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02. 神崎知佳という女

 数日後、都内のオープンカフェにて。そこでは、三人の女性が同じテーブルを囲んでいた。


「またブーケ受け取っちゃったよ……」


 彼女の名は神崎知佳。かの日の挙式でブーケを受け取った女性である。清楚な白いワンピースに身を包み、栗色の長い髪を編み込み結い上げている彼女は、大好きないちごタルトを一口食べると深い溜息を吐いた。いつもであれば至福であるはずの一時も、今日ばかりは憂鬱な気分が晴れないらしい。


「結婚する予定は?」

「あるわけないじゃん」


 知佳に答えのわかりきっている質問した彼女の名は、藤浪響ふじなみひびき。彼女は白のブラウスにピンクのフレアスカートと、清楚な知佳と比べるとやや甘めの装いだ。赤のベレー帽に大きな眼鏡、肩までのストレートの黒髪を揺らす小柄な彼女は、チョコレートの濃厚なオペラに舌鼓を打っている。


「これで何回目? ブーケ受け取るの」

「通算五回目。しかも今回は職場の後輩からだよー。『先輩に受け取ってもらいたかったので嬉しいです!』って嬉々として言われたらさー……何も言えない」

「あー……、深い意味はないからこそ純粋な視線が辛いやつね」

「純粋な善意。悪意はないけど殺傷力が凄まじいのよね」

「……ドンマイ」


 哀しみを堪えきれず、知佳は顔を両手で覆い隠した。そんな彼女の背にそっと優しく手を添えたのは、三人目の女性、滝口藍たきぐちあいだ。彼女は紺色のカシュクールにスリットの入った白いパンツ、青みがかったショートヘアとクールめの見た目をしている。レモンケーキにエスプレッソと甘さ控えめのセットが彼女のお気に入りだ。


「でもどうしてブーケ受け取っちゃうの。嫌なら離れたらいいのに」

「そう思って今回はちゃんと初めから離れた場所で見守ってたの! なのに皆なんでか手を滑らせてばっかりで……」

「それで結局知佳のところに辿り着いちゃった、と。はぁ、ここまでくるともう運命だね。あれだ、神様が知佳に結婚しろって言ってるんだよ」

「それなら誰か紹介してよ、神様~!」


 知佳はとうとうテーブルに突っ伏して嘆いた。けれど対する二人は苦笑いを彼女に向けるのみで、特に慰めはしない。というのも、彼女の嘆きが本心ではないと知っているからだ。


「はいはい、知佳はそもそも結婚願望なんてないでしょ?」

「そんなことないよ! 結婚したい人ならいるし!」


 藍の決めつけるような発言に動じることもなく、知佳は反対した。しかし、知佳の返事に対する二人の反応は冷ややかで、すっと細めた四つの目が知佳を見下ろしている。


「……へぇ、それは誰と?」

「もちろん〝三次元〟の人だよね?」


 二人の詰問に知佳は体を起こすと、よくぞ聞いてくれました! とでも言いたげに胸を張り、次いで照れたように頬に両手を添えた。


「そんなわけないじゃん! 私が結婚したいのは今も昔もただ一人! じょうおじさまだけなんだから!」


 堂々とした知佳に対し、響と藍の二人は、やはりか、と嘲笑した。これまでに似たようなやり取りはこれまで幾度となく繰り返されてきたのである。度々行われてきたこの問答だが、結論が変わったことは一度たりともない。この神崎知佳という人間は、よく言えば決して意志を曲げない強さを持ち、悪くいえば相当な頑固者なのである。そしてそんな知佳の話にその度に付き合ってきた彼女たちもまた、寛大と言えば聞こえはいいが、要するに呆れを通り越してただ慣れてしまっただけである。


「結婚したいっていうなら、二次元じゃなくて三次元に恋をしなさいよ」

「仕方ないじゃない。好きになったのが、たまたま二次元の人だったんだから」


 ――三次元とは。縦、横、奥行きで構成される空間のことである。対して、縦、横の二種のみで形成される平面を二次元と呼ぶ。そこから派生して、漫画やアニメといった架空の世界を二次元、それに対して人や動物などが生活する奥行のある現実の世界を三次元と俗に称するのだ。つまり、知佳は三次元ではなく、二次元の存在である〝譲おじさま〟と結婚したいと発言しているのである。


「あんなにも紳士で優しくて聡明で、しかも色気まである素敵な殿方……三次元にいる訳ないよ」

「三次元に二次元のキャラを求めること自体が間違ってるよ」

「素晴らしさがわからないなら聞かせてあげましょう、私の大好きな譲おじさまについて」

「いや、聞いてないし」


 藍の制止を聞こえない振りをすると、知佳は語りだした。彼女の愛する男性について――

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