㉒キッスは二十歳になってから
河野はしばらく、呆然と浅井の話の余韻に心をゆだねていた。
いままで見続けてきた流星群のひとつひとつが、浅井の心から流れ出る涙のような気がしてきた。
「あーっ、ごめんね。重いね空気が」
浅井はわざと少し明るく、口火を切った。
「本当はもちろん、この話そのものじゃあないからね。本音ではね、早く楽になりたいって気持ちが一番強いんだ」
本当に、心から、早く楽になってもらいたいと思ったが、言葉にできない。
「はやくすべてをわすれさせてくれるようなすてきな恋を、しなくちゃね」
それ、僕じゃだめですか、と言いたくて、やはり言葉が出なかった。
あーっ本当にもどかしい。こんなときなんて言ったらいいかわかんねえよ。
何かいわなきゃ、何かいわなきゃ
「浅井さん!!!」
「はいっ、何でしょう」
「結婚しようか」
「はあ・・・ はあっ?」
浅井は涙目になっていた表情から、一気にはじけたように笑い出した。
「あはははは・・・」
「・・・・・」
河野はどうリアクションしていいか分からず、とりあえず表情だけは真剣そのものの顔をし続けていた。
「いやあ、ごめんごめん。ほんとうにやさしいね航ちゃんは」
「・・・ いや、少しは真剣に考えてもらってもいいんですけど」
「あー そうね、うんいいよ、考えとくよ」
「えっ本当に?」
「うん、一緒にいたら癒されそうだしね」
大胆な会話の展開に、自分でも驚いていた。
「じゃあ約束だ、高校卒業して、最初に会ったとき、プロポーズしちゃうからね」
「あー それあの『行くも帰るも逢坂の関』みたいね、いいかもね、そういうの」
「じゃあ誓いにキスでもひとつ」
「あーーっと、そういうのは、もうすこしだけ大人になってからにしましょ。
ほらよく言うじゃない、キッスは二十歳になってからってね」
「言わねえよ!」
さすがに少し悪ノリしすぎたと反省した。
流星群は明け方に最高潮をむかえ、やがて周りは明るくなり始めていた。
「あーさすがに夜があけてきたね。じゃあ悪いけど家にもどるね、航ちゃん」
「何もおかまいもできませんで」
「ねえ航ちゃん」
「うん?」
「本当に、ありがとね」
「いえいえ、こちらこそ。今夜は本当に結構な逢坂の関でした」
「うん、それじゃあね。そうだ、さっきの高校卒業後の『逢坂の関』も楽しみにしてるよ」
そう言って浅井は夜明けの空の下に消えていきかけたが、校庭の途中まで行きかけて、こう叫んだ。
「ねええー 航ちゃーん」
「なんだよー みんなに聞こえるぞ!」
「わたしー 結婚できるかなー?」
「何いってんだー 俺とすんだろー」
「あーそーかー。あははは・・・」
浅井は微笑みを浮かべたまま、夜明けの街の中に消えていった。