表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

不幸の小道


 あの日、俺はとてつもなく不幸だった。

 ひとけのない小道で、ニシキヘビと不意の見合いをするハメになったのだ。

 俺の通学路には、野原を横切るさびしい場所がある。

 あのニシキヘビは本当に大きかった。

 どこから逃げ出したのか、俺をのみ込むほどに大きく、もしかしたらアナコンダかもしれない。

 俺を見つめ、カマ首をもたげた。

 細長い舌をチョロチョロと出し入れする。

 俺は立ちすくんだ。

 草の影から突然現われ、距離は何メートルもない。

 蛇の舌の動きは、相手の匂いをかいでいるのだ、と弟から教えられたことを思い出した。

 つまり俺の匂いだ。さぞかしうまそうであろう。


「余計なことを教えおって」


 俺は弟を呪った。

 すなわち本日が、わが命日ということだ。

 ああ、はかなき人生。

 夏休みも目前であるというのに、はなはだ心残りである。

 あれもしたかった。これもしたかった。

 有名な虎屋の羊かんさえ、まだ一口も食べてはおらぬ。

 しかし天啓というものがある。晴天の稲妻のような突然のひらめきだ。

 それがこの時、俺を打ったのだ。

 弟に頼まれ、おもちゃ屋で、ついさっき買ったばかりのものがある。

 ヒモがついていて、ランドセルにつけてぶら下げる式のぬいぐるみだ。

 丸々と愛らしいモルモットの姿をしている。

 これならば蛇にとっても、食事前にふさわしいオードブルに見えるだろう。

 手の中で、俺はぬいぐるみを持ち替えた。


「OK蛇さん。アーンして…。口を大きく開けな」


 俺は運動音痴で、学校でもどこでも野球なんてやったことはない。だがそんなことは言っていられないのだ。

 そしてなんという幸運か、俺の手を離れたぬいぐるみは、放物線を描いてスポンと蛇の口に飛び込み、あっという間にのみ込まれたではないか。

 喉を通過し、もぐもぐと食道から胃へと消えたのだ。

 もちろんその隙に、俺は脱兎のごとく逃げ出した。ぼんやり立っている理由などない。

 茂みを抜け、階段を駆け下り、ついに事なきを得た。

 大きな道に出て、立っていられないほどの安心感を感じたのは、後にも先にもこの時だけだ。

 ぬいぐるみは失われたが、すぐに店へ取って返してもう一つ買い、弟に引き渡した。

 めでたし、めでたし。


(追伸)

 あのニシキヘビは動物園から逃げ出したもので、その後、無事に捕獲されたと新聞に出た。

 けが人も犠牲者もなし。

 しかし動物園に帰ってから、ニシキヘビはひどい消化不良をわずらっていることが判明し、逃げていた間に何を食ったのかと、飼育係の首をひねらせているとのこと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 機知と技量と、めでたし×2で〆る、万事抜かりなくさくっと片付けた感(手をパンパンって払うそうぞう)かっけーです、お姉様なのだ彼女は。陰の弟の謎存在感と虎屋ステマ。両方ステキさらにこれほど間抜…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ