え?」


「すでに勇者は隣の広間で待っています!!」


 フォルテは通路の先、桁違いの力を持つ勇者が待つ部屋を見つめた。大広間へと続く扉は、いつも以上に重苦しく感じる。

 扉に手を掛けたフォルテは、緊張からかなかなか開くことが出来ずにいた。

 そんな彼の手をモニカは優しく握る。


「大丈夫よフォルテ様。どんな化け物が相手でも私が負ける訳ないでしょ?」


 みんなに緊張が伝播する中、モニカだけは期待感からか高揚がみられた。

 フォルテは、もちろんモニカの実力は他の誰より信じているが、今回は不安が拭えなかった。


「そ、そうですフォルテ様!私も怖いですがコトちゃんを全力で守ってみせます!!」


 シンバも震えながらフォルテに声をかける。


「私もいますからね!モニカお姉様には指一本触れさせませんわ!」


 コトも気合い十分といった感じで後に続く。しかし、そこには護る対象としてフォルテは含まれていなかった。

 皆の想いに押され少し気持ちの軽くなったフォルテは、勇者の待つ広間の扉を押し開けた。


「あれはいったい?」


 フォルテの目に飛び込んできたのは、部屋の中央に佇む見慣れぬ物体。

 人というには不恰好で、見た目は太い鉄の丸太が立ててあるかのようなシルエットであった。


「ガ、ガガ、マオウ?」


 雑音のような声が響く。


「いかにも、私が魔王フォルテ13世だ!」


 先程までの怯えは消え、フォルテは堂々と名乗る。

 不格好な丸太の勇者は顔らしき場所にはめ込まれたガラス球をこちらに向け、そのままフォルテを見つめただ黙っていた。


「なんだ?名乗りも上げないのか?」


 フォルテが不思議に思って話しかける。


「マオウ、コロス」


 勇者は轟音と煙を発しながらまるで飛ぶようにフォルテに近づく、そして丸太から生えた棒のような腕を振り下ろしてきた。


「挨拶もなくいきなり攻撃なんて、せっかちな勇者様ですね!!」


 すかさず二人の間にモニカが分け入って、勇者の攻撃を受け止める。まるで全身鉄で出来ているかのような重い一撃にモニカの膝は一瞬崩れる。

 その後も、勇者はまともな会話をすることなくモニカに向けて攻撃を続ける。


「モニカさん!?大丈夫ですか?」


 人の動きを超越した素早さと重量感でモニカを圧倒する勇者。思わぬ苦戦にフォルテは心配の声を上げる。防戦一方のモニカは余裕がないのかフォルテの声に答えない。


「フォルテ様!あの勇者、おかしいですよ!」


 シンバがフォルテに話しかける。


「確かに円柱のような鎧を着て格好も変だし、人の話を聞かない姿勢もってそれは、どの勇者も同じか」


 シンバの意見に、フォルテは自身の考察を語る。


「そうではなくて!あの勇者、関節音も息遣いも、なにより心音がまったく聞こえません!」


 フォルテは、シンバの耳の良さにも驚いたが、勇者の特異性になお驚いた。


「ということは、アイツってゴーレムってこと?」


 シンバの言葉を聞いてコトが問いかける。


「ロボ・・・」


「え?」


 一時勇者と距離を取ったモニカが三人の会話に割って入る。その聞きなれない単語に、フォルテはモニカに聞き返す。


「こいつの名は、勇者ロボ、ヴォット」


「モニカさん、アイツのこと知ってるんですか!?」


 フォルテがモニカに詳細を訪ねる。


「いや、アイツの胸元に名前が書いてあったから」


 よく見るとヴォットの胸に丁寧に名前の刻印がされていた。


「ロボって、確か最近ライド国が開発した新型ゴーレムですよ!ミスリルで構成されたボディはあらゆる攻撃をはじき、高性能の知能は魔法攻撃すら可能にしたとか」


 シンバは驚いたが感じでヴォットをまじまじと見つめる。


「それで、弱点は?」


 フォルテはシンバに詰め寄る、小さな体を持ち上げられ前後に激しく揺らされてシンバは答える。


「あわわ、詳しいデータはどこの国にも出回ってないので弱点も分かりませんよぉぉ」


 フォルテはシンバから手を離すとモニカに向き直る。モニカはヴォットと善戦していたがだんだんと押されてきている。

 モニカの顔から笑顔が消えると、全力の力でヴォットを抑え込み身動きを封じる。


「コトちゃん!!」


 モニカはヴォットを抑え込んだ隙にコトに合図を送る。


「わかりました、お姉さま!!」


 コトはいつの間に移動したのか、ヴォットの死角から忍び寄り、その首筋に小太刀を突きつける。

 しかし、その切っ先がヴォットに触れる直前、彼の体は霧のように掻き消えた。


「「えっ!?」」


 驚きのあまり声をあげるモニカとコト、急いでヴォットの姿を探すと彼はいつの間にコトの背後に潜んでいた。


「コトちゃん危ない!」


 咄嗟にモニカが気付きコトを庇ったが、代わりにヴォットの攻撃を受けたモニカの左腕は、無残に砕かれ力なく垂れさがっていた。


「なんてこと、モニカお姉さま。わたくしのために、申し訳ありません」


 コトは涙ながらにモニカに謝る。


「いいって、このくらいかすり傷よ、それよりコトちゃんが無事で良かった」


 モニカは心配かけまいと笑ってコトに答える。

 実際のところ、ダメージは相当蓄積されており、残す片腕で応戦するのにも限界があった。


「なんなんですかアイツは?動きも人間離れしてますし、力だってモニカさん以上。それに攻撃も正確無比、その全てが急所に向けられていますよ!」


 なんとか弱点を探ろうと観察していたシンバだったが、見れば見るほどに穴はなく、まさに完璧な勇者であった。

 皆が絶望感に苛まれる中、何処からともなく陽気な声が室内に響く。


「ほんとぁ、こんなのチートだよね。流石にこれは捨ておけないな」


 部屋の中央に忽然と現れた男性はヴォットを見て語りかける。


「対話のプログラムは組み込まれてないのかな?まぁ、いいや、君ね、調子乗りすぎ、僕の世界観を勝手に壊さないでよ」


 男は人差し指をヴォットに向け、何かを打ち出すような仕草をした。


「はい、バーーンっと」


 間の抜けた掛け声だけが響くと、ヴォットの動きは止まり、腕もだらしなく垂れ下れ下がり輝いていた目も光を失った。


「いっ、一体何が?貴方は?」


 フォルテは突然のことで理解が追いつかなず突然現れた男に問いかける。しかし、その問いに答えたのはモニカであった。


「あいつは神様ですよ」


 モニカは神と呼んだ男を睨みつける。男もその視線を受けて微笑みを返す。


「はじめまして魔王様、僕はこの世界の神。リズムと申します」


 リズムと名乗った神はフォルテにうやうやしく頭を下げる。フォルテもそれに釣られ、理解が追い付かないままに挨拶を交わした。


「この度は対応が遅れて申し訳ない、本来ならこのようなチート行為即座に対応するんですが」


「本当にもう少して大事になるところですしたよ」


 フォルテが何か聞こうとするが、それを遮ってモニカがリズムに愚痴を溢す。


「次回から気をつけますよ。とりあえず、こんな真似をしたライド国には制裁を加えときますね」


 リズムはそう言いながら光と共にその姿を消した。

 呆気に取られた三人は解説を求めるべくモニカに視線を集める。


「さぁ、お仕事終わり。みんな帰りましょー」


 モニカは説明責任を放棄して、みんなに優しく語りかけたのだった。


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