プロローグ1 改稿版
以前執筆を中断していた作品をもう一度最初から書き直したものになります。
前半はちょい長いプロローグで始まります。
薄暗い部屋の一室でキーボードをひたすらにタイプして打ち込む音が響く。
部屋にある明かりはパソコンから発せられるブルーライト。
パソコンの中に表示されている無数の書類に適された文字を打ち込んでいく青年の仕事。
青年、可夢偉悪斗はゲームディレクターとして勤続5年近くも働き続けているベテラン。
1年の勤務日数は360日とほぼ休みなしの徹夜続きのブラック会社。
ゲーム会社とはどこもブラックだから文句もなしに働き続けていくしかなかった。
そもそも、自分が入りたくって入った業界であり青年には夢もあった。
(これを仕上げれば夢のシナリオライターデビューだ)
今関わっている仕事はまさに可夢偉に任された大きな仕事である。
重要なテキストを書き起こして、今日中に仕上げなければならない。
疲労のせいで目が虚ろとしながらもその手を止めるわけにもいかずにひたすらキーボードを打ち込み続けた。
「おい! まだ出来上がらないのか?」
いつもの上司の罵声が耳うるさく聞こえてくる。
決して感情は表に出さずにいつもの平謝りの対応を示す。
「すみません、もうすぐできますんで!」
企画書の内容のテキストはあと残り4万文字を書き上げなければならない。
一日では終わらすことなどできない量だ。
だが、おわらさなければならないのが社会の常というものだ。
気分は史上最悪の気分に陥っていく。
(元の発端は新規内容を追加したあんただっていうのに)
幾重にも重なってくる新規案件の内容の数々に対処して回っていった結果が可夢偉の仕事量を圧倒的に増やし、最終的には納期当日にまで間に合わない事態を作ってしまった。
心の中で上司に対する妬みが倍増していく。
まるで肉体をこの人に食われていく感覚である。
「なんだって、こうも精神を食われてかなくちゃならないんだ」
そんな上司は女性だからあまり強くも言えない。
女性上司に対して強い発言を講じれば下手すればセクハラとかモラハラとか言われかねなかった。
「あれ?」
「ちょっと、可夢偉さん口から血が……可夢偉さん!」
感じ始める。
何かに飲み込まれていくような感覚を――
近くにいた同期の女性ディレクターが心配そうな声で呼びかける声を最後に意識を失っていった。
********
目を覚ました。
暗く澱む森林の中になぜかいた。
幾重にも鳴り響き聞こえてくる獣や虫の音色。
体中に怖気が走る。
誰しもが暗い森林の中に一人いれば恐怖という感情を抱くように自分もまた恐怖を感じる。
「どうしてぼくはこんなところに……」
がさりと木々の擦れる音に敏感に反応を示してしまう。
何か不穏なものを感じ取ってしまうそんな恐怖。
見知らぬ場所で一人にいるからか恐怖は強く死を感じる。
「だ、誰かいるのか?」
声を上ずらせながら木々に話をかけてみた。
そこから、むくりと大きな巨体の影が姿を現す。
わずかな月明かりが照らしてその巨体の正体を映し込んだ。
全身を茶色の毛で覆いつくした人のような姿をしている何か。
人ではないとわかるのはその醜悪な顔と額にある二本の角。
どす黒くも醜い牙のついた口を開き獣は――
「うぉおおおおお!」
咆えた。
鼓膜を震わすほどにうるさい咆哮。
背を向け、足を動かして見知らぬ森の中を一直線に駆け出した。
行く先もわからぬままに恐怖におびえながら先を進むしかない。
背後から追いかけてくる見知らぬ化け物。
それが直感で何かやばいものだと理解した。
「誰か助けてッ!」
必死に逃げる。
追いつかれたら食われる。
何時間も走り続けて、さすがの体力も限界に来た。
獣はまだ追いかけているのかと後ろを確認した時、獣の気配はなかった。
「助かったのか……」
そのホッとした安堵も一瞬で終わった。
何かに身体を打ち付け、ゆっくりと顔を上げて喉が震えた。
「うそ……だよね……」
先ほど自分を追いかけていたのとは別の巨体な怪物が目の前にいたのだ。
見た目は似ているが唯一違うのはその怪物は武器を持っていることだった。
大ぶりで振るわれた棍棒のようなもの。
怪物がそれを大きくフルスイングするのを直感して、身をかがみこんだ。
スッと頭上を通過していく。
無意識の回避能力が命をつないだ。
その次の時、体に強烈な痛みが走った。
「へっ」
自らの上半身に突き刺さるドデカい斧。
いつの間にか3体目の巨体が傍にいた。
追いついた先ほどの怪物であった。
その怪物は身体に突き刺した斧を引き抜くとそのまま薄らと笑みを浮かべてその醜い牙を向けてきた。身体に突き刺さる牙の感触と激痛。激痛が命の灯火を薄れさせていき――
わけのわからぬままに一瞬で命を落とした。
*******
身体がひんやりと安らぐかのような気持ちよさを感じた。
ゆっくりと閉じていたらしい目を開き、見知らぬ天井を目の前にする。
「あれ……ここは……」
「おや、目を覚ましたようだねぇ」
どこからか聞こえた声にビックリして飛び起きようとしたとき身体に力が入らず重力に負けて何かから転倒した。
自分がどこにいたのかを理解する。
(僕……どうしてベットで寝ているんだ……?)
困惑し、周囲をゆっくりと観察すると一人の老婆と目が合う。
しわくちゃな顔に白髪の髪。優しそうな相貌をしたその老婆は近づいてきて自分の身体を支えてベットへと戻してくれた。
「あなたは……一体……」
「あたしゃ、ルーっていうもんさ……」
「ルーさん……」
「アンタ、森の中で何をしていたんだい? 森で倒れていたアンタをアタシのところで働いている奴が見つけたんだが……」
「森……」
一瞬にして、脳裏に焼き付いたあの恐怖の光景がよみがえる。
身体は恐怖で震えだして自らの肩を抱きしめた。
「どうやら、よっぽど怖い目にあったようだねぇ……まぁ、深くは聞かないであげるさね。それより、あんた名前は?」
「名前……」
そう、問われたときに思い浮かばなかった。
自分の名前が思い出せない。
「えっと……僕は……」
いくら考えて頭痛をこらえて思い出そうとしてもわからなかった。
「名前が思い出せないのかい? じゃあ、森にどうしていたんだい? ここらじゃあ、あんたのようなモンが入る森にしてはちょっと場違いな場所だよ」
続けての問いにも口を噤むしかなかった。
あの森になぜいたのかというのもわからない。
「もしや、記憶がないのかい?」
「…………すみません」
「こりゃぁ、困ったねぇ」
老婆の困った顔をみて、自分でもひたすらに混乱した。
唯一の記憶は森で襲われたことだけ。
でも、思い出す。あの時に僕は――
「ど、どうして僕……生きて……。斧で斬られて獣に食われたんじゃ……」
「獣? アハハハ。何の話さね。ここらへんじゃあ魔物の一匹や来やしないよ」
老婆の言葉に不可解さを覚えた。
「で、でも、確かに僕は!」
「ここの森は腐植の森って言われてるさね。人が食べるものも魔物が食べれる者さえ何もない毒の森とまで言われてるさ。こんな場所に足を踏み入れるのはよっぽどの馬鹿かアタシの店に用事があるやつだけさね」
彼女の言う言葉には嘘が感じられる要因はまったくもってなかった。
(夢でも見ていたのかなぁ)
そんなはずはなかった。かすかに残ったジワリとした痛みは確かに感じていた。
「それよりもアタシはアンタの存在に興味があるんだけどねぇ……」
「え」
「なんでもないさ」
一瞬だが、微かな小さな声でうまく聞き取れなかった。
「あの……どうして、こんなわけのわからない不審な僕を助けてくれたんですか?」
「なぁに、ただの人助けが趣味なだけじゃッて……アハハ」
趣味で人助けをする人がいるとはおもわなかった。
その幸運に命を救われたのかもしれない。
あの怪物は一体何だったのかというのは正直未だに気になってしまう。
「そんな暗い顔をするでない。腹も満たせば心も落ち着くじゃろう……っと噂をすればじゃのう」
部屋のところからどたどたと騒がしい足音が聞こえてくる。
「ママ、倒れてた子が目を覚ましたって本当!」
何とも淫猥なシースルードレスに身を着飾った20代くらいの女性が部屋に入り込んできた。
食膳のカートのようなものを部屋の小脇の机に置くとこちらを見て目が合う。
ゆるくウェーブのかかった金髪をなびかせ近づくとその頬に手を触れて自分の顔を自らの胸に埋もれさせた。
窒息する。
「よかったよぉ、よかったぁ!」
「おいおい、おまえさんが止めを刺そうとしてどうするんじゃわい」
「あ、ごめんなさい。それより、君名前は……」
「それがのう、おぼえてないようなんじゃ。どこから来たのかもじゃ」
「え、それって……」
「困ったじゃろう」
「そうね……」
親身になって悲しそうにしてくれる二人を見てると心が痛んだ。
傷の手当てや治療までしてくれた二人にはこれ以上迷惑はかけられない思いが募る。
「あのここに居座るのも申し訳ないので僕はこれでお暇させていただきます。これ以上は迷惑をかけられませんので」
「な、なにをいうのじゃ! 記憶のないのにどこへ行くというんじゃ? それにせっかく用意した飯もあるんじゃぞ」
「そ、そうよ! それに行く当てもないならウチにいればいいのよ!」
「良い提案じゃシェリー、ちょうど雑用係も欲しかったことじゃし、ウチで働くという名目でここで暮らせばええ」
「えっと、でも……」
「よいよい。いいから安心して記憶を取り戻すまで家にいればええ。衣食住は保証したるからのう。代わりに店の手伝いを頼む。等価交換じゃ」
強引さはあったけれど、その条件には魅力的なものを感じた。
働くという名目ならば納得もいくし今自分の素性もわからないまま外へ出たとしてもまた死ぬだけである。
「それにそんな恰好で外を出歩くのは危険じゃと思うがのう」
老婆が僕の全身を見ながら薄ら笑みを浮かべる。
さらに、胸に抱きしめたままのシェリーも自分のとある一部を見て頬を赤らめていた。
「え、うわぁああああああ!」
おもわず下腹部を抑えながら自分が裸であったことに気付いた。
「興味深いのう……」
「え」
「なんでもありゃぁせん。それで、そんな恰好で出歩くのかのう?」
再度の質問に否定もできなかった。
「お世話になります」
「ホッホッ、じゃあ、シェリーあとはまかせたのじゃ」
「はーい」
老婆のルーがその部屋から立ち去るとシェリーと呼ばれていた彼女と二人きりになった。
「では、まず着替えからで……ゴクリ」
シェリーが手にした明らかに女性ものの衣服と思われるのを手にして息も荒々しく近づいてくる。
「え、着替えは自分で……ちょ……ぁあああああああああああ! アッ」
彼女にそのままなすがままにされた。
この時自分はまだこの世界の真相を何も知らなかった。
この世界の真相を知るのはそれから数か月の月日が流れてからであった。
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