名探偵と、「迷」探偵
短編バージョンでの高評価、ありがとうございます(^▽^)/
というわけで、連載化します。
短編バージョンを読んでいない人は、そっちを読んでからの方が楽しめる…かも?
夜の東京の街を、「迷」探偵峰崎蓮は、助手の佐伯理乃と共に歩いていた。
というのも、彼はこの探偵人生で一度も依頼を成功させたことがない。一度も、だ。
だからこの日、蓮は探偵の仕事を辞めようとしたのだが、理乃に必死に止められてしまった。
そして、現在に至る。
「なあ理乃。」
「?」
「これ、偽物じゃないだろうな。」
そういって蓮は、一枚の新聞紙を取り出す。
それは理乃が机にしまっていた、新聞紙。これが、蓮を止めるために使った、理乃のネタだ。
そこには、一面に大きな記事が。
『天才名探偵登場!警察が唸るような難事件も一日で解決!』
「当たり前じゃないですか。用意する時間が、いつありました?」
「う。た、確かに。」
蓮は理乃から目を反らす。
「住所によると…、あ、ここですね!」
そんな蓮に微笑みかけながら、理乃はその天才名探偵の事務所に走っていった。
「こんばんは。」
自動ドアをくぐった途端に見知らぬ男に挨拶をされ、蓮と理乃は同時に体をびくりとすくませた。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。」
「あ、あなたは?」
「私は流川湊と申します。この事務所の秘書を務めております。」
流川は、礼儀よくお辞儀をした。
「えーと、る、流川さん。この記事の天才名探偵の事務所がここだと聞いて、来たのですが。」
「はい。予約はしておられますか?」
「予約?い、いえ。」
「では、綾小路様のもとへはお通しできません。既に一年待ちでして。」
「「一年待ち!?」」
理乃と見事にハモる。
それにしても、と蓮は思った。
名探偵の正体はやはり綾小路だった、と。
「じゃあ、俺の名前を綾小路さんに伝えてください。」
「は、はあ。お名前は?」
「峰崎蓮です。きっと通してくれるはずです。」
「うーん…。」
首をかしげながら、流川は部屋の奥に消えていった。
「やはり、知り合いだったのですね。」
「うん。」
残された二人は、ソファーに腰掛けた。
「こいつとは幼稚園のころからずっと一緒だった。クラスも、全部一緒。」
蓮は新聞紙のイラストを指さして言う。
「でも、こいつの方が俺より才能があったんだ。あいつは陸上部のエース、俺は野球部の補欠。」
「それは、お気の毒に。」
「でも、学力だけは勝負できていた。あいつに、今回だけは負けたくないんだ。」
「…ほお。」
「…これもすべて知っていたうえで、新聞を用意していたんだろ。」
「はい。お母さまから、ちらちらと。」
理乃は無邪気に笑う。
すると、奥から流川が姿を現した。
蓮と目が合った途端、すごい勢いでこちらにやってきて尋ねられる。
「あなた方、いったい何者なんです!?」
「え。」
「綾小路様が予約していないお客様を通すなんて、初めてです!」
「…ぷっ。」
蓮は笑いをこらえながら、理乃と顔を見合わせた。
「綾小路様!お客様をお連れしました!」
「入れ。」
流川はそっとドアノブに手をかけ、静かに開いた。
「それでは、私はこれで。」
流川が去ったのを見計らい、奥に座る男、綾小路賢人は切り出した。
「やはり、お前だったか。」
「久しぶりだな、賢人。」
「まあ、座れ。」
賢人はソファーへと二人を促す。
「その女は?」
「佐伯理乃。助手だ。」
「ほお、助手?お前、何をしてるんだ?」
「探偵だよ。」
「探偵…?」
賢人の鋭い目が、大きく見開かれる。
「お前、また私を真似たのか?」
「真似たわけじゃない。そもそも、またじゃないし。」
「ほお。で?」
「今まではお前に全て負けていたが、今回ばかりは勝たせてもらう。それを言いに来たんだ。」
「勝利宣言、というやつか。」
「ああ。」
蓮が頷くと、賢人の怪訝そうな表情は、次第ににやけてくる。
「なにがおかしいんだ?」
「ふっ。実はというと、もう知っていた。」
「「は?」」
蓮と理乃は、驚いて顔を見合わせる。
「わ、分かってたって…」
「決まっているじゃないか。お前が探偵だってことを、だ。」
「えっ」
蓮は絶句し、何も言えなくなってしまった。
その代わりに、理乃が尋ねる。
「どうして、ですか。」
「知り合いだからに決まっているじゃないか。腐れ縁の蓮の職業くらい、知っておこうと思ってな。…蓮、お前噂によると、一度も依頼を成功させたことが無い「迷」探偵らしいな。」
「ぐっ。」
痛いところを突かれ、二人はすっかり黙り込む。
実に愉快そうに、賢人はそれを見つめていた。