第3話:回滅(かいめつ)
夕暮れの荒野を駆け抜ける二輪車が一台。
魔族達を軽々と蹴散らした謎の強者レイゾードは、魔族に襲われた人々の生き残りの少年アジルを後ろの座席に乗せ、何処かへ向かってタイヤを走らせていく。
「一体何処に向かう気なんだ?」
「町」
アジルの問いに対してレイゾードは無機質。と言える程にそっけない返答する。
「じゃあ、僕と同じだね。それなら良かった」
「町」と言われて思い当たる節は一つしかない。
アジルが乗っていた馬車が向かおうとしていた町の事だ。
何故なら「町」と呼べる場所はもうそれ以外には残ってはいないからだ。
海を越えた遥か先になら、あるかも知れないが、少なくとも二輪車が走行出来る限りで行く事が出来る町はそこ以外にはない。
何故ならば……
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星々輝く祭りでの出来事だった。
広場は賑わい大人も子供も歌って踊り、旗を振り、楽器を鳴らす。
露店ではパンに果物に肉を買い、皆駄弁りながら笑顔で食事をする者達の姿もある。
流星を眺めては将来の事を語りあう男女の姿もある。
楽しみと食と恋に満ち溢れた、人々の日々の喜びの集合。
そんな尊い一日が名残惜しくも過ぎ去り、新たな明日がまた来る。
それが当たり前の日常。の筈だった。
轟ォォーーーーー
「なんだ?」
大気を切り裂く音が響き渡る。その音は世界中に響いたかと思う程に鈍く、大きく、そして長々と。
「!?」
人々の耳を劈く程に鳴った時、それは起きた。
雲一つ無い夜に落雷の様な閃光が起き、辺りを照らし出した。
「なんだあれは!」
昼間の様に照らされた空を覆い尽くす様な何かの大群が現れる。
それは鳥なのか? 虫なのか? 或いは祭りの演出なのか?
現実離れした状況に呆気に取られ、人々は茫然と立ち尽くした。
ゲヒャヒャヒャヒャ……!
人とも獣とも取れぬ異形の不気味な声が空気中に木霊した。
「グアァァァ!!」
「ワァァァァァァ!!」
「キャアァァァァ!!」
空から無数の刃が地上の人々目掛けて飛来し、祭りを楽しんでいた人々を老若男女問わずに突き刺さっていく。
空から襲来したそれは血に塗れ地に伏し、息も絶え絶えな人々を見下す様に前に降り立った。
「ゲヒャア……」
「ひぃっ……」
怯え竦む人々、恐怖に引き攣った様子を見ては異形達は愉悦の笑みと涎を零す。
「ギャアアアアアア!」
ある異形は手に持った刃物で、ある異形は火器で、ある異形は自身の牙や爪で。
すぐさまに引導を渡す者、息絶えた後も殴って亡骸を損壊させていく者、生きたまま引き裂き齧り、その悲鳴と断末魔と肉の味を下卑た顔で味わう者。三者三様のやり方で人々を葬っていった。
「あ、あああ……」
祭りの露店や演奏台が破壊され、人々の血漿と肉片が飛び散り砕けた祭りの建物や品々にこびり付く。
平和の祭りは一瞬にして死屍累々の地獄。その最中にアジルとその両親はいた。
アジルは腰を抜かしてその場に崩れ落ちる。顔は青ざめ手足は震える。
そんな彼に気遣う事もなく、異形達は彼の前にもにじり寄っていた。
「ギヒヒヒヒ……」
「く、くるなぁ!化物!」
「この子は!この子だけは……!」
父は異形達の前で両手を広げて立ちふさがり、母はアジルに覆いかぶさり、我が子を殺させまいとしていた。
涙汲ましい家族の愛。異形の醜悪な微笑みはその様子を嘲笑っているかの様だった。
背丈は父よりは低い、だが鋭い爪や牙を露わにし、武器を握った人ならざる肌色と歪な体型の異形の群れは、より威圧的で恐ろしい物だった。
「ガアッ!」
異形達は爪と牙、武器を振り上げてアジルと両親に襲い掛かる。もうダメか!?死に瀕した彼らは怯んで目を閉じた。
「グアァァァッ!」
断末魔。それは異形達の物ではない。その声が響く前に鼓膜が弾ける様な爆発音が目を覚まさせる様に響いた。目を開けるとそこに見えたのは、自分達を殺そうとした異形達が皆、頭部や口から青い血を流し、息絶えている様だった。
「何をしている。早く逃げろ!」
「は、はいっ!」
アジルと両親は我に返って立ち上がり、一目散にその場から走り異形達の手を逃れる。
一瞬振り返り見えたのは、赤くて長い髪を焔の様に揺らめかせた人物の背中。その者は異形達に対して両手を伸ばし、手の先に持っている物から火花と硝煙と爆音を放ち、異形達を退けようとしていた。
そしてアジルと両親は異形達が襲い来る広場から離れ、難を逃れたのだった。
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その異形の群れは広場のみならず、世界の至る所に出現していた。
軍隊、自警団、猟師といった武力を持った者達は人々を守る為に武器を手に取り立ち向かうが、異形達の圧倒的な数と高い身体能力、武器の腕前といった物の前にみるみるうちに敗れ去っていった。
恐怖の象徴となった異形の存在は、やがて<魔族>と呼ばれるようになった。
劣勢を覆す為に市民の居住地に爆弾を仕掛け、異形達をおびき寄せ、そこに住んでいた人々もろとも敵を爆破する。といった残忍な作戦が軍隊によって行われた事もあった。
人間、魔族、双方の手によって世界中の至る場所の人里と言う人里は無残に破壊されていった。
時に多大な犠牲さえ払って人類は魔族に対して抵抗した。しかしそれでも劣勢を覆す事は叶わず、生き残った人々はいつ終わるとも知れない悪夢に怯えて隠れ、逃げ続ける事しか出来ずにいた。
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気付けば日は沈み、紺色になった空には満月が登り爛々と輝き荒野の道筋を淡く照らしていた。
異形にも人間にも破壊されず残った「町」と呼ばれる物。そこにさえ行けば人はいる。食料もある。防備も硬い。アジルは僅かな希望に縋る様にそこを目指していた。
それに加え、誰か分からないがこの男は強い。アジルは微かな期待の様な物さえ抱き始めていた。
或いはこの男なら。この悪夢の日々を、と。
二輪車を走らせ、何もなかった荒野の果てに、それは見えてきた。
「!?」
だが、それは希望の灯、安息の明り。そんな願望を打ち砕く無情な現実であった。
「なんてことだ……」
二輪車は急勾配の下り坂の直前で止まる。ここは高台。斜面の遥か下には確かにあった。
目的の場所「町」が。破壊された跡地でも打ち捨てられた廃墟でもない。しかし……
ヒャハハハハハ……ヒャハハハハハ……
悪意に満ちた人ならざる癇に障る甲高い声。魔族の集団の声だ。
それも山彦の様に幾重にも渡って此方の耳を摩ってくる。
魔族は周囲にはいない。しかしその声は遠く離れていても怨霊の呪詛の様に執拗に流れ込んできた。
高台から見下ろした「町」の景色。四方は外敵の侵入を拒む高い壁に囲まれ、壁の内側には多くの石造りの建造物の影が崩れる事無く残っていた。それはかつての人類の営みが存続しているかの様に。
だが、もはやそれも束の間の楼閣と思わざるを得ない状況が目の前にはあった。
<魔族>が、取り囲んでいたのだ。
巣穴の上で蠢く無数の蜂の様に、数える事さえままならぬ程のおぞましい大群となって。
それらの様子は、淡い月明りでも確認出来る程に町壁の周辺と荒野の土肌を覆い尽くしていた。
「なんてこった……」
町にさえ行ければ一旦の安息を得る事は出来るというアジルの希望は目の前の現実に儚く打ち砕かれた。
もう何処にも逃げ場はない。自分達はこのまま流離い続け、いつかは奴らの餌食になるのを待つだけなのか?
目の前が真っ暗になる程の悲観が、暗澹が、アジルの心を覆い尽くした。
「掴まれ」
「え?」
希望の見えない情景を目の当たりにしても尚、レイゾードは一切の感情を見せず淡々と答え、そして……
「レイゾード、何をやって……!! うわぁぁぁぁ!!」
レイゾードは二輪車を急加速させ、アジルを連れて斜面を駆け下りていった。
アジルは振り落とされない様に必死でレイゾードの背にしがみ付く。
「まさか……あの大群に!? 無茶だ! やめようレイゾード!!」
アジルの訴えなど歯牙にもかけず、レイゾードは幾万もの悪鬼の渦中へと猛進していく。
こんにちは。作者のドラバーガー禁虞です。
この度は三年振りの更新となります。
長年モチベーションが上がらず書けておりませんでしたが、漸くその切欠を掴む事が出来て今に至ります。
この小説の原案は、私が子供の頃に書いていた漫画となっています。
その時は子供であった為、物語の作りが稚拙な物であったので読者の皆様に読んで頂けるように一新しております。
これまでの人生で得た物を元に自分が書きたい物を構築し、子供の時の自分の夢をここで果たそうという所存であります。
今後ともお付き合い下さると幸いです。
それでは次回もよろしくお願いいたします。