製薬と治療 Episode:クリス
箱庭の中に入ると、領主様は凄く驚いている様子だった。
「ここは、一体…?」
「俺の技能で、異空間の中とでも思って下さい。」
「異空間だと?よく分からんが、詳しくは聞かないでおくよ。」
「そうして貰えると助かります。」
「それでこの中で、どうやってクリスを治すつもりなのだ?」
「今からクリス様を治す治療薬を作るの。」
領主様を連れ、製薬所の扉を開ける。
「これはまた、随分と色々な機材があるのだな。だが・・・、何故ここにベッドが?」
おっと!予定外の来客だから、そのままにしていたよ。
「こ、ここで寝ると楽なんですよ。」
「そ、そうなのか?」
それは本当ですよ。
素晴らしいトイレと風呂という設備があるんだからね。
セティは早速、領主様の娘を助ける為の薬を作る準備に取り掛かっていった。
まずはパスカル山で採取した薬草類を、全て作業台の上に載せて使う材料を選んでいく。
「クリス様の症状を診た所、主に肺を患っていて他にも色々な症状を引き起こしているみたい。」
「娘は助かるのか?」
「必ず治すよ。パスカル山で色々な効果のある薬草を採取してきたから、これで治療薬を作っていくね。」
俺と領主様は、セティの邪魔にならないよう離れた場所に移動する。
セティは手際良く、花や草、苔、キノコなどの下処理に取り掛かった。
そして最後に手に取ったのは月明りの下で発見した、あの光る花だった。
「あの光る花は?パスカル山で採取…。まさかあれは、ユーガリアの花か!?」
「ユーガリア?有名な花なんですか?」
「パスカル山だけに自生する固有種で、とても効能の高い薬草だったと本で読んだことがある。だが、遥か昔に絶滅したと言われていたはずだ。一体どうやって…?」
「たまたま見つけたのですが、そんなに貴重な花だったんですね。」
セティの作業は暫く続き、選んだ薬草類を調合し終わると手には淡く緑色に光る液体の入った瓶が握られていた。
「出来たよ。」
早速、クリスに飲ませる為に箱庭から屋敷へ戻ると何やら部屋の外が騒がしいようだ。
領主様が部屋の外に出ると、使用人達が驚いた顔でこちらを見て来る。
「騒々しいが何かあったのか?」
「デニス様、こちらにいらしたのですか!申し訳ありません、アンダリア様とキアラ様が来られたのですが領主様が見当たらず、ずっと探していたのですよ。」
「すまんな、少し外に出ていただけだ。」
すると廊下の奥からアンダリアさんとキアラさんがやって来る。
「デニス、いたのなら返事をしておくれよ。」
「そうですよ、ずっと探していたんですよ?」
「話は後、早くクリス様の所へ。」
「その通りだ。二人共、まずはクリスの治療が先だ。」
再びクリスの部屋を訪れると、クリスは苦しそうに咳を繰り返し、メイドさん達もオロオロとしている。
セティは薬を握りしめ、クリスの下へ駆け寄って行った。
「クリス様、聴こえますか?」
「・・・ん」
「薬が出来ましたよ。飲んで頂けますか?」
「うん…ありが、とう」
薬瓶から直接飲ませると咽てしまう事を考慮し、セティはスプーンを使いながら一口ずつ、時間を掛けながらゆっくりと薬を飲ませていく。
全ての薬を飲み終えるとクリスの身体が淡く緑色に包まれていった。
光はすぐに収まったが、突然の出来事に周りにいた者達は驚いていた。
領主様がクリスの様子を覗き込むと、彼女は静かに寝息を立てながら眠りについていた。
「セティ嬢、クリスはどうなったのだ?」
「もう大丈夫。今はゆっくりと休ませてあげて。」
「本当か?本当にクリスは…!」
領主様は涙を浮かべ、クリスの手を握っていた。
再び別室へと移動し、メイドさんが淹れてきてくれた紅茶を飲んで一息付く。
この紅茶、香りが凄く良いな。
貴族が飲む紅茶なのだから、きっと最高級の茶葉なのだろう。
呑気に紅茶を楽しんでいると、アンダリアさんがセティに質問を投げかけて来る。
「セティ、クリスは本当に大丈夫なのかい?」
「うん。症状を抑える効果と、病気の元を断つ効果を入れておいたから大丈夫だよ。」
「その薬、まだ残っているかい?」
アンダリアさんはセティから薬瓶を手渡され、じっくりと眺めていた。
「この緑色の光は、まさかユーガリアの花を使ったんじゃないだろうね?」
「うん。採取した薬草の中で、一番効能が良さそうだったからね。」
「そりゃそうだろうよ。これならクリス嬢ちゃんが治ったと言われても不思議じゃないわ。」
「そんなに凄い花だったんですか?」
「この花はね、今から200年前に乱獲が続いたせいで絶滅したと言われているんだよ。万病に効く薬草の1として、古い文献にだけ伝えられていてね。一体どうやって手に入れってきたってのさ?」
「野営していた場所の近くに生えていたよ?一杯生えてた。」
「絶滅した花を、そんなに風にあっさり見つけないでよ…。」
アンダリアさんが呆れるのも無理はない。
200年前に絶滅したと言われている花が、そう簡単に見つかるはずが無いのだ。
場所も開けた場所だった為、遠くからでも発見するのも容易だっただろう。
それが偶然にも近くで見つかったという事は、何かしらの意図を感じてしまう。
まさか、薬神様が関わっているんじゃないだろうな?
そんな事を疑っていると、今まで黙っていたキアラさんが突然、頭を下げてきた。
「カルさん、セティちゃん。今回、お二人の事を勝手に話してしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
「ああ、その事ですが…」
「私は、今日を以てギルドマスターの職を辞させてもらうつもりです。」
どうやらキアラさんは情報を漏洩させた事に責任を感じているようだが。
しかし、既に領主様とは俺達の事を秘密にするという約束を取り付けている。
だが、キアラさんがギルドマスターを辞めてしまうと、今後ポーションなどの商品を気軽に卸せなくなってしまう。
むしろ、キアラさんがいてくれないと困る事の方が多い。
「キアラさんに辞められでもしたら、商品を安全に管理してくれる相手がいなくなるので俺達が困ります。だからキアラさんが続けて頂けると助かるんですよ。」
「ですが、それは・・・」
「どうしても辞めるというなら、もうポーションは納品しませんよ。」
「む?それは困るな。アンダリアには店を建てる時に俺が金を貸してやったんだ。セティ嬢のポーションが仕入れられないなら利子すら返せないぞ。こいつの店はただでさえ売り上げが悪いんだからな。」
「売り上げが悪いは余計なお世話だよ!」
「お姉ちゃん、デニス様にお金を借りてたの?聞いてないけど?」
「み、店を建てる為のお金じゃないわよ!こんな田舎じゃ、仕入れた機材や薬草が中々売れないだけなんだから!」
「そっか。それなら私がギルドを辞めたら皆が困っちゃうんですね。」
「そういう事だ。そもそもギルドマスターの人事に関しては領主である私の許可がいる。私は当分の間、お前以外を認めるつもりは無いからな。」
最後は領主様が自分の権限を使ってキアラさんを引き留めてくれた。
俺としては何でも良いから理由を付けて、キアラさんを辞めさせない為の口実が欲しかっただけだ。
恐らく借金の件は、領主様がでっち上げたものだろう。…多分?
この3人が協力してくれるのであれば、セティの噂がこれ以上広がる心配も無い。
後は、治療を受けたクリス様にどう説明するかだな。
エピソード:クリス
一月前
「ケホッ、ケホッ…」
何だろう?
最近、身体が怠くて変な咳が出るけど風邪でも引いたのかな?
まだ暖かい季節なのに、お父様や家の者にうつさないようにしないと…。
半月前
「ゲホッ、ゲホッ!!」
あれからお医者様から苦い薬を貰って毎日頑張って飲んだのに、全然治る気配がない。
咳をすると胸が痛い、ベッドから起き上がる事が辛い。
明日になっても治らなかったら、お父様がまた辛い顔をしそうでヤダな。
お母様はお仕事で王都に行っているから、戻って来る前に元気になりたいよ。
お兄様とお姉様は今頃どうしているかな…。
次の日、風邪はやっぱり治りませんでした。
今日も胸が苦しくて息をするのも辛い。
診察を受けると、お医者様はまた苦い薬を持ってきた。
もう薬を見るのも嫌だよ…。
その日から、私はベッドから起きる事が出来なくなりました。
苦い薬をいくら頑張って飲んでも病気は治らず、それどころか苦しさは増すばかり。
お腹は空いているのに、水を飲むのも辛い。
昨夜は高熱が出て、メイドが言うには痙攣して意識を失い家にいた者達が大騒ぎになったみたいだけど何も覚えていない。
お父様はもっと良い医者と薬を探して来ると言って屋敷を出て行った。
また苦い薬を飲まされるのは嫌だなぁ…。
意識が朦朧としていると、アンダリアお姉ちゃんが来てくれた。
でも、ちゃんと挨拶したいのに声が出なくて泣きそうになった。
お姉ちゃんは私に楽になる薬を持って来たと言って、黄色と青色の水薬を持ってきた。
お姉ちゃんが作った薬なのかな?
時間を掛けて飲ませてくれたお陰で、薬を全部飲み干す事が出来た。
薬は苦くなく、むしろ美味しくさえ感じた。
何だか身体が楽になった気がする。
お姉ちゃんは街で薬品店を営んでいるから、私の為に薬を作ってくれたのかな?
元気になったら、ちゃんとお礼を伝えないと…。
しかし、薬を飲んだ翌日、再び体調が悪くなりました。
昨日までは苦しかった咳も止まっていたのに、また胸が苦しい。
お姉ちゃんはこの街で一番の薬師、それでも私の病気は治せないの?
どうして私は病気になったの?
どうしてこんなに胸が苦しいの?
身体が言う事を聞いてくれないよ…。
誰か、誰か助けて…。
すると、お父様が見た事の無い人を連れてきました。
黒髪、黒目の異国風の男性と、私と歳が近そうな獣人の可愛い女の子。
二人はお医者様には見えないけれど、何をしに来たのかな?
不思議に思っていると、女の子が私の傍に来て話しかけてきました。
「クリス様、私の声が聞こえますか?」
「・・・だ、れ?」
「私はセティだよ。あなたの病気を治しに来たの。」
「ほ…とう?」
「うん。必ず治してあげるから、もう少しだけ待っていてね。」
「うん…」
女の子は私の手を握って、病気を治してくれると約束してくれる。
初対面なのに彼女の優しい目を見ていると、何故だか信じる気になれた。
二人はお父様と一緒に部屋を出ていき、暫くすると、部屋の外が騒がしくなります。
何かあったのでしょうか?
すると、彼女が部屋に戻って来ると、手には淡く緑色に光る薬瓶を持っていた。
あの不思議な薬を飲んだら、私の病気は治るのかな?
「クリス様、聴こえますか?」
「・・・ん」
「薬が出来ましたよ。飲んで頂けますか?」
「うん…ありが、とう」
彼女は私に、少しずつ薬を飲ませてくれますが、味は苦くもなく、とても飲みやすかった。
すると不思議な事が起こった。
一口、また一口と薬を飲むにつれ、苦しかった身体が楽になっていく。
薬を飲み終えると、あれだけ辛かった咳は止まり、いつの間にか胸の苦しさが無くなっていました。
今すぐに彼女にお礼を伝えたかったけれど、疲れていたせいかそのまま深い眠りについてしまいまった。
こんなに気持ちよく眠りについたのは何日ぶりでしょう。
目が覚めたら、あの子にお礼を伝えなければなりません。
起きた時、まだこの街にいてくれたら嬉しいな…。




