第5話:巨影(きょえい)
「ギ……ギギギギギッ……」
同胞が目の前で次々と成すすべもなく倒されていく。刃で裂かれ、攻撃を返され、挙句には正体不明の業火。
人間を狩り続け、ましてや大群。幾百幾千の戦力がたった一人の男に蹂躙される。
狩られる側に回る恐怖。そんな状況もいざ知らずな魔族の増援は次から次へと現れていく。
「ギッ……」
連隊となって駆け付けた筈の魔族達。その一部が何も分からぬ一瞬の間に炎明りに灼けた刃で音もなく首を落とされていき――
「失せろ」
規格外の力を持ったその男は、魔族の群れに風穴を開ける様に刃を両手に広げ、歯車の様に回って円形に彼らの肉体を薙ぎ払って行った。
切り裂かれ分離した魔族の肉体は原因不明の爆炎を発生させ、周辺の生きた同胞達は巻き添えとなり冥府へと葬られていく。
「す、凄い……」
絶望的なまでに地を埋め尽くしていた魔族の蠢きが、レイゾード一人の手によって飛沫の様に消え去っていく様をアジルは眺め、その鮮やかな手際に痛快さを覚えて来ていた。
「レイゾードいいぞ!! もっとやってくれ!!」
そしてその興奮は歓声となって喉の奥から湧き出した。
「足手まといが」
しかしレイゾードはアジルの歓喜を冷たく突き放す言葉を漏らし――
「わわっ!」
アジルの前に突然、魔族が使用していた長身銃が投げ付けられ、地面にその銃身が突き刺さった。
「黙れ耳障りだ」という意志表示か? いや、会ったばかり印象だがレイゾードは言っては何だがあまり人間的な感情を見せない男だ。
こいつでも使って魔族を撃つなりなんなりしろ? という意味ではないか? アジルは地面に刺さったそれを抜き取る。
けど自分は銃なんて撃った事はないぞ。どうすればいい? 困惑するばかりだが鉄火場では迷ってはいられない。
「ぎ、ギギギギギィ!!」
レイゾードの強さに恐れをなして、背を向けて逃げ出す魔族が現れ始めた。
今まで人間を好き放題に蹂躙してきた者達が怯え竦む様、それは被害者たる人間の立場から見れば大変滑稽な物だった。
だが――
「ギェェェェ!!」
レイゾードの手……に掛かった訳では無い。彼から遥か離れた場所まで逃走した筈の魔族が作物の様にグシャリと潰れ、その血肉は地の砂に吸い込まれていった。
グォォォォォ……
落石の様な鈍い音が響き、浅めの地震の様な揺れがズシン……ズシンとこちらに徐々に迫ってくる。
「で……デカい……」
炎の明りの中にゆっくりと現れた音の主。それは、今まで見た魔族とは違った怪物の姿だった。
その体躯は生物。というより建造物の様な巨体。表面の色は無機質な灰色。肉体というよりは鉱物の様な見るだけでも伝わってくる硬質感。さながらそれは岩石に手足が生えた様な巨人。
真上を見上げねば視界に入りきらぬ程の巨大な影は、右手に骨状の形をした柱の様な物を持って怯える魔族を役立たずと言わんばかりに踏みつぶしながら、レイゾードの方へと接近してきていた。
「ガイアスモデルか」
初めて見る形状の得体の知れない相手を冷淡に見据え、その名と思しきその巨体の名をレイゾードは口にした。
「グオォォォォォ!!」
空気が壁の様に固まり、こちらの身に叩き付けてきたかのような重々しい、咆哮—―
アジルは迫りくる音波に耐え切れず、思わず身を伏せ耳を塞ぎ目を閉じた。
直後—― ガイアスモデルと呼ばれた岩石の巨体は柱を地面に突き立てたかと思うと前方目掛けて払いあげる!
遠く離れたレイゾードの元へと巻き上げられた砂塵と共に飛来する、無数の土石の塊。
レイゾードは身を横に逸らし、素早く駆け、散弾する大地の飛礫の一つ一つを針の穴を縫う様な動きで避けていく。
「わわっ!」
ガイアスモデルが放った土石は僅かながらアジルにも届いていた。アジルは慌てて走って姿勢を屈め、地面に倒れ込んで飛んできた物を冷や冷やしながらもかわし切った。だが――
「ギヒャヒャヒャヒャ!」
「なにっ!?」
アジルは足元が死者の手に掴まれた様な悪寒を覚えた。自身を黄泉に引き摺りこまんとする忌まわしい感覚の正体は……。
「こいつっ!」
それは魔族だった。モグラの様に地中から手を伸ばし現れ、仰向けになったアジルの体に徐々に這い上がって来ていた。
飢えて涎に塗れたその牙を大きく開いて。
「ギシャァァァァ!」
「や、やめろぉぉぉぉぉ!!」
レイゾード! と助けを求めようにも彼はガイアスモデルが打ち上げる土石を掻い潜るのに手一杯でアジルへ救援する暇など無かった。
ましてや距離が遠い。今、彼の手にあるのは両腕ともに刀。此方の魔族を攻撃する手段はない。
あの不可解な爆発技でなんとか……いや、どうやって行っているかも検討の付かない術に期待するのは愚か者以外の何者でもない。もし出来たとしても魔族もろとも巻き添えになるだけ……。
「た、助けてぇ!」
饗気に満ちた害悪の牙が、今アジルに迫ろうとしていた。
――同時刻—―—―
突如現れた単騎の敵への相次ぐ増援。町の周辺の魔族はすっかりと寡兵となっていた。
「ギャッ!」
「グエッ!」
大地の隙間が多くなった中、数発の銃声が響き残った魔族達は次々と頭を撃ち抜かれ絶命していく。
「これならなんとかなりそうだな」
閑散期の街中の様に魔族達が減った荒野を三人の武装者達が歩いてくる。
「ラミーラ。本当にやるのか?」
分厚いジャケットに身を包んだ無精髭の中年男が、迷彩柄のズボンを穿いた足と長身銃を動かし、周囲の魔族を掃討しながら赤毛の髪の人物に問う。
「諄いぞロイ。この機を見逃していていつ仕掛ける」
ラミーラと呼ばれた赤毛の人物も、話しながら拳銃で周囲の魔族の額を正確に打ち抜きながらロイに対して再度促した。
「俺はお嬢のいう通りにするだけだぜぇ。俺が言うのは不毛だからな。この頭みてぇによ! ガハハ!」
「お前のジョークは毎度寒い!」
「なんだよぉ!我ながら面白れぇじゃねえかぁ!」
ふざけた口調で話すのは迷彩服越しながらも逞しい体幹が見て取れるスキンヘッドの巨漢。その戦場には似合わないウケ狙い発言にロイはやれやれといった様子で言い返していた。
「マイク、ロイ。戯言は終わりだ。いたぞ」
ラミーラは魔族の大群が何処かに消え失せ、見通しが良くなった荒野の果てを指差し二人の会話を差し止めた。
「あれが……」
「ああ、アズサの報告通りの奴だ」
まだ残る魔族の群れの中、その中心に聳える巨大な影。その存在感はさながらこの大群を統べる司令塔の様に大きさ同様、ラミーラの目には際立っていた。
ロイとマイクの二人は双眼鏡でその様子を注視する。
「何処ですかい? お嬢」
「もっと右だ」
マイクは右の方に視線を変えて、ラミーラ、ロイとは遅れて漸くその影を確認する。
「すげぇなロイ、敵を見つけるのではいっつも負けちまうぜ。でもそれ以上にお嬢は」
「お前みたいな力馬鹿のウスノロに俺が負けるか」
「なんだよぉ、誉めてやってんのにぃ」
「言い合いを止めろ二人とも」
ロイとマイクは放っておくと毎度すぐに言い合いを始める。仲間ではあるが常に互いにライバル視している者同士でもあった。
ラミーラの視力はマイクも言っている通り確かに優れたものだった。
彼女は二人と違い、双眼鏡も使わず、それも夜であるにも関わらず遠くの微かな物体ですら捉える事が出来る程に秀でていた。
荒野の原住民なのか、或いは突然変異で生まれた個人であるかのように。
「手筈通りに行くぞ。二人とも、無駄撃ちはするなよ」
「俺はいつも堅実だぞ。無駄撃ちはそこのハゲがやらかす事だがな」
「んだとぉ! こいつを扱えるは俺だけだっつうことぉ忘れんなよぉ!」
「行くぞ。時間の無駄だ」
「あ! 待ってくれお嬢!」
「ほら見ろ! お前はいつも減らず口を叩くから!」
「いっつも突っかかってくんのはおめぇだろぉ!?」
遠くに響く魔物の喧騒を掻き消す様に、三人の武装者達は騒がしくしながら標的が待つ戦場へと、今、足を運び入れる。