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13. 欲望と引き換えにされたのは、意味深な言葉

「お嬢さん、本当に助かりました。ありがとうございました」

「いえいえ! 大したことはしていませんよ。お役に立てたようで何よりです」


 無事クロークに辿り着くと、譲は預けていた荷物の中からコンタクトケースと眼鏡を取り出した。近くの手洗いに移動して暫く後、戻ってきた譲は黒い瞳に黒い太縁の分厚い眼鏡をかけていた。


「コンタクト、外されたんですね」

「ええ。少々不格好で締まりがないですが、予定していた撮影は終わりましたし、そろそろ着替えてしまおうと思いまして」


 キュアマギの作中、譲が眼鏡をかけるシーンはある。しかし、その時にかけているのはシルバーの細縁。ということはおそらく、今かけている眼鏡はこのコスプレイヤーの私物であろう。


「……ん?」


 ふと既視感を覚えた知佳は、譲の顔、正確には眼鏡を覗き込んだ。太縁の分厚い眼鏡。響の眼鏡とは形が違うし、藍が家で使う眼鏡とは色も厚みも異なる。見覚えのあるそれは、一体どこで見かけたのだったか。


「どうなさいました、お嬢さん」

「ハッ、す、すみません!! なんでもないです! 失礼しました!!」

「はははっ、お気になさらず」


 気づけば至近距離で譲を見つめていた知佳。黙ってじっと覗き込むなど失礼千万。咄嗟に後ずさると繰り返し頭を下げた。対する譲は気にした様子もなく、爽やかに笑う。


「ところでお嬢さん。お嬢さんには大変お世話になったので、ぜひ何かお礼をさせていただきたいのですが」

「ええっ!? い、いえ! お礼なんて必要ないですよ! 私がやりたかったからしただけですし!」


 譲の申し出に知佳はブンブンと首を左右に振る。お礼目的で近づいた訳ではない。必要以上に感謝されるいわれはないはずだ。しかし、知佳のその反応に譲もまたかぶりを振った。


「いえ。それでは私の気が収まりません。麗しいお嬢さんの手を煩わせておいて、何も返さないというのは紳士の名折れ。……そうです、それでも抵抗があるのであれば、私のためと思って何か頼んで頂けませんか?」

(麗しいお嬢さんに、紳士の名折れ!? 私のためと思って、ってそんなの……! ただでさえ見た目が譲さんそっくりなのに、そんな譲さんみたいなこと……ひえぇっ!)


 繰り出される言葉はまさしく譲本人が口にしそうなことばかり。目の前に譲がいるのだと錯覚させられてしまう。譲の夢女子である知佳にとってはすっかりキャパオーバーである。


「そ、うは言われましても……。あ、そうです」


 頭がパンクしかけた状態で、なんとか理性を取り戻そうと必死で呼吸を整える。どうすれば譲が納得するかと考えた結果、ある結論に至った。そもそも、譲を探していた本来の目的はなんだったのか、と。


「お名前を、教えて頂けませんか? 私、名刺を頂きたくて譲さ……お兄さんを探していたんです」


 目的は名前と名刺の二つだけ。これまでやこれからの活動について知るためにはどうしても必要なものだ。ようやくその願いを口にすると、譲は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。


「そんなことでよいのですか? お嬢さんは欲がありませんね。では、こちらを」

「あ、ありがとうございます……!」


 譲は名刺を一枚取り出すと、知佳に手渡した。念願の名刺を震える手で受け取ると、 そこにはSNSのアカウントIDと共に、譲ではない別のキャラクターの格好をした人物の写真が載っていた。


 模したキャラクターは赤い髪に長髪の若々しい見た目をしており、今の白髪で高齢の譲とは似ても似つかない。とても同一人物には思えなかった。


「ちゃんと私ですよ。紫呉しぐれと申します」

「紫呉、さん……」


 あまりの違いについ名刺と目の前の本人とを見比べる知佳。それを見た譲改め紫呉は、反応が面白かったのか楽しそうに顔を綻ばせた。


「ちなみに、お嬢さんのお名前を伺っても?」

「あっ、はい! すみません。名前を聞いておいて自分は名乗らず!……えっと、とも、です」

「ともさん。素敵なお名前ですね」

「ああっ、ありがとう、ございます!」


 咄嗟にハンドルネームが浮かばず、本名をもじった名前を伝える。響や藍とは違い、知佳は同人誌の頒布やコスプレなど、公に活動していないため名乗るべき名前がないのだ。その場で考えた名前ではあったが、名前を褒められ知佳は有頂天である。結果オーライと言えるだろう。


「ですが、やはり名刺をお渡しするだけでは釣り合いませんね。もしよろしければ、なにか思いついたらご連絡頂けませんか」

「へっ!?」


 知佳としては名前と名刺を貰えるだけで十分である。これ以上を望むつもりもない。けれど紫呉は相変わらず納得していないようだ。


「その名刺のアカウントにメッセージをください。時々活動報告をあげているだけなのでほとんど使用していませんが、メッセージが届けば通知で確認できますので」

「えええっ、でも本当にこれだけで十分で……!」

「待っていますね、ともさん」

「えっ、と……はい」


 譲の顔で笑顔を向けられると弱い。圧に負ける形で返事をすると、紫呉は満足そうに笑顔で頷いた。


「では、申し訳ありませんがそろそろ失礼しますね。あまり後になると更衣室が混み合いますので」

「あっ、すみません、長々と……! ありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそ。麗しいお嬢さんにお手伝いいただけて光栄でした。ありがとうございました、ともさん」


 綺麗な姿勢で頭を下げると、紫呉は颯爽と歩き出す。それをぼんやりと見送っていると、不意に紫呉が振り返りもう一度知佳のもとへやってきた。


「そうそう。お伝えすることを忘れていたんですが、今度から何かあったときは会場スタッフさんを頼るようにしてください。今回みたいに、困っている人を見つけた時は必ず誰かに声をかけるんですよ」

「えっ、何故ですか?」


 自分の力で何とか出来るような内容であれば、人の手を煩わせることもない。ただ肩を貸して案内するだけであれば何も問題ないはずだ。そう伝えると、紫呉は静かに首を横に振った。


「あなたのような可憐な女性ですと、悪意ある人間が騙そうと近寄ってくるかもしれません。結局あなたに頼ってしまった私が言えたことではないんですがね」

「か、可憐……」


 さりげない褒め言葉に照れつつも、紫呉の発言の意味を考える。困っているように見せかけて、手伝おうとしてくれた人を無理矢理人気のない個室に連れ込む事件があった等と、ニュースで見かけたことがある。紫呉はおそらくそのことを言っているのだろう。そうした事件に巻き込まれないように忠告してくれているのだ。


「ありがとうございます。肝に銘じます」

「ええ。どうかお気をつけて。……どうやらあなたは〝少々厄介な人間〟に狙われやすいようですから。私のような、ね。」

「え?」


 小さく会釈をすると、紫呉は今度こそ雑踏の中へ消えていった。意味深な言葉に、その場に残された知佳はその言葉の意味を飲み込めずにいるのだった。

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