生命の大樹
巨人族との戦いは幸いにも、一人の負傷者も出ることは無かった。
後ろにいたセティとエルフ達がこちらへ合流すると、ディアさんの合図で勝鬨が上がり互いに勝利を喜び合った。
「カル、怪我はない?」
「ああ、大丈夫だよ。援護ありがとうな」
こちらも無事で良かったと頭を撫でていると、レイナートからセティの活躍を知らされた。
背後にいたので分からなかったが、セティの魔法はエルフとは比べ物にならない威力で巨人族を次から次に薙ぎ払ったそうだ。
セティの放つ強力な魔法を間近で見せつけられた事で、後衛部隊のエルフ達が妙にやる気を出して奮起したという。
理由は後から知ったのだが、一般的に魔法が苦手なはずの獣人族が自分達より凄い魔法を使ったのを見て対抗心を燃やしたのだとか。
やる気を出してくれたのは良い事だが、神の使徒であるセティと張り合うのはちょっと難しいと思うぞ。
「父上、ご無事で何よりです」
「お身体の方は、大丈夫ですか?」
「はは、皆のお陰で何とも無い。二人共良くやったぞ」
俺達は意気揚々と街に戻る事にした。
尚、巨人族の死体は良質な皮と魔石が取れるという。
異空間収納の技能があると知ると、ディアさんから礼を兼ね全て引き取る事になった。
これだけの数を持って帰ると、また何か言われそうだが捨てて行くには惜しいので全て収納していく。
街に到着すると、先に勝利を知らされていた住民達は歓喜の声を上げ戦士達を出迎えてくれた。
俺とセティはその晩、ディアさんの家に招かれる事になり、細やかな祝勝会を開く事に。
その席で紹介されたディアさんの妻ルクレツィアさんから手料理を振舞って貰ったので、俺も手持ちの酒を取り出していく。
ルクレツィアさんの料理はハーブ類を沢山使った料理が多く、香りが良く食欲が増すものばかりだった。
意外だったのは、てっきりエルフは菜食主義だと思っていたのだが、それは好みの問題だという。
一言でエルフといっても様々で、ハイエルフやウッドエルフ、スノーエルフなどいくつか枝分かれした種族がいるのだそうだ。
ちなみにディアさん達はウッドエルフに属しているそうで比較的、他の種族と交流を持つ開放的なエルフだという。
機会があれば、いつか他のエルフが住む街にも行ってみたいと思っていると何やら騒がしい。
どうやらディアさん親子が、どの酒が上手いか言い争いを始めているようだ。
「いいや、ウィスキーの方が美味いに決まっているじゃないか!」
「そんな事はありません!兄上もこのバーボンを一口飲めば、その考えはすぐに変わりますよ!」
「ははは、この大吟醸が一番美味いに決まっているだろう」
随分と白熱しているようだが、酒の好みは人それぞれ。
俺は大抵の酒は好きで気分に合わせて色々飲むが、クセが強過ぎる酒は少し苦手かな。
翌日、ディアさんに案内されながら良質な薬草が生えている場所へ連れて行ってもらった。
セティは花や草、そしてキノコや苔など様々な植物を採取していく。
どれも薬草としての質が高く、効能の高い良い薬が沢山作れそうだと言っている。
「カル、セティ。もう一ヵ所、案内したい場所がある」
ディアさんについて行くと、街の奥へと移動していった。
この辺りの樹はこれまで見たものより随分と年季が経っているようだし、あまり人が出入りしていないのか地面が苔だらけだ。
暫く進むと、奥の方でエルフ達が数名立っていた。
「陛下、このような場所にどうかされましたか?」
「ご苦労。彼らをこの先に案内したいのだが、通してくれるか」
「陛下がそう仰るのであれば…」
エルフ達は俺とセティをチラチラ見た後すんなりと通してくれたが、こんな深い森の中に見張りがいるという事はこの奥にはもしや?
更に森の奥へと進んでいくと、始原の森に生える樹巨木に囲まれる中、一本の不思議な樹があった。
それは始原の森で見たどの樹よりも葉が生い茂り大地に力強く根を張り巡らせ、まさに生命力に溢れていた。
「これが、我々がこの地で代々守り続けている生命の大樹だ」
「立派な樹だ。まるで御神木だな」
「凄い・・・。大量の魔素が溢れているよ」
魔力を感じる事の出来ない俺でも、この樹が特別なものだという事は雰囲気で分かる。
この樹は、誰かが手を触れても良いという存在では無い。
「セティ。この落ちている葉を持って行くと良い。これを使えば君が作る薬の効果が更に上がるはずだ」
「貰っていいの?ありがとう」
ディアさんの話によると、枝に付いた葉を取って使うと効能が高過ぎて逆に害をもたらすらしい。
その代わり、落ちた葉は適度に力が抜け落ちている為、薬を作るのに適しているのだとか。
十分な葉と薬草を手に入れる事が出来た所で街に戻り、ディアさんと3人で今後の事を話し合った。
「カル、次はどこに向かうの?」
「隣国に行ってもいいし、一度、王都近くのダンジョンにも行ってみたいな」
「王都の南にある、ロストークのダンジョンか?若い頃、仲間達と挑戦した事があるが、22階層が限界だったな」
「まだ先があったのか?」
「恐らく、な。結局、階層ボスを見つける事が出来なかった事もあるが、何より物資が不足してしまってな。やむなく引き返したんだ。もう、200年以上前になる」
200年以上前って、ディアさんっていくつだよ。
それにしても高難易度ダンジョンとは聞いていたが、予想を遥かに超える場所のようだ。
ダンジョンはまたの機会にして、隣国の中から比較的安全だという北西のジュレリア王国へ向かう事に決まった。
翌日、多くのエルフに見送られる中、別れの挨拶をしていく。
「カル、セティ。今回は世話になった。いつでも歓迎するから、また遊びに来て欲しい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「またね」
ハクロウとアウランに跨り、街道に沿って北西へと進んでいった。
ディアーホ視点
カルとセティが去った後、私が剣を手に出掛ける準備をしていると妻のルクレツィアがやって来た。
「アナタ、何処かお出かけに?」
「ちょっと森の様子を見にな。すぐに戻る」
「ええ、ご武運を」
私の妻は感が良い。
これから私がする事を、何となく察してくれているようだ。
私は街を軽く見回った後、森の中に入っていく。
感が正しければ、そろそろ相手が動く頃合いだろう。
木々の枝を飛び越え、巨人族と戦った場所へ戻って来た。
あの戦いから1日しか経っていない為、激しい戦いの傷痕がそのまま残っている。
そんな場所で何かを調べている一人の黒いフードを被った者を発見する。
ここに来る前から気配を完全に殺して来たので、あの者は私の存在にまだ気が付いていないようだ。
そっと背後に降り立ち近づいていく。
「やぁ、こんにちは」
「・・・誰?」
声からして、どうやら女性のようだ。
フードの間から見えた瞳の色は、瞳孔が赤く白目の部分が黒い。
「魔人族ですか。では、巨人族の件は貴女が黒幕という訳ですね?」
「そうだと言ったらどうするの?それより、あのバカ兄弟を倒した人族と獣人の小娘の行先を教えてくれないかしら?私の計画を台無しにしてくれたお礼をしなくちゃいけないの」
「その割には随分と殺気がこもっていますね」
「当然でしょう?たっぷりといたぶってから殺してやるわ。素直に教えてくれるのなら、貴方は苦しまないようにしてあげるわよ?」
やれやれ。
魔人族の狙いは不明ですが、あの二人の手を煩わせる訳にはいきませんね。
「さっさとしてくれない?こう見えて忙しいのよ」
「答える気はありません。どうせ貴女は、ここで死にますので」
「はぁ?エルフ如きが、粋がるんじゃないよ!」
激昂した彼女は短剣を抜き襲い掛かって来たが…、遅い。
魔人族であるがゆえ、身体能力が高いのは認めますが明らかに修行不足ですね。
昔、戦った魔人族達は、もう少し骨があったんですけどね。
「告死天使の質も随分と落ちたものですね」
「な、何故お前がその名を!?その名を知る者は…」
「貴方達の事は誰よりも知っていますよ。アルゴーンは元気にしていますか?」
「何故あの御方の名まで・・・?はっ!その剣の腕、エルフ?まさか貴様は、剣・・・せ・・・」
「お喋りは嫌われますよ」
私は溜息を付きながら彼女の胸に剣を突き刺した。
まさかこの件に魔人族が関わっていたのは予想外でしたが、アルゴーンはまだこんな事をしていたのですね。
昔、徹底的に叩き潰したと思っていたのですが、これはまた世界が荒れるかもしれませんね。
カルとセティが、その嵐に巻き込まれないと良いのですが…。
アルゴーンとは何者なのか、その目的は?
そしてディアーホの正体とは…。
今後、二人が物語に出てくるのか、
それは、作者にも分かりません(/ω\)ハハハ




