クリス・錯乱
アリスたちと分かれたアレンは、その日は宿の主であるクリスティンから2階の部屋のカギをもらい、与えられた部屋ですぐに眠りについた。
そして次の日、朝早くから起きた出したアレンは宿に下へ降りそのまま外に出ようとする。
そこに声がかけられた。
「おはよう、ずいぶん早起きだね~…まだ日が登ったばかりだよ?」
「おはようございます、クリスティンさん…早起きは癖になってまして」
「クリスでいいよ。私もアレンて呼ぶからさ」
「分かりました、クリス」
声をかけてきたのはクリスティン…クリスだ。
さすがに宿屋の主となると起きるのも早いらしい。
「それで、こんな朝早くにどうしたんだい?さすがにこの時間だとどこの店も開いてないよ」
「まぁ適当に散歩がてら体を動かそうかと思いまして」
「あぁ…それなら宿の裏手にちょっとした広場があるからそこ使ってもいいよ、角の方に井戸もあるから好きに使っていいからね」
「ありがとうございます。助かります」
クリスにお礼を言い、宿の裏手へと向かおうとするアレンに再度声がかかる。
「なぁあんた…アリスから面倒みてくれって言われてるわけなんだが…ずっと宿に籠ってるようなタマじゃないよな…どうするつもりなんだい?」
「今日中に冒険者登録をして、冒険者として依頼を受けたいと思ってます」
「なるほど…ちゃんと自分で稼ごうって気はあるんだね」
「ははは…さすがにアリスやダリウスさんに頼りっぱなしになるのは申し訳ないですからね」
クリスの質問に笑いながら答えるアレン。
ある程度の金銭を貰い、宿代がアリス持ちだとはいってもこのままずっと宿に引きこもってるつもりはなかった…むしろそんなことをしたらクリスから叩き出されそうな雰囲気である。
「ま!あのアリスが連れてきたんだ…弱いってことはないんだろうしね、冒険者ギルドが開くのはあと二時間くらいあるね…躰動かしたらご飯食べに戻ってきなよ」
「ありがとうございます。…あっ…あの1つお願いが…」
「ん?なんだい?」
ちょっと言いづらそうに切り出すアレン…
「実は…家族と言うか、相棒というか…もう1人…1頭?分の食事もお願いできませんか?」
「それはいいけど…いったいどこにいるって言うんだい?」
アレンのいう事に首をかしげるクリスだったが…次の瞬間、驚きと共に固まることになる。
「コハク…この子の分なんですが…」
「ウォフッ!」
アレンの呼びかけと同時にその影から姿を現すコハク。
改めて…コハクは大型の狼型の魔獣である、その迫力は言うまでもなく…ごく普通の一般人であれば目の前に現れた瞬間、悲鳴を上げて逃げ惑うか…気絶するかである。
そんなコハクを目の前に宿の主たるクリスは…
「この子は魔獣ですが俺の家族のようなものでして…あ、あの…クリスさん?クリスさーーん?」
「………………」
驚いた顔のまま目を見開き…案の定気絶していた。
「だ、大丈夫ですかクリスさん…もしもーし?」
「……はっ!?わ、私はなにを…いや夢か…目の前に恐ろしい魔獣がいるなんて…」
「ウォウ…」
「………」
「あ、あのく、クリスさん?」
気絶から目覚めたクリスはコハクの鳴き声に気づき…コハクの事を凝視したまま再度硬直した。
心配になりながらも恐る恐る声をかけるアレンであったが…
「…我が敵を燃やしつくせ!【ファイヤー・ボール】!!!」
ゴウゥッ!!!
まさかの攻撃魔法である。
「ちょっ!ちょっとクリスさん!!?【破魔の結界】!」
いきなり火の攻撃魔法を放ってきたクリスに驚きながらも、【破魔の結界】を即座に張りその攻撃を受け止める。なお、アレンが攻撃魔法を切り裂かなかったのは、切り裂いた炎が宿に着火することを心配したからだ。
「ま、まままままま…」
「ま?」
「…魔獣ぅぅ――――――ッ!!!」
「く、クリスさん!落ち着いて!!」
「いやーーーー!!喰われる――――ッ!美味しくない!美味しくない!!私は美味しくないから食べないでぇーーーーー!!!!」
クリス、錯乱状態である。
あまりにも強力な魔獣を目の前に混乱…魔法を放ち、叫びまくる。
「コハクは人を食べませんよ!落ち着いて!」
「いやいやいやいやいや!!敵を切り裂け!【ウィンド・スラッシュ】ゥ~!!」
シュバッ!!
「あぶっ!ちょ…宿が、宿が壊れるんで落ち着いて!!コハクもなんとかしてくれ!」
「…ウォウ…」
アレンの言葉に、仕方ないなーと乗り気ではないコハク…しかし主の言葉に従い、なんとかしようとクリスに近づき…さらにクリスの錯乱に拍車をかけることになってしまった。
「ひぃ~っ!!こないでこないでこないで!!美味しくないから食べないで!!私よりアリスの方が胸も大きくて食べごたえあって美味しいですぅ~!!」
「あんたひどいなっ!?」
さすがのアレンも突っ込みを入れるぐらいの錯乱ぶりだ…信頼してこの宿を選んでくれたアリスを問答無用で身代りにしようとするクリス。
…クリスの錯乱を収め、コハクの事を説明するのにこの後1時間ほどかかってしまった。
「ほ、ほんとに大丈夫なんだね?」
「大丈夫です…コハクはいい子ですよ」
「ウォフッ!」
「わ、わかった…信じるよ…でもアレンの影に入っていられるなんて、初めて見る魔獣だねぇ」
やっとのことで落ち着いたクリスは会話をするまでに回復していた。
言葉のキャッチボール…大事。
今日の朝の運動は諦めたアレンは冒険者ギルドが開くまでクリスと会話することにした。
「クリスさんは魔獣を見たことがあるんですね…それに魔法を使ってましたし」
「あぁ、それは私も騎士団にいたことがあってね…親父が病気になって、騎士団を脱退してこの宿を継いだんだよ」
「なるほど…どうりで」
「しかし、アレン…あんた本当に強いね、わたしの魔法をこうも見事に無力化するとは」
「はは…あやうく丸焦げか、輪切りにされるかと思いましたけどね」
「ん?なんか言ったかぃ?」
「いえ、なんでも」
アレンの最後の言葉は聞こえていなかったらしい。
クリスが聞き返してきたが誤魔化す。
「とにかく、このコハクの分のご飯もお願いいたします。基本的には肉を食べますが、なんでも食べれるのでそこまで気にしていただくこともないかと…もちろん追加で料金の方はお支払します」
「はいよ…料金をもらえて、暴れないならなんでもいいさ」
「助かります」
「…少し遅くなっちまったけど、朝飯にするかぃ…朝飯食べたら冒険者ギルドへいって登録しておいで、場所は分かるかぃ?」
「大丈夫です。アリスに案内されましたので」
「そうか、それじゃさっそくご飯にしようかね!」
落ち着きを取り戻したクリスはすぐさま朝食の準備をする。
その手際は無駄がなく、すぐに朝食がでてきた…もちろんコハクの分もあった。
森を出てから初めてのご飯は非常に美味しかった。




