前途多難
翌日、依頼を受ける為に再び冒険者ギルドを訪れる。
入り口の左右の壁に取り付けられた掲示板では既に多くの冒険者達が自分に合った依頼を探している所だった。
俺とセティのランクはGなので早速、Gと1つ上のFランクの依頼書が貼られている掲示板を確認していく。
主に多い依頼内容は薬草・山菜等の採取や低ランク魔物の討伐、街の下水掃除、引っ越しの手伝い、庭の草むしり、土木工事の補佐など、中には迷子の猫の捜索という依頼まであった。
全体的に報酬は安く、お使いから肉体労働まで何でも引き受けるという感じだな。
異世界に来てまで肉体労働などやりたくも無いし、下水掃除などの臭い仕事は論外だ。
引っ越しの手伝いであれば、異空間収納のスキルで、簡単に終わりそうだが、セティの功績としては評価されないかもしれない。
一緒に受けられる依頼となると自然と依頼は限られてしまう。
「ねぇ、この常設依頼って何かな?」
「常に需要があるって意味さ。ここに張り出されてるものだと、薬草の買い取りと低ランクの魔物討伐は、いつも受け付けているって意味だよ。」
常設依頼の薬草採取の場合は、薬草を10本で1束にまとめて提出。
低ランクの魔物討伐は、種類を問わず魔物を一定数倒して、素材又は討伐証明を持ち帰る。
駆け出しとしては一番無難な依頼ではあるのだが、俺には薬草の知識など無い為、低ランクの魔物を適当に狩るのが良さそうだ。
「私、薬草の事なら本で読んだから少しは分かるよ。」
「それなら同時に達成出来そうだな。魔物は任せておけ。」
「ううん。私だって魔法が使えるんだから大丈夫だよ。接近戦は苦手だからお願いするね。」
セティの魔法がどれだけ威力があるか分からないが、遠距離攻撃があるのとないのでは大違いだ。
ただ、素手なのが少し不安だ。
杖などの武器は必要無いのかと尋ねてみると、魔法は素手でも発動出来るから問題ないのだそうだ。
一応、杖などの触媒があると、ちょっとだけ発動が良くなる事もあるそうだが今の所、自分には必要は無いらしい。
ゲームや小説の世界だと、魔物を倒して経験値を得てレベルが上がれば、ステータスだけでなく魔法やスキルを習得する事が出来る。
俺も頑張れば魔法が使えるようになるのだろうか?
その事をセティに質問してみると…。
「レベルアップなんて都合の良いシステム、そんなのゲームの中だけの話だよ。それに、カルは元々、魔力を持って生まれてないんだから魔法を使う事なんて出来ないよ。」
元々、魔法という力が存在しない世界の生まれなので、異世界に来たからといって魔法が使えるようにはならないらしい。
俺は今回、若返りはしたが「転移」という形で異世界に来ている。
もしこれが、こちらの世界の住人として「転生」した場合、更に魔法を使える家系に生まれていたら可能性はあったようだ。
もちろんそれでも、才能や素質、努力が必要になるらしい。
魔法を使う為には遺伝や体内の魔素量などが関係し、肉体に多くの魔素を持つエルフ族や人魚族、そして魔族などは魔法を習得し易いとされる。
逆に、遺伝的に魔素をあまりもたないドワーフや天翼族、巨人族となると、いくら修行をしたところで習得出来る魔法が限られてしまうらしい。
ちなみに、人族と獣人族はその中間に位置し、遺伝や環境によって得意な魔法が違ったりするらしい。
他にも覚えたくても覚えられない特別な魔法が存在するようで特殊な職業や種族、遺伝などにより使えるそうだが、詳しくは解明されていない。
俺が思っていた以上に、魔法を使う為には様々な条件が必要という訳だ。
だが、ここで1つ疑問が生まれる。
どうしてセティは魔法を使えるのかと尋ねると、物心ついた時には既に使えたので良く分からないそうだ。
「それじゃ、俺が魔法を使える可能性は0って事だな?」
「残念だけど、こればかりはどうしようもないよ。」
「それが分かっただけで十分さ。魔法の事はセティに任せるよ。」
「うん!」
仮に転生という形でこの世界に生を受けたとしても、それはつまり0歳からスタートするという事になる。
それだとセティの旅に付き合う為には、冒険者登録をする為に最低でも12年の歳月が必要になるだろう。
それに今更、新しい両親を持つなんてちょっと考えられないからな。
魔法という力は手に入らなかったが、代わりにナギから刀剣術の技能を授かっているので何も不満はない。
「それじゃ、東の森に行ってみるか。」
「うん。集める薬草の種類も分かったから、早く行こうよ。」
常設依頼は受付を通す必要が無い為、そのまま東の森へと向かう事になった。
セティが探すのはヒーリング草とキュア草の2種類。
換金率が良く、回復ポーションと解毒ポーションの材料になると書かれていた。
また、この辺りに生息する低ランクの魔物でお勧めなのは、ホーンラビットという角の生えたウサギのようだ。
肉だけでなく角と毛皮が売れるようだ。
街の外に出て東の森に到着すると、すぐにセティがお目当ての薬草を発見する。
「あそこにもヒーリング草があるよ。」
俺には薬草と雑草の違いがさっぱり分からないのだが、セティは順調に薬草を採取している。
採取する場合、根っこごと引っこ抜くのではなく、花であれば花だけを取り、葉っぱであれば全てを取らず少し残すのが基本なのだそうだ。
そうする事で、数日も経てば同じ場所で薬草が取れるという訳だ。
セティから聞かなければ、俺はきっと根っこごと引き抜いていただろうな。
ちなみに俺の方は、未だ魔物一匹見つけられず困っていた。
昨日はワイルドボアから襲ってきてくれたのに、今日は何故何も襲って来ないのだろう?
「カルは気配を隠そうとしていないもん。そんな強い気を放っていたら弱い魔物は逃げちゃうよ。」
「強い気?そんなもの出している覚えは無いんだが?」
「無意識に出ちゃっているんだよ。もっと心を落ち着かせて、自然と一体にならないと。」
「自然に溶け込めって事か?難しい注文だな。」
自然と一体、一体ねぇ・・・。
昔何処かで、習ったような気もするが…。
そういえば中学の時、課外授業の一環で禅寺にお世話になったな。
その時、坊さんから精神鍛錬の1つとか言われて座禅をやらされた事がある。
無念夢想。
心を無に自然と一体になるイメージ・・・。
その場に座り深い深呼吸をしながら心を落ち着かせていく。
「・・・凄い。完全に気配が消えちゃった。」
「本当か!?」
「あ、ちょっと!元に戻っちゃったじゃない。」
しまった。
つい心が乱れてしまったようだ。
もう一度、心を落ち着かせ自然と一体に…。
「・・・これでどうだ?」
「うん、大丈夫。その状態を常に維持してね。」
数十分後…。
森の中を探索していると、セティからしゃがむようにと合図がある。
どうやら茂みの先に魔物を発見したようだ。
「カル、あそこにホーンラビットがいるよ。」(小声)
「よし、一撃で仕留めてやる。」
ズササササ…!!(脱兎)
「ちょっと!いくら気配を殺せても、声を出したら相手に聴こえちゃうじゃない!」
「うぐっ・・・。」
狩りって、本当に難しい。