依頼
「り、理乃。落ち着きなよ…」
「落ち着けるもんですか!もぐもぐ。」
事務所に戻った後、理乃はずっとこんな様子で麺をすすっている。
傍らにはお湯の入ったポットと、積み上がった空のカップ容器。
(ああ、今月分の食料が…。)
蓮は自分の財布とにらめっこしながら、心の中で唸る。
「ねえ、あいつは昔からあんな調子だけど、根は良い奴なんだ。許してやってくれないかな?」
「嫌ですよ!私たちを散々馬鹿にしたんですから。」
理乃の箸は止まらない。
「…いや待てよ。あいつと蓮さんの学力が一緒ってことは、蓮さんが真面目に仕事していたらあんなこと言われずに済んだかもしれなかったんじゃ。……ジロリ。」
「俺はいつだって真面目だよ!」
そしてとばっちりを受ける蓮であった。
理乃が食べ疲れて眠りについた後。
……プルルルル……
電話が鳴った。
(こんな遅くに、いったい誰だろう。)
蓮は受話器を取った。
「もしもし、こちら峰崎探偵事務所です。」
「私だ。」
「…ああ、賢人か。」
蓮はフッと肩の力を抜く。
「どうしたんだよ、こんな遅くに。」
「お前に、折り入って頼みがあってな。」
「なんだよ。散々馬鹿にしたくせに。」
「すまない。さすがに言いすぎだったな。」
「分かってるなら早く言えよ。おかげでうちの助手が事務所のカップ麺を消滅させちゃったんだから。」
「はは。面白い女だな、お前の助手は。」
賢人は軽く笑う。
「それよりも、頼みって?」
「お前に、殺人事件の調査をしてほしいんだ。」
「……は?」
蓮は賢人の言っている意味が理解できなかった。
「なんで俺に?」
「駄目か?」
「いや、普通に依頼は嬉しいんだけど。どうして『迷』探偵の俺なんかにわざわざ。」
「あの後よく考えてみたんだ。学力にさほど差のない私たちがどうしてこんな事になってしまったのか」
「あー、お前もか。」
「そうしたら気づいたことがあった。」
「何?」
「お前警察と連携してないから、事件の調査したことないだろ。」
「あ。」
その通りだった。
蓮の今までの仕事は、あんパンを咥えて尾行など、警官の下っ端がやるようなことばかりだった。
「言われてみれば、確かにそうだな。」
「だからお前の推理の力を試したくてな。」
「なるほど。」
相変わらず上からだな、と思いながら、蓮は続ける。
「でも、お試しとして俺が行っちゃって良いのか?遺族はなんも言わないのか?」
「それなら安心しろ。私の方で遺族には連絡しておいた。新人の探偵が事件を担当する、と。」
「俺、お前より先輩だぞ…。」
「能力としては、私の方が上だろう?」
「ぐ。」
「そういう事だ。引き受けてくれるか?」
(もう連絡が済んでいるのなら、断れないだろ…。)
蓮は渋々と、言った。
「わかったよ。ただ、依頼料はきちんと払ってもらうからな。」