プロローグ2 改稿版
昨日の続きです。
「ナール、これを運んで来て頂戴」
「はい」
「ナール、次は皿洗いだよ。さっさと客の場所へと酒を置いてきな」
「はい、急いできます!」
指示された食事と酒の乗った配膳を急いで持ち込んでお客さんのところにまで持ち込んでいく。
あちこちでお香の炊かれた淫猥な香りが漂っていて鼻につく。
それはしょうがないというものだろう。なにせ、ここはそういう場所なのだから。
持ち寄ってきた酒と食事を一つの卓に置いた。
そこではお客さんの相手をしている店員数名の姿。
店員は自分の先輩方であり、先輩たちは淫猥なドレスを着飾っていていつものように御客さんへとべたべたと触れて相手をしていた。
「ねぇ、君さいっつも配膳係してるけど、お姉さんたちの相手はしてくれないわけ? お姉さんたちは君のような子がタイプなんだけどなぁ」
「あー、お客さんダメダメ。ナールはウチのママとシェリーさんのお気に入りだから」
「えー、つまんないなー」
「その代わりに私がお相手をしますよ」
「あら、それはうれしいわ」
目の前で女性同士が濃厚なキスを始める。
どこもかしこもここには女性しかいない。
それ専門といってもおかしくはない。
ここは特別宿屋。またの名を『娼婦の館』とも呼ばれている場所で『女性専用』。
「ナール! 何してるんだい!」
慌ててルーのもとへと急いで戻る。
彼女はキッチンルームで膨れっ面をしていた。
「まぁた、客に色目を使われて足止めを食らってたね」
「すみません」
「まぁ、いいさ。早く皿洗いをしな。アタシは用事があるからいったんココを離れるから任せるよ」
使われたお皿の山が洗面台の中の水に沢山浸かっていた。
この山を一人で洗うには骨が折れそうである。
「でも、これも恩義に報いらないとな。ママには名前と居場所をもらったんだ」
ナールという名前はルーに与えてもらった名であった。
ナールというのは『名前のないもの』『見知らぬもの』という意味らしい。
こんな名前でもうれしいものはうれしかった。
あの日に記憶喪失だった自分を受け入れてくれてすべてを理解し居場所と名前をくれた人。
恩義に報いるためにここでもう1年と数か月を働き続けていた。
「だいぶ慣れてきたねぇナール」
「あ、シェリーさん」
皿洗いを手際よく行っているとたまたま自分の仕事がひと段落したらしいシェリーさんがキッチンルームにやってきた。
右肩に顎を乗せて耳を噛む。
「イタッ、なにをするんですか!」
「いいじゃない。スキンシップ」
「いつも、僕を噛まないでください」
「だって、おいしそうなんだもん」
「僕は食べ物じゃありません」
そんな否定を受け入れてくれるのが彼女ではないことを知っていた。
いつものように彼女は服の裾から手を入れて胸板を触り始めてさらに、ズボンの裾から手を入れて下腹部を触り始める。
「シェリーさん……今は……やめっ……」
「感じてるくせに……」
「シェリー!」
「ひぃ!」
急な怒鳴り声にシェリーさんの手は自分の肌から離れた。
「ま、ママ……あはは。これはほんの出来心よ」
「アンタはまたナールを襲うんじゃないよ」
「だってぇ……」
「だってもない! 暇なら新人の面接に行ってきな」
戻ってきたママに怒鳴られてしおしおになった彼女がとぼとぼとした足取りでキッチンルームを出ていく姿を見送った。
「ナール、皿洗いは良いから地下の清掃を頼のむさね。地下にまたゴミが出たからね」
「わかりました」
ママから放たれた威圧感にビク付きながら急いで地下へと向かった。
*******
宿屋の地下はわずかなピンク色の明かりが周囲を照らすだけのフロアである。
その廊下を必死に清掃用の箒やブラシを使い掃除を行う。
一室一室にも入って清掃も行う。
この地下のフロアはホテルのような構造をしていて、幾つもの部屋がある。
その部屋の中には宿泊できる道具一式と設備一式が兼ね備えてある。
いつものように部屋の清掃をしていると漂うのは女性の淫猥な臭い。
あまりにも強烈で身体が反応をしそうな勢いのクセのつよい匂い。
濡れたシーツを取り替えたりしてベットメイキングも済ませていく。
風呂の掃除も欠かせはしない。
近くでは現状使われている部屋から嬌声が聞こえてきたりする。
この地下には性欲を発散させたいお客様が来訪する特別なフロアなのだ。
『娼婦の館』と呼ばれる所以はこの地下がメインである。
「聞こえないふり、聞こえないふり」
ふとベットメイキングしていた際に手に硬いものが触れた。
それを拾い上げると一般的常識として知っている大人の玩具があった。
「み、見なかったことにしよう」
「何をみなかったことにするの?」
「うわぁああああ!」
おもわず神経質になってところへと声を掛けられて驚愕して声を上げてしまう。
「ちょっと、びっくりしたよ、ナール」
「な、なぁんだシェリーさんか……」
「なぁにぃ、その反応?」
こっちの反応が気に入らなかったのか近づいて頬をつねってくる。
そして、自分が手にしているのを見ていやらしい笑みを向けた。
「なぁにぃ、ナールもいっちょ前に興奮しちゃってたわけ? なら、ここで私とする?」
「なっ、なにいってるんですか!」
「アハハハハ、何本気になってるの。マジなわけないでしょ」
「っ! シェリーさん嫌いです」
「ごめんごめん」
シェリーさんにからかわれて傷心の自分はふと、彼女の後ろにいた見知らぬ女性の存在に気付いた。
「シェリーさん、彼女は?」
「あー、今面接終えたばかりの新人のユイカよ。採用しようと思っていたんだけどまずは雑用係ってことでこのフロアの案内をしていたって感じなのよ」
ユイカと呼ばれた彼女の姿はまるでここで働くには分不相応にも見える美しさを纏った女性だ。
目つきもきついがどことなく、それは気品差を見せていて、立ち方そのものも上流階級っぽさを感じさせた。
「シェリーさん、彼女なんかここにあわなそうに見えるんですが?」
「ん? まぁ、いろいろ訳ありなんでしょ。ここは訳ありしか来ないわけだし。あ、そうだよ!」
唐突に手を叩いたシェリーさんの反応に嫌な予感がした。
彼女はずるがしこい笑みを浮かべるとこちらの肩をつかむ。
「今からナールに彼女の教育係を任せちゃう。一応、雑用係から始めさせるから雑用係責任者のナールが適任でしょ。私は忙しいから」
「はい?」
「じゃあ、あとは任せたよ」
「ちょっと、シェリーさん! シェリーさん!」
部屋を颯爽と飛び出していくシェリーさんの姿を見送るしかなく、残されたユイカと紹介された彼女と目だけが合う。
「あはは」
苦笑いで返すしかなく――
「一体どうしたらいいんだよ……」
頭を抱えるほかなかった。
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