㉓その後のカノープス
翌日、ビールとは、目配せをしただけで、お互いに余計な話は特になにもしなかった。
ただ後日、ビールとその話になりかけた時、ビールが、
「浅井、もしかしたらさ、蝉丸が一人でいたこと知ってたのかもな」
という言葉を残している。
受験から卒業まで、時間はあっけないほどたんたんと過ぎ去っていく。予想通り滑り止め大学も玉砕し、浪人は決定した。
それからはまた数年がすぎ、天文部のみんなもバンドのメンバーも本当にちりじりになってしまった。
一度だけ、旧カノープスのメンバーから、ライブをやるから見に来ないかといわれて行ってみたら、そこにビールも大野久美子も呼ばれていて、いきなりカノープスのメンバーに生徒会長のボーカルで演奏を始めたのには驚かされた。
会長はかなりノリノリで、気分良く演奏を続けていたが、大野久美子も目はかなり冷たかった。
この第三期カノープスはかなり息長く活動を続けたらしく、さすがにセミプロにもなれはしなかったが、地元の催しで時々ポスターなどで「カノープス」の名前をみかけた。
河野はそのたびに、懐かしいようなちょっと悔しいような複雑な感傷をもたされた。
その大野久美子からは、一度だけ「ミスチル」のコンサートのチケットが手に入ったけど行かないか、と言われて一緒にいったことがある。
ただし後から聞くと、その時大野久美子には、ちゃんとした彼氏がいたそうなのだが。
最新情報では、ビールが家族旅行で愛知の地球博に行った時、ばったり大野久美子ファミリーと遭遇したそうだ。とてもやさしそうなご主人で彼女もとても幸せそうだった、とビールからは聞いている。
バンドギター担当の福山は、一時は本気でプロを目指していたらしいが、結局普通の銀行マンになり、それでも夢はあきらめられず、お金を貯めて、引退したら小さなライブハウスを持つことが目標なんだそうだ。
ベースの河内は、ドラムの松田と飲食店でバイトをしたり、フリーターに近い生活を一時していたらしいが、一念発起して、照明関係のプロダクションのその道の大御所のところに弟子入りして修行を積み、いまではその道ではかなり名の知れたプロになっている。ドラマのエンドロールなどで、時々河内の名前を見かける。
いつだったか、本当に久しぶりに河内と飲んだとき、かなり酔いがまわってから、いきなり大野久美子の話をはじめたので、河野は少しドキリとした。
「大野久美子、いい子だったよなあ。ああ大野久美子、彼女を不幸せにするような男がいたら、このおれがぶっ殺してやる」
穏やかじゃないな、河内。大丈夫だよ、大野久美子はとっても幸せだそうだよ。