第1話:襲撃
虚空の彼方、遠い世界の出来事。
天をも震わす悪しき魔の神が、生命の星々へと襲来した。
星を守らんとそこに住まう人々は立ち向かうが悉く敗れ、
邪悪達の狂乱の贄として、裂かれ、斬られ、千切られ、焼かれ、屠られていった。
幾星霜を経て幾多の星が邪悪なる者共の手により朽ちた土塊と化した。
最後に残った命の惑星。僅かなる芽を摘み取らんと、邪悪の魔手はすぐそこにまで迫っていた……。
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雲一つない日照り空。岩と砂埃の荒野。
荒涼とした大地を駆けるのは乗り手に鞭打たれて蹄を鳴らす馬達。
彼らが引く数両の馬車団は大地に幾数もの足跡と轍を残す。
行けども行けども変わらぬ景色、果てしない地平線。
終わりの見えない遥かなる旅路。されどその先にある確かな地点を目指して。
(町にさえ、町にさえ行ければ……)
襤褸切れの着衣に身を包んだ少年は馬車のキャビン内の人々を見ては切実に願っていた。
周りにいるのは中年の男性と女性、少年と同じくらいの年頃の少女、それよりも小さい子供達。
皆一様に襤褸を身に纏い、肌は浅黒く、痩せていた。
彼らは元居た村を離れ、別の所にある堅牢で大きい町を目指して逃走していたのだ。
ある恐ろしい者から逃れる為に。
ヒャハハハハハハハハハハ……!!
「!?」
何処からともなく自分達を嘲笑うかの様な声とモーターの駆動音が聴こえる。
徐々に近づいてくる戦慄。胸を締め付ける焦燥。馬車の人々も皆青ざめていく。
少年は恐る恐る馬車の入り口から顔を出した。
「ま、魔族だぁぁぁぁぁぁっ……」
その叫び声が止む前に、乗り手の頭蓋から鮮血が迸るのを少年は目の当たりにした。
乗り手だった者は馬から投げ出され、馬は生きたまま目を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら暴れ狂っていた。
「う、うわぁぁぁあぁぁあぁ!!」
馬車は次第にバランスを崩し横転する。馬車は大きな音を立てて無残に地面に転がり、キャビンを覆っていたテントはビリビリに破れ、木材の部分は破損し、人々は外へと放り出される。
「う、うう……」
少年もその一人。擦りむいた我が身を起こし、目を開いた彼の前に待っていたのは。
「! 父さん! 母さん! みんな!」
自動二輪車に搭乗した人ならざる者達<魔族>が、彼の両親を始めとした横たわる人々に黒鉄の銃口を向け、
「あ、アジル!逃げっ……」
次の瞬間、少年は目の当たりにした。倒れた人々が歪んだ顎の輪郭をした紫肌の魔族達に四方から鉛の弾でハチの巣にされる様を。
魔族は嘲笑い、頭の鋭利な一本角を煌めかせる。
「あ、ああっ……」
父さんも母さんも他の人達も、みんな殺された。
その事実を突き付けられたアジルに沸き上がった感情は「悲しみ」ではなく「恐怖」と「絶望」。
自分もすぐに同じ目に合う。あの得体の知れない恐ろしい者達にやられる。
それと同時に「諦め」の感情も湧き上がってくる。何をやっても駄目なんだ。もう抗えない。
どうせ殺すなら楽に殺してくれ。両親やみんなの命を奪ったその銃で。
「ヒャッハッハッハッハッハッ!」
魔族達が笑いこちらを標的にしてくる中。アジルはただ項垂れていた。
「ヒャッハッハッハ……」
不意に魔族の声が途切れた。つい先ほどにみんなの命脈が断たれた瞬間と同じ様に。
「?」
アジルは恐る恐る顔を上げた。
「魔族には死を……」
「!?」
そこに立っていたのは熱風に靡いたマントを背に付けた短髪の男性。
彼の右手には鋼の刃。刀身を伝い青い液体が滴り落ちる。
地面には転がっているのは石? いや違う。魔族だ。自分達の生活を脅かし、みんなを殺害した憎く恐ろしき存在。
それが大口を開いたまま硬直し血に塗れ、切断された首となっていた。
「ギ、ギギィ……」
突如現れた何者かに倒された同胞の末路を目の当たりにした他の魔族達は、その惨状に戸惑いと怯えの表情を見せていた。