管理人と『彼』
「か、管理人さん!?」
蓮と理乃は揃って仰天した。
会社の社長が住まうようなマンションだ。管理人は相当な富豪だろう。
「ど、どうしてここに?」
「大村とかいう刑事に呼ばれたんです。探偵の調査に協力してほしい、と。」
「大村刑事が?」
蓮は目を見張った。
(警察側の人間が協力してくれるなんて)
「とにかく。私は多忙な身なんです。話は手短にお願いしますよ。」
美久利は耳に垂れた黒髪を弄びながら、無表情で言う。
カーディガンの色とは異なり、本人の印象は凄く暗い。
「えー、では、まずあなたの事件当日の行動を教えてください。」
「その日私は一日中、管理人室にこもって作業をしていました。」
「………。」
「………。」
「…え、終わりですか?」
「ええ。」
美久利は「それが何か?」と言わんばかりに首を傾げる。
蓮は焦った。大村刑事が作ってくれた機会を無駄には出来ない。
「で、ではその時何か気づいたことはありませんでしたか。」
「それなら一つ。」
「え?」
「ドアのオートロックです。4時半頃に、急にガチャリと…」
「解除されたんですか。」
「はい。」
4時半。その時間はちょうど、琴乃さんが死体を発見した時間だ。
「ねえ蓮さん。」
「ん?」
「私、昨日大村刑事から聞いたんですけど。駆け付けた警察が現場に入ることができなかったから、警備員さんに解除してもらったらしいです。」
「ああ、なるほどそういう事か。」
「ちょっとお待ちください。」
すると、美久利が声を上げた。
「だとすると、変です。オートロックが解除されたのは、4時半と5時の、計二回なんです。」
「え、そうなんですか?」
「はい。私はてっきり、5時に警察の方が来られたと思っていたのですが。」
「4時半の方は?」
「警備員のミス、かと。」
蓮は考え込んだ。
(よく考えると、4時半ぴったりに警察が駆けつけて、警備員にオートロックを解除させるって可能なのか?いくら何でも速すぎる。とすると、警察が開いたのはもう一方の5時の方になる。じゃあ、4時半の解除は…)
「…理乃。」
「?」
「警備室に戻ろう。」
「え、どうしてですか?」
「どうやらもう一回、彼の話を聞いた方が良さそうだ。桜川さん、ご協力感謝します。」
蓮は理乃の腕を引いて、エレベーターに向かった。
「すみませーん!」
警備室の前で、蓮は叫んだ。
すると扉が重々しく開き、剛力が顔を出した。
「どうしました?私はもう事件について話したはずですが。」
「いいえ、あなたの事件当日の行動をまだ聞いていません。詳しく話してもらいましょうか。」
「い、良いですけど…」
剛力は渋々と言わんばかりに警備室から出てくると、フロントに蓮たちを案内した。
「で。私の行動でしたっけ?」
「はい。」
「私はずっと一人で警備室にいたんです。そこで防犯カメラの管理やら、何やらしていたわけです。以上ですよ。」
「あの、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「はあ。」
「事件が起こった日、部屋のオートロックが解除された時間帯があったんですよ。」
「ああ、それは自分ですね。警察官たちがここににとんできて、開けてほしいと。」
「いいえ。そのことではありません。俺たちが聞きたいのは、もう一つの方です。」
「もう、一つ?」
剛力は顔をしかめて、蓮たちを見つめる。
「それは、一体どういうことですか?」
「知らないとは言わせませんよ。4時半頃に、解除されているんです。警察が来るよりも前の話です。」
「はあ。心当たりがありませんね。」
「嘘をつかないでください。オートロックが解除できるのは、ここだけなんです。」
「し、しかし…」
「ちなみに、4時半はちょうど琴乃さんが死体を発見した時間です。タイミングが良すぎるんじゃないですか?まるで、現場を見せつけるかのように。」
「う…」
剛力は唇を噛んで、蓮たちを睨みつける。
「さあ、どうですか!」
「き、きっとそれは他の警備員が…」
「いいえ、そんなはずがありません。あなたはさっきこう言ったはずです。『事件のあった日は一人で警備室にいた』と。」
「あっ……」
剛力は、完全に言葉を失った。
「もう言い逃れは出来ませんよ。認めてください。」
「う………。み、認めます。私が、オートロックを解除しました。」