パスカル山へ
ビフレストの街を出て、街道を北へと歩いていく。
街道は多少舗装されてはいたが、街を離れるにつれ徐々に足場が悪くなってきた。
街を出る際、門兵に山への距離を尋ねたが徒歩で2日程度とそれ程遠くは無いようで、遠くに目的の山が見えている。
パスカル山は標高が高く山頂にはうっすらと雪も積もっているようだ。
道中、魔物に遭遇する事も無く順調に進み続けていると、次第に陽が傾いて来た。
「ねぇ、そろそろ野営の準備をした方が良くない?キャンプ用品なんて買ってないけど、どうするの?」
「ああ、その必要は無いぞ?なんたって俺達には箱庭があるんだからな。」
もし外で野営をする場合、魔物だけでなく盗賊なども襲って来る可能性がある為、必ず誰かが常に見張りに立つ必要が出て来る。
だが、箱庭には俺が許可を出した者しか入る事が出来ないという制約がある為、一度入ってしまえば安全は確保されるという訳だ。
無論、箱庭を出る際には注意が必要になるが悪天候や、いつ襲われる事になるかもしれないというリスクを考えると、こちらの方が断然良い。
但し、敷地内にはギリギリまで建物を建てている為、製薬所にベッドを置いて休む事を考えている。
それと、前々から料理を注文出来ないかと思っていたので、それを試す良い機会でもある。
まずは人目に付かない場所を探し、扉を設置する事にしよう。
「ねぇ、あそこの岩場はどうかな?」
「ああ、良さそうだな。」
セティが指を差した先には、木々に隠れるように岩場があった。
街道からは見えにくく、扉を設置するのに最適の場所のようだ。
岩の裏側で扉を設置し、中に入った所で色々と購入する事にした。
「まずはベッドを購入しようか。」
今後の事も考え、画面のメニューからベッドを購入すると、目の前に既に組み立てられたベッドが現れた。
てっきり組み立てなどは、自分達でやるものだと思っていたので手間が省けて助かるよ。
そこに買っておいた布団を敷けば、あっと言う間に寝床の完成だ。
次に元の世界の食事を頼めるのかと画面からメニューを探してみると、しっかりとデリバリーの項目があったので驚いた。
但し、配達料金はしっかりと上乗せされるようで、ちょっとだけ高いようだ。
「色々頼めるみたいだな。何か食べたい物はあるか?」
「そうだね、久しぶりに和食を食べたいかな。」
という訳で「夕日食堂」という食事処のメニューを開きセティは塩鮭定食、俺は生姜焼き定食を注文してみた。
料金を入れて完了ボタンを押すと、てっきり弁当でも届くのかと思いきや、目の前のテーブルにお盆に乗せられた定食が現れる。
そしてそこには、1枚のメモが添えられていた。
「食器類は洗わずに、異空間収納に収納して頂ければ、こちらで回収させて頂きます。」
と、書かれていた。
異空間収納に入れていいのか?
一体どうやって回収する気なんだよ。
っていうか、そもそも誰がこのメモを書いたんだよ?
更に多くの謎を抱える事になったが、現れた料理はとても美味しかった。
夕食後、先にセティが風呂に入っている間に、再び箱庭のメニューを開いていく。
食事が注文出来る事が分かった所で、無性にデザートが食べたくなってしまったのだ。
有名なハーケンマッツというアイス専門店からバニラアイスを注文していると、丁度セティが風呂から上がって来た。
「あ!一人でアイスなんか食べている!」
「美味いぞ。食べるか?」
「食べたい!」
セティはメニューを見た後、ストロベリー味とチョコチップ味のアイスを選んでいた。
ついでに、いつでも食べられるようにとメニューからアイスの他にお菓子などを選び、異空間収納に放り込んでおく。
これでわざわざ箱庭に戻らずとも、好きな時に取り出せる事が出来る。
翌日、再び夕日食堂から肉ジャガ定食を注文し、再びパスカル山へ向けて出発する。
山はもう目の前まで来ており、今日の昼頃には到着する事が出来るだろう。
キアラ視点
その頃、ビフレストの街の商業ギルドでは、予定外の来客が訪れていた。
ギルドでは今日も沢山の商人達で賑わっており、珍しい品や新しい取引の話などを持ち込んできている。
いつもと変わらない忙しい光景だったのだが、何やら外の様子が騒がしい。
私がそう思っていると、急にドアがノックされる。
「ギルマス、今よろしいでしょか?」
「入っていいわよ。外が騒がしいようだけど、何かあったのかしら?」
「それが、急に領主様が来られまして、ギルマスにお会いしたいと仰っておられます。」
「バルシュタイン伯爵様が?いいわ、お通しして頂戴。」
領主様がアポも無しに一体何の用だろう?
いつもなら先に来ると必ず一報入れてくれる方なのに、何か緊急の要件でもあるのかしら?
待っていると、ノックと同時に一人の男性が部屋に入って来た。
「邪魔するぞ、キアラ」
「これはこれはデニス様。急に来られるなんて、何か私にご用件でも?」
このお方はビフレストの街の領主様で、デニス・フォン・バルシュタイン伯爵。
温厚な性格で不正な事もせず領民にも慕われており、とても良い領主様だ。
ただ、私に対してはよく無茶な要求を持って来る事があって少々厄介な相手でもある。
姉のアンダリアとは古い付き合いがある為か、そのせいで遠慮が無いのかもしれない。
「実は娘のクリスが重い病にかかってしまってな。誰か腕の良い医者か錬金術師、それか効果の高いポーションを今すぐに用意してもらいたい。」
「まぁ、クリス様が?伯爵様の所の主治医は何と?」
「医者の奴が言うには肺の病気らしいのだが、自分では手に負えないから手の施しようが無いといって匙を投げおった。」
「それは困りましたね…」
「この後、アンダリアの店にも寄ってみるが、お前にも協力を頼みたい。」
「私に出来る事であれば何なりと。ただ、伯爵様の所の主治医以上の方は、恐らくこの辺りにはいないでしょう。王都まで行けば話は別ですが。」
「悪いが、とてもそれまで娘は持ちそうにない。何か病気を治すポーションは無いか?」
「無闇に薬を飲ませると、逆効果になりかねません。」
「だったら他に手立ては無いのか!?」
仮に王都のギルドに魔道具で念文を送ったとしても、医者を手配してビフレストの街に連れて来るまでに、最低でも4~5日は掛かるだろう。
他に腕の良い医者もいなければ、姉だってそんなに重い病気を治せる薬は難しいと思う。
この状況でクリス様を助けられる可能性は、限り無くゼロに近い。
だが、あくまでも可能性の話だが、私には1つだけ心当たりがある。
姉の紹介で出会う形となった二人だが、彼らとはいくつかの条件を交わして取引を結んだばかり。
ここで二人の事を話せば、約束を破る事になる。
商人が約束を違えたら終わりだ。
何故ならお金より大事な「信用」を失う事になってしまう。
だけど、伯爵様の娘であるクリス様はまだ幼く、私も何度もお会いした事があるので何とか助けてあげたいという気持ちの方が強い。
悩んだ結果、私は伯爵様に1つの可能性を話す事にした。




