調査へ
翌朝。
「あの探偵から依頼!?」
読んでいた文庫本をテーブルに叩きつけ、理乃は立ち上がった。
「正気ですか蓮さん!あの人に、昨日散々馬鹿にされたんですよ!」
「まあでも、一応昔の縁もあるし、依頼人の人の許可も取ってるらしいし…」
「私は絶対に行きません!またあんな風に言われたら、たまったもんじゃありません!」
大声で叫ぶ理乃。凄い剣幕だ。
「理乃、そんな贅沢は言ってられないんだよ…。依頼が来なくて、金欠なのは事実だろ?」
「ま、まあそうですけど。」
蓮の説得に、理乃は言葉を詰まらせ、蓮の方を睨みつける。
そしてふてくされたように、ソファーに寝転がってしまった。
見ぬふりをして蓮はコートを羽織り、言った。
「俺は行くけど、どうする?」
「……うう。」
理乃は起き上がり、目をウルウルさせながら、ジャケットに腕を通した。
「ここか。」
蓮は、待ち合わせ場所に指定された建物の前に立っていた。
深く悲しげなため息を聞いて振り返ると、ベレー帽で顔を隠した理乃が、トボトボと付いてきていた。
「理乃、ごめんな。」
「ふん。やっぱり来なきゃよかったんです。私は近くのスーパーで買い出しをしてればよかったんです…。」
ぽつぽつ呟く理乃に、蓮は呆れ気味。
半ば強引に連れてきたのだから、無理もないが。
すると、
「やあ。」
「「わっ」」
物陰から、突如として賢人が姿を現した。
「い、いたんなら言えよ。」
「すまない。お取込み中のようだったのでね。」
「なっ」
すべて見られていたことに慌てる蓮と、キッと睨みつける理乃。
そんなこと気にも留めていないように、賢人は続ける。
「それで、もう準備は出来ているか?後ろの助手は別として。」
「ジッ。」
「さ、さ、賢人。早速現場に向おー。」
「準備は抜群のようだな。ならば早速行こう。」
「行きましょう。」
「る、流川さん!?」
突然の流川の登場に、蓮は固まる。
「いつからいたんですか!」
「ずっとここで拝見しておりましたよ。」
「おい、行くぞ。」
「はーい。」
賢人に催促され、蓮と流川は歩き始める。
しかし理乃は意地でも動かないという風に仁王立ちをしている。
すると急に賢人が振り返り、
「佐伯理乃。その、なんというか…、悪かった。昨日は言い過ぎだったな。反省している。この通りだ。だから一緒に来てくれないか?貴方がいないと蓮が寂しがる。」
完璧な謝罪の言葉を投げかけた。
理乃はどういう風の吹き回しだと驚いたように目を見開いた。
そして、しばらくの間黙って賢人を見つめていたが、やがて一歩、また一歩とゆっくりとこちらにやってきた。
「じゃあ、行くぞ。」
賢人はそこで初めて優しい笑みをこぼして、先を歩いて行った。
「次はないですから…。」
蓮の背後で理乃がボソッと呟いた。
「ここが、お前たちの担当する事件の現場だ。」
右手を広げて、賢人が場所を示す。
そこは、高級マンションの一室だった。下にはパトカーが何台も止まっており、大量の警官たちが部屋を行き来している。
その光景に、蓮と理乃は圧倒されてしまった。
「その様子だと、やはり慣れていないんだな。」
「慣れていないも何も、初めてだからな。それにしても、大きな建物に住んでいたんだな、被害者。」
「ああ。被害者の名は、桐ケ谷誉。IT企業の社長を務めていた。」
「桐ケ谷…。IT…。」
ぼそぼそ呟きながら、理乃は手帳にメモを取っていく。
すると、
「あなたがこの事件の探偵さんですか?」
背後から急に話しかけられて、びくりと身をすくませる蓮と理乃。
そして振り返ると、小柄な女性が4人をじっと見つめていた。
「そ、そうですけど、あなたは?」
「私、依頼人の桐ケ谷琴乃と申します。よろしくお願いします。」
女性はペコっとお辞儀をする。上の方で結んでいた髪が、ぴょこんと跳ねた。
こういうものに慣れず、フリーズしていた蓮の背中を、賢人が叩く。
「事件の事を聞け。絶好の機会だ。」
小声で囁かれ、蓮は琴乃に向き直る。
「事件の話、聞かせていただけませんか。まだ情報が足りなくて。」
「ええ。もちろんです。」
琴乃はにこりと微笑んだ。