㉕浅井、どうしてるかな
ビールは実家の酒屋を継ぐのはどうしてもいやだったらしく、一浪してN大の理工学部に入り、コンピュータ関係メーカーに就職した。
高校3年の時からつき合っていた彼女と結婚し、女の子が一人。ビールとは今でも家族ぐるみの付き合いをしている。といってもこっちは独り身だが。
ビールはいまだに、親身になって河野が独身であることを心配してくれる。時々、小学校時代の蝉事件と、それからしし座流星群の夜の密会事件のことを、河野が独身である原因であると勘繰り、何となくすまないと思っていてくれているようだ。それは半分くらいは当たっているかも知れないが、半分は確実にビールの思い過ごしだろうと思う。
河野は一度、ビールファミリーといっしょに、南伊豆の弓ヶ浜という所に海水浴に行き、本当に久しぶりにビールと夜通し語り合ったことがあった。その時の会話。
「だからさ、相変わらず蝉丸は女性に対して理想が高すぎるんだって」
「そういうなよビール。まあ理想を追いかけて一生を終わっちまう、ってのも悪くはないさね」
「ほんとに一回、ちゃんと誰かとまじめにつきあってみろって、そうしたら世界変わるぜきっと」
「いやいや、ビールみたいに、なんでもかんでも一度食ってみて、なんて・・・ やばい奥さん近くにいないよな・・・ そんな生き方できないんだよ、俺には」
そんな話をしながら、河野は何となく、浅井が話していた、ハムスターのえさの話、特にひまわりの種みたいなご馳走ばかり食べていたら死んでしまう、というくだりの部分を思い出していた。
「そうか、理想を追い求めて、おいしいものばかり食べ続けようとすれば、最後は死んじゃうっていうか、麻痺しちゃうのかもな、心というか、恋愛能力みたいなものが」
「えっ、何それ」
「いや、ああ、浅井とかどうしてるかな」
そう、実は河野は、この三十歳を越える年になるまで、浅井と再会することができないでいた。