お風呂(改)
暫く部屋でくつろいでいると、部屋の扉がノックされマーサさんが夕食の準備が出来た為、下に降りて来るようにと声を掛けてきた。
支度を整え廊下に出ると、香ばしいパンの香りが漂って来ている。
下に降りて食堂に入ると、そこには他の泊り客と思しき者達が何人も席に着いていた。
テーブルについて待っていると、厨房の奥からマーサさんが次々と美味しそうな料理を運んで来る。
「さぁ、うちの旦那が作った自慢の料理だよ。お代わりもあるから沢山食べとくれ」
メニューは肉と野菜のスープに串肉、香ばしく焼き上げられたパンとワインか。
スープを一口啜ると肉と野菜の旨味が十分に引き出されており、串肉の肉は柔らかく食べた事の無い味だったが噛むと甘い脂が大量に染み出て来る。
パンは少々噛み応えがあったが、スープを浸すと絶品だった。
しかし、ワインを一口飲んでみると、これがまたビックリする程不味い!
酒精が低く常温、しかも水で薄めてあるようだ。
これじゃ折角の料理が台無しだな。
口直しに水を飲んでいると、マーサさんがこちらにやって来た。
「うちの旦那の料理は口に合ったかい?」
「ええ、とても美味しかったですよ。特に肉が美味しくて、3本もお代わりしちゃいました」
「あはは、そいつは良かったよ。今日の肉はホーンラビットを使ったからね。柔らかくて美味しいだろう」
「ホーンラビット?兎に角があるんですか?」
「アンタ、まさか見た事無いのかい?街の外にいたら嫌って程見かけるじゃないか」
たまたま遭遇する事は無かったが、今の言い方から察するに一般的な魔物のようだ。
「ちなみに、育てたりは出来ないんですか?」
「育てるって魔物をかい?あはは、そんな面倒な事をしなくても街の外に行けば、いくらでもいるじゃないか。そもそも育てるなんて話は聞いた事も無いねぇ」
どうやらこの世界では、畜産というものは必要無いという事らしい。
しかし、それだと鳥の卵は入手しずらく高級品かもしれないな。
「明日、冒険者ギルドに行こうと思っているんですが、場所を教えて貰えませんか?」
「そりゃ構わないけど、まさかその子も一緒に冒険者になる気かい?」
「身分証になるって聞いたから登録するつもりだよ」
「そうかい、あまり無茶するんじゃないよ?ギルドはうちを出て十字路に行けば看板が出てるから、すぐに分かるよ」
食後は部屋に戻って休んでいると、再び部屋のドアがノックされた。
扉を開けてみると、そこには10歳位の小さな女の子がお湯の入った桶を持って立っていた。
「ええっと、どうしたのかな?」
「お湯をお持ちしました。追加を頼む場合は鉄貨1枚になりますけど、どうされますか?」
「え、お湯?君はどうしてお湯を持って来たんだい?」
「あは、そんな質問をされたのは初めてです」
彼女の名前はエナといい、マーサさんの一人娘だそうだ。
お湯の使い道は身体を拭いたり顔を洗ったりと、つまり風呂の代わりという訳だ。
情報収集も兼ねチップを渡して詳しく尋ねてみると、この宿に限らず風呂という物はかなり贅沢品に当たるようで、貴族や商人といった裕福な家庭を除けば高級な宿にでも行かない限り使え無いという。
但し、この国の王都に行けば温泉が湧き出ているようで、宿屋はもちろん銭湯のような大衆風呂があるそうだ。
しかし、これは大いに困ったぞ。
一日を締め括るには、風呂に入るのが一番だ。
この桶一杯のお湯では、身体の垢を多少拭き取れるだけで温まる事なんて出来る筈が無い。
「最悪だ。風呂が無いのは大問題だぞ」
「私もお風呂は入りたいなぁ。ねぇ、箱庭にお風呂を作れないかな?」
「そうだな。幸い、金はまだ残ってるからな」
すぐさま箱庭へ入りメニュー画面を開いてお風呂の項目を探してみると、ユニットバスから露天風呂まで様々な風呂が表示された。
まずは少し大きめの小屋を建て、半分に仕切って照明と洗面所を設置。
風呂場にも照明とシャワー、そして檜風呂を設置した。
最後にお金を投入し「完了」ボタンを押すと、見慣れた日本の風呂場が完成する。
それからセティと一緒に、それぞれ必要な物を買い揃えていく。
シャンプーにトリートメント、石鹸、歯ブラシなどを買い揃え、ついでに着替えなどを持って来ていない事に気が付き、下着や替えのシャツなどを購入する。
当然、セティが買い物している間は目を閉じていたよ。
それから交代で風呂に入り今日一日の疲れを癒していく。
明日は冒険者ギルドで身分証を作るついでに、服を買いに行こう。
下着などは流石に取り寄せた物を使う事になるが、ジャケットやズボン、靴などはこちらで買い揃えた方が良いだろう。
今の服装も悪くは無いのだが、明らかにデザインや材質が違い過ぎて目立ってしまうと思ったからだ。
軽く談笑しているとセティが眠そうにしていた為、ランプの明かりを消して布団に潜った。
窓から差し込む月明かりを眺めながら、一人で今日の出来事を思い返す。
セティには言わなかったが、実はまだ魔物を斬った時の感触が手に残っていた。
この先、旅を続ければ確実に魔物と戦う機会が訪れるだろう。
いくらナギから様々な技能を授かっているとはいえ、俺はただの人間に過ぎない。
この世界はゲームと違い、一度死んだら終わりなのだ。
頼まれた事とはいえ、目の前の幼い女の子を一人残して死ぬわけにはいかない。
それに折角若返って第二の人生を歩める機会、しかも、憧れていた異世界に来れたんだ。
この先何が待ち受けているかは分からない以上、確実に一歩ずつ歩んで行こう。
旅先で風呂に入れない、なんて事になったら嫌ですよね。
贅沢を言えば、シャワーの水圧は痛い位が望ましい(*´ω`*)b