⑨知るも知らぬも逢坂の関
「あ- そうかなるほどね! 坊主をめくったから次のお姫様に全部とられちゃったわけね」
「そう、それ以来「蝉丸」なわけよ」
「蝉丸の首って、あれか。これやこの~・・・ なんだっけ」
「これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関」
「パチパチ、さすが本人。良く知ってるね」
「本人ってどういうことよ」
「そうねー、でもこの歌、好きだなー 私」
浅井に「好き」とか言われて、すこしドキッとした。
「蝉丸ってな、逢坂の関に暮らしてる琵琶の名人で、今でいうシンガーソングライターみたいなもんだったんだってさ」
「本当にさすがに良く知ってるね。あ、そういえば航ちゃんも文化祭でビールとやってたじゃん、「ゆず」とか」
「ああ、あれね。まあギターもへたくそでひどいもんだったよね」
「ううん、私「ゆず」が大好きなのよ」
今度は「大好き」ときた。おかげでしばらくは「ゆず」の話題で盛り上がった。
「もともとはあのバンド、一年の時に結成した『カノープス』ってバンドが前身だったんだよ。バンドの演奏よりも幕間のトークで「きかんしゃとうなす」っていうのが大うけでね」
「なにそれ、知らなーい。おもしろそう」
「本人たちはいたってまじめだったんだけどね、まあ歌謡曲からパンクからラップから、なんでもやる節操のないバンドだったね、メンバーのやりたい曲がバラバラでね」
「へえ- どんなメンバーだったの?」
「3組の福山と7組の河内と松田。それに俺とビールと、キーボードに4組の大野さん」
「大野さんって、もしかして大野久美子?」
「そうだよ」
「へえ-あの久美ちゃんがね- 中一のとき同級よ」
「え、ほんとに」
「あれっ? え-っと、たしか大野久美子ちゃんって、航ちゃんのこと好きだったんじゃないかな」
「え-っ、それはないって、それガセだよ」
「そうかなあー」
「よし、それじゃ説明しようか、『カノープス』の栄枯盛衰物語の始まりはじまり」