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月の裏側


『風船爆弾』


 というとファンタジーっぽく響くが、戦争で使われた本物の兵器なのだ。

 風船そっくりの形をして、アメリカへ向けて気流に乗って飛ぶ。あのころ日本軍は何千発も打ち上げた。

 実は俺も、工場で製造に参加していたことがある。

 毎日毎日、楽な仕事ではなかったし、いつも班長が目を光らせているので雑談などできなかったが、それなりに日々をすごしていた。

 班長は中年で、いささか感じの悪い男でね。

 背は低いが、なぜか首だけはヒョロリと長く、目玉が大きいこともあって、何に似ているかと言えば、


「踏みつぶされて断末魔の声を上げるウナギである」


 というのが俺たちの一致した意見だった。

 意外かもしれないが、風船の材料は和紙だった。水素ガスが漏れるのを防ぐため、コンニャクでコーティングしてある。

 これを何枚も張り合わせ、やっと一個の風船が出来上がる。

 しかし毎日毎日同じ作業で、俺たちは退屈しきっていた。

 そのうち誰かが悪戯を思いつくのは火を見るよりも明らかで、しかも作業机の上には線引き用の黒ペンが転がっている。

 お調子者がそれを手に、班長の目を盗んで、和紙の裏にちょいちょいと落書きをするなど造作もない。

 悪戯心と絵画表現の本能のおもむくまま、俺はそうしたのだ。

 この和紙も他の紙と張り合わされ、落書きは風船の内側に隠されて見えなくなった。

 何ヶ月か後には戦争も終わり、そんな悪戯のことなど俺は思い出すこともなかった。

 そして数十年。

 ジェット気流に乗って、あの風船が地球を何周したのかは見当もつかない。

 紙製の物体だから電波を反射せず、もちろんレーダーでも発見できなかった。

 しかもロケットは鉛筆のように尖り、でこぼこのないスムーズな形をしている。

 あのどこに風船が引っかかったのか、とても不思議だが、事実を否定しても仕方がない。

 あのロケットには、人類初の月面着陸を目指す宇宙飛行士たちが乗り組んでいた。

 それが何十万キロの旅を終えて、ついに月面に降り立つと、そこで物体が出迎えてくれたわけだ。

 薄いシート状で地面に横たわり、表面には見慣れない絵が描かれている。


『地球外生命体の証拠を月面にて発見!』


 という見出しが世界中を駆け巡ったのも無理はない。

 物体は慎重に回収され、地球へ持ち帰られた。

 もちろん俺も見たさ。

『物体』の写真は新聞紙面でも大きく扱われたからね。

 この物体が、なぜか日本の和紙によく似た成分であることは、化学分析の結果すでに判明していた。

 その表面には黒い描線で、ウナギそっくりの丸い目玉をひんむいた男の似顔絵が描かれていたのだ。


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― 新着の感想 ―
事実は小説より……文字通りといえばこのうえのない珍奇なものだから笑っていいの(ご当人である班長さんは笑うより怒るか不真面目な作業の責任を心配するのに忙しいかも)でしょうが、蒟蒻ハンドメイドが地味にすご…
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