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8 簒奪者

 ノイムーン王国首都ハーヴァー。その中心に位置する城塞、ハーヴァー城。

 広大な城壁内の広場の一角に、処刑台が設置されている。

 その処刑台で、いままさに数人の男が首を吊られた。謀反を企てた疑いのある貴族や、王都で盗みを働いた盗人など、罪状は様々だ。

 広場に集まっていた民衆からどよめきが起こる。


 その光景を王宮の窓から見下ろしていた男は、満足げに酒杯をあおった。


「さすがはロホラン様。処刑を肴にワインとは豪胆なお方だ」


 若い男の声に、ロホランと呼ばれた男は威厳に満ちた顔を振り向かせる。

 室内に置かれた卓の向こうには、その若者の他に二人の人物が座っていた。


「ゴーシュよ。処刑とは祝祭なのだ。王権に逆らう者は神に逆らうのと同義。その恐ろしさに人は耐えられなくなり、やがて狂った獣となってしまう。そうなる前に葬ってやる儀式が処刑だ。それは人民に与えられる慈悲であり、祝福なのだ」


「なるほど」


 ゴーシュと呼ばれた若者はニヤリとする。美男子といえるハンサムな顔立ちだ。


「では、メロー島の海賊討伐の件も、ロホラン様の慈悲深さをアピールする狙いがあるわけですね」


「国家秩序の安定のためだ。……キホル宰相、計画を」


「ご説明いたします」


 キホルと呼ばれた老人は地図を取り出して卓上に広げた。小柄な身を乗り出し、地図を指さしながら語りはじめる。


「ご存じの通りメロー島は王室の属領。元領主のずさんな管理により近頃は海賊が横行し、島の治安を乱しております」


 ちら、とキホルは隣の椅子に座る女に視線を投げる。


 若い女だ。浅黒い肌と細身の身体はどこか黒猫を思わせる。

 その女は卓の中央に置かれた果物の盆をぼんやりと見つめていた。明らかにキホルの話を聞いていない。


「続けろ」


 ロホランの声にハッとして、老宰相は咳払いをする。


「よって、我々はすみやかに軍を派遣し、メロー島を脅かす海賊どもを征伐する所存であります。その後、同地に兵団を駐留させて治安の安定化を図る予定です」


「支配者が誰なのかを島の民に思い知らせる、というわけですね」


 笑顔で言うゴーシュに、ロホランは頷く。


「島の者だけではない。先王が崩御され王位が空白であるいま、このロホランが我が国の次代の支配者であることを全国民に知らしめる」


「むろん、メロー島への遠征はそのためのアピールでございます」


 キホルはまるで海賊ではなく島の民を征伐するかのような言い方をした。


「ですが、ひとつ懸念が」


 そう言ったゴーシュをキホルがやや不機嫌そうに見る。


「なんだね、騎士団長殿?」


「島の元領主の屋敷には現在、遠縁の少女が居住しているようです。その少女にメイドとして仕えている女がいるのですが、これが曲者のようでして」


 続けろ、という風にロホランが目線で促す。


「そのメイドの出自を調べますと、どうやら件の戦闘民族のようなのです」


 そう言うとゴーシュは、さっきから退屈そうにしている女を見た。


「ほう、ノワと同じ一族か。ではさぞかし強いのだろうな」


 ロホランが興味深そうに女を眺めた直後。

 トスッ、という奇妙な音を一同は聞いた。


 器に盛られた果物の頂上の赤いリンゴに、ノワと呼ばれた女が投げたナイフが深々と刺さっている。


「私が殺す。命令さえしてもらえれば」


「よかろう、では命じる。ノワよ、その女を殺せ」


「承知した」


 ロホランに命じられたノワは椅子から立ち上がり、ナイフの刺さったリンゴを取って大きく一口囓りとった。



「出発は二日後の早朝を予定しております」キホルはロホランを伺うように見た。「総司令官は――」


「キホル宰相に任せる」


「ありがたく拝命いたします。……ゴーシュ殿」


「はい、実働部隊の指揮はこの僕にお任せください」


 ゴーシュが自信たっぷりに言うと、ロホランは頷いた。


「うむ。ではノワと共に副官として赴くがいい。ところで――」


 そこで言葉を切り、ロホランはひときわ厳粛な表情をゴーシュに向けた。


「ゴーシュよ。〈神器〉はいまどこにある?」


 ゴーシュは一瞬、緊迫したような面持ちになった。

 だが、すぐに彼特有の人のいい笑みを浮かべて言う。


「もちろん、いまはまだ〈神器の間〉です。ですが、戴冠の日には貴方様の手に」


「期待している」


 ロホランはゴーシュの返答に満足したようだった。「では、僕はこれで」とゴーシュは次期国王の前を辞して部屋を出た。


 

 扉を背にすると、ゴーシュはたまりかねたように深々と溜息を漏らした。自分を偽るのは疲れる。特に、あのロホランという男の前では。

 廊下には一定の距離をあけて衛兵が配備されていた。全員がものものしい全身鎧に身を包んでいる。それがあの、もうすぐ王位に就こうとしている男の用心深さなのだ。


 ゴーシュは懐から小さく畳まれた紙片を取り出し、近くの衛兵から隠すようにして中をのぞき込んだ。そこには小さな文字でこう書かれていた。


 

 ――ロホランは先王エゼルから王位を奪った簒奪者である――



「エゼル王様、僕は僕の正義を成します」


 小さくそう呟くと、ゴーシュは紙片を元に戻して足早にその場を立ち去った。

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