トイレ事情(改)
部屋で落ち着いた所で確認しなければならない事がある。
異世界に来てから既に数時間が経過。
そろそろトイレに行きたいと思っていた所だ。
「よし、まずはトイレの確認からしてみるか」
「あ、私も気になるから見て来る」
部屋から出て廊下の突き当りにあった共同トイレと書かれた場所へ入ってみると、案の定というか何と言うか期待を裏切らない、いや、それ以下の光景が待ち受けていた。
この街並みを見た瞬間、何となく察しは付いていたんだ。
明らかに元の世界と比べると文明に差があるなーっとね。
でもさ、相手が犯罪者かどうか見分ける魔道具があるんだぞ?
もしかしたらって思うのが普通じゃないか。
でも、トイレに設置されていたのは木で作られた、いわゆるボットン便所。
だが、目を疑ったのはそこじゃない。
何処を探しても「紙」が無いんだ。
こういった世界では紙が高級品という事は十分にありえる。
しかし、その代わりなのか大量の貝殻が山済みにされていたのはどういう事だ?
しかし、この世界の住人は紙が無いのにどうやってお尻を拭いているのだろう?
葉っぱであれば少しは理解出来るのに、まさか貝殻で拭けとでも言いたいのだろうか。
一旦、トイレを我慢して部屋に戻ると、先にセティが戻って来ていた。
「・・・どうだった?」
「貝殻なんかで、尻を拭けるかってんだ」
「あれってやっぱり、そういう意味なんだよね?」
「自慢じゃないが、俺の尻はデリケートなんだ。紙じゃなきゃ困る!」
「それには同意。せめて紙だけでも用意しないと。でも、詰まっちゃったりしないかな…」
「心配するな。その為に箱庭があるんだろ」
俺は即座に壁に向かって魔法の言葉を唱えた。
ー狐の箱庭ー
「ちょっと待ってろ。ゴージャスな聖域を作って来るからな」
「聖域って、何?そんなものより、ちゃんとトイレを作って欲しいんだけど…」
残念ながら、お子様には聖域の意味が伝わらなかったようだ。
トイレは毎日使う場所だし、どうせ使うなら居心地の良い物を作りたい。
早速、箱庭のメニューを開き建築物の項目から簡易的な建物を選ぶと、目の前に木造の小さな小屋が現れた。
本音を言えばもっと綺麗で頑丈な建物を選びたかったが残金の都合上、今はこれが精一杯。
建物の中に入ってみると案の定、真っ暗。
次に照明と手洗い器を購入し、メインとなるトイレは日本の某有名メーカーTATAさんを選択し、様々な機能が付いている少々お高い物を選ぶ事にした。
最後に「設置完了」ボタンを押すと、画面の中央に「残高不足」と表示される。
お金は異空間収納に入っているが、どうやったら入金出来るのかと画面の右下に目を向けると四角い枠と「入金口」という文字を発見。
「はは、まさかここにお金を入れろって事なのか?」
試しにナギから貰ったこの世界の通貨の中から、一際綺麗な金貨を一枚四角い枠に近づけてみる。
すると、硬貨がスッと画面の中に吸い込まれてしまった。
しかし、それだけではまだ不足だったようで、残高不足の文字は消えなかった。
再び金貨を1枚投入してみると、今度は「残高不足」から「残金・銀貨5枚」と表示される。
まるでコンビニでスマホにお金をチャージして、アプリで買い物してるみたいだな。
再び「設置完了」のボタンを押すと、先程画面で選んだ物が次から次へと現れては指定した場所へと設置されていく。
完成した建物の扉を開いてみると、そこにはしっかりと選んだ物が設置されていた。
ようやく聖域が完…じゃなくて、トイレの完成だ。
間に合わせとはいえ、自分達が使う分には十分過ぎるものだ。
他にも取り寄せたい物があり画面を見ていると、これには以下の2つの方法が選択出来る。
1)「テナント契約」
特定の店舗と契約する事で、品物を取り寄せる際に生じる配送料を免除する事が出来る。
但し、テナントは契約料金が高く、維持費として魔石を消費すると書かれていた。
2)「配送」
配送料が多少上乗せされるが、必要な物を必要なだけ取り寄せる事が出来る。
1つ目と違い維持費が必要ではない為、魔石が消費される事は無い。
テナントがあれば好きな時に好きな物を自由に選んで大量に購入する事が出来るうえ、異性と旅をするとなると何かと便利という訳だ。
とはいえ、今はまだ箱庭の敷地は狭く、テナントの契約金や維持費を稼ぐ手段が無い以上、当面の間は配送式で取り寄せるしかないだろう。
まずは必要となるトイレットペーパーにタオル、そして泡石鹸を取り寄せるとしよう。
商品を選び硬貨を投入し「完了」ボタンを押すと、目の前に選んだ物が現れた。
これでようやく安心して用が足せる環境が整ったという訳だ。
早速、心身共に癒されたい所だが、まずはレディーファーストが基本だな。
最大の難関をクリアした後、夕食までくつろぐ事にしたのだが横になったベッドが異様に硬い事に気が付いた。
調べてみると布団には綿は入っているようだが、その量が少な過ぎて布を被っているのと変わらないのだ。
しかも、ベッドマットが見当たらず、代わりに藁が敷いてあって驚いたよ。
これでは地面に寝そべるよりマシという程度。
それに、この世界の気候がどうなのか不明だが、極寒の冬が到来したら間違いなく凍え死ぬぞ。
「この上で寝たら、身体が痛くなりそうだな」
「屋根があるだけマシだよ。それに、これくらいは覚悟してきたもん」
畳でもあればまだマシなのだが、柔らかいベッドと羽毛布団に慣れた身体には辛いものがある。
そこで再び箱庭へと戻り、今度は寝具の項目を開き枕と羽毛布団、そしてベッドマットと毛布を購入する。
銀貨6枚と少々値は張ったが、これで寝床も完璧だ。
「完璧だな。これで少なくともトイレと寝床は元の世界と同じ基準になったぞ」
「ふかふかだね」
「良い物を選んだよ。これなら寒い夜でも安心して眠れるぞ」
「・・・私も欲しいな」
「そう言うだろうと思って、同じ物を買っておいたよ」
異世界に来た事で、改めて自分達のいた世界が恵まれていた事に気づかされた。
安全で美味しい食べ物、車や電車、スマホなどなど、無くなってみて初めてそのありがたみを感じたよ。
先人達には感謝の言葉しかありませんね。
特に日本は世界中でも恵まれている方ですので、この暮らしを維持出来るようにしたいものです。