腹違いの妹を無視していじめたとして王太子に冤罪で婚約破棄を宣言され、それが妹のせいだったと知った悪役令嬢と言われ、辺境送りになった姉の絶望によって呼び寄せられた悪魔、彼が囁いたある言葉とは?
「イベリット・アクアマリン。お前の傲慢さとそしてマリアベル・スタンリーをいじめ、階段から突き落として殺そうとした罪によりお前と婚約破棄する!」
私は目の前にいる王太子殿下の読み上げる罪状とやらを青い顔で聞くしかありませんでした。
マリアベルは私の母違いの妹です。
庶民である使用人に父が手を付けて産ませた腹違いの妹でした。
最近、母親が亡くなり、父が仕方なく引き取って館に住まわせている娘です。
私は別に彼女をいじめたりはしていません。ほとんど会うことがなかったからです。
正妻の娘である私と、使用人の娘の彼女とでは最初から身分が違いました。
妹として認めなくてもいいと父に言われました。私は彼女をいじめたことはありません。最初は仲良くしようとしました。
しかし……。
「妹であるマリアベルを無視して、館の離れに閉じ込めたそうだな!」
離れに閉じ込めたわけではなく、彼女がそこに住むといったのです。正妻の母に気を使ったのだと思った父はそれを了承しました。
「そして魔法学院に入ったマリアベルを妹と認めず無視したそうだな!」
魔法学院に父が仕方なく教養を身に着けさせるために入れたのです。
貴族の子弟は絶対に学院に魔力があれば入る規則がありましたから。
無視というか、何度か私も気を使って話しかけたのですが、彼女がそそくさと離れていったので、年齢が半年違いの母違いの姉などと話すことはできないのかなと遠慮したのです。
そこから話しかけるのもやめました。
「……マリアベルの訴えを聞いて精査した、お前がマリアベルを無視していじめて、妹と認めぞ、あげくのはてに階段から突き落として殺そうとしたことは明白だ! 辺境の修道院送りにする!」
罪状と言われましても、階段からマリアベルが落ちたことは聞いていましたが、私はその場所にすらいませんでした。
「私は階段で彼女を突き落としたりなどはしていません」
「目撃者がいるんだ! ふざけるな。それ以上聞きたくない!」
私はマリアベルがふふっと嬉しそうに笑うのをみました。初めてみた彼女のほほえみでした。
わが家に引き取られて一年、数えるほどしかあったことがないのですが、いつもこちらを強い目でにらみつけて嫌そうな顔をしているだけでしたので。
「私は!」
「連れていけ!」
私は衛兵に両手を取られて、憎しみに満ち溢れた殿下の顔を見ることしかできませんでした。
「……ねえ、ねえ、君は罪を犯したの?」
辺境の修道院で雑事をさせられ、荒れてしまった自分の手を見ながら、どうしようかと考えていた時でした。マリアベルが新たな王太子殿下の婚約者になったと聞いて、私はこのために無実の罪をきせられたと悟ったのです。
どこからか話しかけてくる声があったのです。
「誰?」
「きれいな緑の目だねえ、僕の好みだ。ねえねえ、僕と契約しない? 対価さえ払えば君のその憎しみと悲しみ、やり切れない思いをなんとかしてあげられるよ」
私は神の像の前に舞い降りた翼持つ人影を見ました。
それは黒い翼持つ……青年。
「……あ、悪魔!」
「悪魔なんてひどいな、まあいいや、その緑の目を僕にくれたら、君の世界で一番のお願いを叶えてあげるよ」
「……なんでも?」
「うん、なんでも」
私はぺたんと床に座り込み、真っ黒い目と髪を持つ青年がにこっと笑うのを見ました。
黒い翼以外は人と変わらないその姿。
「……あげるわ、目くらいあげる! 私は何度も罪など犯してはいないと申し上げたのに信じてくれない殿下、それに私に無実の罪をきせたマリアベル、私を助けてくれない両親、すべてを許せないの!」
この一年、ずっと修道院で己の罪と向き合えなどと言われ、何もしてないといっても信じてもらえず、私は神を信じるのをやめました。
両親や殿下に手紙を送ってもなしのつぶてです。
「……契約は終了した。そうだねえ、きれいな緑の目だ。あははははは、また新しいコレクションができたぞ!」
私の目から光が消えて、周りが真っ黒になり、悪魔の笑い声だけがあたりに響き渡ります。
私の世界で一番のお願いは……。
「……みんなみんな消えてしまった。あはははははは、消えたわ、消えたわ、やった、やったわ!」
私は強い魔力とやらを手に入れ、視力を魔力で補い、そして私の願いを叶えました。
目の前に広がるのは何もない台地、荒涼たる大地。
誰もいない……ああここは私の楽園
私の願いは全てが消えること、私に罪を着せたマリアベル、私を信じてくれなかった殿下、私を無視した両親。
私がマリアベルを階段から突き落としたと嘘の証言をした同級生たち。
すべてすべて消えました。あはははははは、神などこの世界にはいないの。
だからすべてを消してやったのです。
「あーあ、どうしてこう強い力を持つと暴走する人間が多いのかな、さすがにやりすぎだよ。目を返すから、魔力を僕に返してね」
空中から声が聞こえて、そして私の目に光が戻りました。
そのとたん、目の前に殿下、マリアベルさんが現れ、私を断罪する! と殿下が再び声を荒げる光景が見えたのです。
「え? 悪魔、悪魔は、私は!」
私は悪魔を呼びましたが、彼の声はもう聞こえず、目の前にいる殿下とマリアベルが驚いた顔で見るばかり。
「あはは、うふふ、夢だったの?」
「おい」
「悪魔、悪魔、悪魔! どこにいるのよ、魔力を私に返しなさいよ!」
「気が……ふれたのか?」
私は叫び続けました。驚いた顔で見る二人を強い目でにらみつけ、私は罪などは犯してはいないし、階段からマリアベルを突き落としてもいないし、妹として認めないなどといったこともないと叫びました。
……ええ、この後私が罪など犯してはいないと叫び続け、私の取り乱しように、もう一度マリアベルの証言を見直すと陛下が言われまして……。
私の無実が証明されて、マリアベルが修道院送りになり、殿下に私は謝罪されましたが……。
どうしてこのようなことになったのでしょうか?
すべてを一度消してしまった私はもう殿下を愛することもできず、ただ茫然と日々を過ごすしかありませんでした。
世界はとても残酷です。私の無罪は証明されましたが、私は何もかも信じられない日々を続けることしかできないのでしょうか。殿下はマリアベルに騙された愚かさにより廃嫡になりました。でも私の心は晴れません。
でも悪魔はもう私にこたえてはくれませんでした。
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