人間に転生した悪魔の物語
とある世界のある国。
そこには全能の神が「間違い」で生み出してしまったイレギュラーな生命体がいた。
生命体は美しい外見で年を取らず、人々では制御できない強力な異能を持っていた。
全能の神はその生命体を「虚の悪魔」と呼び、慈悲を持って彼女に知識と思考を授けたのち神の世界から追放した。
虚の悪魔は世界中を放浪した後、一つの国に辿り着く。
その国は戦火の真っただ中で、女王一人が治めていた。
女王は愛する夫を亡くし、嘆き、悲しみに暮れていた。
虚の悪魔は女王が自分の異能が効かない「純粋な心」を持った人間だと分かり、興味を持つ。
そして虚の悪魔は女王と契約を交わし、女王の国を救うために戦いに身を投じる。
こうして虚の悪魔は国のために戦い、時には女王の臣民たちに「力」と「知恵」と「知識」を授け、女王の国を平和へと導いた。
女王の国は平和となり、虚の悪魔は役目を終えたと言わんばかりに姿を消そうとした。
しかし、いつしか女王は虚の悪魔を愛するようになり消えないでと望んでしまう。
だが虚の悪魔は女王から与えられる愛という感情を恐れていた。
愛を知り、愛し合えば虚の悪魔が持つ異能は消え、人としての祝福を受けてしまう。
人を憧れながらも力を失うことを恐れた虚の悪魔は「来世は人になりたい」と自ら虚の異能を掛けて命を絶った。
女王は虚の悪魔の死を嘆き悲しみ愛した悪魔の亡骸を抱えながら自らを燃やして死ぬ。
死ぬ間際、女王もまた願った。
「来世こそ―――虚の悪魔を愛し、愛されたいと」
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虚の悪魔は暗い世界の中で長い夢を見ていた。
それは現代の日本という世界で、蓮原紫月という一人の少女の人生だった。
紫月は裕福な家庭の長女として生まれたが彼女はとにかく不愛想だった。
そして整った顔出しをしておりながら、縁の太い伊達メガネを着用し地味に装っている。
そんな彼女を実の両親、血の繋がった妹、一部を除いた親戚たちは気味悪がった。
実害こそないが明らかに差別をして、馬鹿にして、見下して。常に彼女は孤独だった。
そして15歳の時、父親が愛人とその娘を家に連れてきた。
父のことを心底嫌っていた紫月は、父とその愛人の娘がいる家に暮らしたくないがために一人暮らしをすると、高校を卒業したら家を出て一人で暮らすと宣言した。
当然、家族は猛反対をする。
「家の恥だ」「せめて大学を卒業してから」「だれのおかげで生活できていると思っているんだ?」「お前は俺の言う通りにしていればいいんだ!」等と彼女の気持ちも知らずに好き勝手言ったのだ。母親は愛人とその娘が家で暮らすことを黙って受け入れ、妹は愛人たちに媚を売って気に入られ、紫月は更に孤立してしまった。
16歳の頃、高校2年生の新学期の前に紫月は背後から実の妹に階段から背中を押されて突き落とされた。
次の瞬間、虚の悪魔の世界が突如に明るくなった。
そして悪魔の体は多くの見えない手に掴まれて引っ張られていく。
するとそこには紫月の体が現れて虚の悪魔の体と一体化した。
虚の悪魔は気づいた。今まで見せられていた蓮原紫月はあの世界の「新たな自分」だと。
前世の記憶と心が蘇った虚の悪魔は「高校2年生・蓮原紫月」として生まれ変わり、人生をやり直し始めると誓う。
そして、虚の悪魔は自らの願い「穏やかな生活」を叶えると。
そのために―――敵意を向けるものには一切の容赦はしないと。