第3話
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「おとしゃん、変なのいっぱいあるねぇ」
はぐれないようにマリアと手を繋いで、シュートは市場へと向かった。
逃げると決めたはいいものの、シュートの持ち物は小さなリュックに下着が2枚と替えの服1枚、10年前にこの世界に来たときに持っていた学生証、そして首からぶら下げてる布袋に入った銅貨41枚、それがシュートの全財産だった。
とてもではないが、小さな子供を連れて逃走劇に挑めるようなものではない、なので旅に必要なものを見繕うため市場へと足を運んだのだ。
「ああ。ガラクタから掘り出し物まで色々あるぞ。蚤の市だからな」
「のみのち?」
「蚤の血じゃない、蚤の市だ。」
今日は月に1度の蚤の市の日だったのは幸運だった。
この世界では、商売をするのに国に大金を払う必要がある。
行商人のような、小規模なものならともかく店を構えるとなると庶民の給料3ヶ月分の費用を支払わねばならない。
だが、この月に1度の蚤の市は誰でも無料で商売に参加出来る。
庶民がいらなくなった物を持ち寄り小銭に替えようと躍起になって道行く人々に声をかける。
まぁ所詮は貧乏人が持ち込むものなので、大したものはないのがほとんどだが、たまに旅人に売る為の自家製の保存食だとか、お手頃な価格で買えたりするのでシュートは迷わず最初にここへやってきた。
「ねぇおとしゃん!ジャムだって!」
「ん?ああダメダメ、それは混ぜ物が多すぎる。うまくない」
「おとしゃん!弓は?かう?」
「武器は欲しいが、俺は弓なんか使ったことない。それに予算オーバー、ほら行くぞ」
マリアと二人、いろんな出店を冷やかしながら二人は蚤の市の奥へと進んでいく。
やがて、最奥にひっそりと店を構える老婆の元へとたどり着いた。
「ヒッヒ、いらっしゃあい」
しわがれた老婆の、おどろおどろしい声に怖くなったのかマリアはそそくさとシュートの影に隠れた。
「良かった、まだ生きてたか。流石に死んだと思ったぞアン婆さん」
「ヒッヒ、あたしゃ100まで生きるよォ」
「ん?じゃもうすぐだな。寂しくなるよ」
「「あははははは」」
大人たちの皮肉を交えたジョークはまだ幼いマリアにはよく分からなかったので、不思議そうにシュートとアン婆さんのやりとりを見つめていた。
「取り敢えず、ウメボシを10個ばかり包んでくれ。それとクリフトの奴は今日店を出してるかい?」
「あいよ。クリフトは見てないねえ、所であんたなんかやらかしたのかい?」
アン婆さんは探るような目付きでシュートの背に隠れたマリアをチラリと見た。
「婆さんには隠してもムダかもな。こいつはマリア、神子様だよ」
「神子様、ってあんた……」
アン婆さんが目をパチクリさせて絶句してる姿が面白かったので、マリアはクスクスと笑った。
「まあ、なんていうか、ヤバいだろ?だから俺はしばらく身を隠す。西に逃げるつもりだ。この情報を売ってもいいが、ちょっと危なすぎて洩らさない方がいいと思うぜ、婆さん」
「……ふぅん。こりゃあたしみたいなチンケな情報屋の手に余るね。ほら、ウメボシ2個まけてやるからとっととお行き。とばっちりはごめんだよ」
「悪いな」
銅貨3枚と引き換えに、ウメボシを詰めた袋を貰い、シュートとマリアはその場を後にした。
その後も、シュートは馴染みの店のいくつかに顔を出して情報を集めながら色々な物を購入していった。
「ねぇ、おとしゃん!にあう?」
「ん?うん、かわいいぞ」
マリアはとても目立つので、変装の為に子供服や染髪剤を買ってどこにでもいる茶髪の子供へとイメチェンしていた。
これで少しは誤魔化せるだろう。
「おとしゃん、お腹へった!」
「ん?もうすぐ昼か。そうだな……銅貨3枚で買える屋台ならいいぞ。好きなの選びな」
「ほんと!?うーん、どうしようかなぁ」
蚤の市には、様々な屋台が立ち並び串焼きやら汁物やらが、旨そうな匂いを放っていた。
その中でマリアが選んだのは、野うさぎの串焼きの屋台だった。
ワクワクした表情で銅貨3枚と引き換えに受け取った串焼きを、マリアはあーんと大きく口を開けてかぶりついた。
「んーっ、おいひぃ!」
「よかったな」
マリアが美味しそうに串焼きを頬張るのを眺めつつ、すっからかんになった財布を片手にシュートは溜め息を吐いた。
これでシュートは完全なる無一文である。
綺麗に串焼きを平らげてお腹一杯になったマリアはおねむのようで、うつらうつらとしている。
シュートはやれやれ、とマリアを抱き抱え「しばらく眠ってていいぞ」と声をかけた。
マリアは幸せそうに微笑んですぐさま寝息を立て始めた。
「さて、クリフトの野郎、いくら出すかね」
マリアを起こさないようにポツリと呟いてシュートは蚤の市を後にした。
そしてシュートが向かったのは、一等市民や貴族が利用する商店街の一角にある古びたよろず屋、の裏口だった。
この辺は、裕福な層が暮らしているのでシュートのような貧乏人が表を歩くとすれ違った人にイヤな顔をされる。
それに目立ちたくないので、裏口へと向かったのだ。
シュートはマリアを抱えつつ、片手で扉をノックした。しばらくすると、ずんぐりとしたチビの赤っ鼻オヤジがドアを開いた。
「ん?シュートか、なんの用でい!」
「おいクリフト、子供が寝てるんだ。デカい声を出すなよ」
「うるせえ!おめえのガキか?いつの間にこさえやがった?」
「どうでもいいだろ。それより、"アレ"を売る。いくら出す?」
「な、なんだと!?ついに決心しやがったか!今持ってんだろうな?」
「当たり前だ。」
クリフトと呼ばれた赤っ鼻オヤジはしかめっ面を一変させてニコニコとシュートを中へと招き入れた。
「まずは物を見せろやい」
クリフトがドスン、と乱暴にソファーに座った事でかすかにホコリが舞ったがシュートもクリフトも気にしない。
クリフトの対面にあるソファーにシュートは腰を降ろして自身の膝を枕代わりにスヤスヤと眠るマリアを横たえた。
そしてシュートが懐から取り出してテーブルに置いた物、それは
「お、おお!"ガクセイショウ"!信じられないほど精密な印刷技術もさる事ながら、このケースも材質が全くわからねぇ。俺の鑑定魔法でも分からねえものがあるなんて信じられねえぜ!」
興奮したクリフトが手を伸ばし、その手が学生証に触れる前にシュートはサッと取り上げた。
クリフトの顔が思わず歪み、シュートをギロリと睨み付ける。
「そう恐い顔するなよ。これは俺にとって正真正銘、最後の切り札なんだ。交渉成立前に下手な小細工されちゃ困るんでね」
「ちっ!……いくら欲しい?」
「金貨」
「はっ!?ふ、ふざけるんじゃねえ!せいぜい銀貨5枚だ!」
「ふむ……銀貨6枚、それと冒険者装備一式、この子の分もな」
「……中古品のワゴンからでいいか?」
「いいだろう。交渉成立だ」
丁々発止の畳み掛けるような交渉で、シュートの学生証は銀貨6枚と中古品冒険者装備大人用、子供用という結果に化けた。
大人達の欲深いやり取りがうるさかったのか、マリアはむにゃむにゃ言いながら目を覚まし、愛くるしい仕草で目をパチパチさせた。
「お?起きたか、マリア、今から冒険者用の装備を選びに行くぞ」
「ぼーけんしゃ!?」
「ああ。魔物や盗賊に襲われるかもしれないからな。武器や防具は必要だろう?」
「うんっ」
すっかり目が覚めたマリアはシュートと手を繋いでノシノシ歩くクリフトの後ろをとてとて歩いて着いていった。
クリフトの店はよろず屋、日用品から冒険者向けの装備品、果ては貴族用のハンカチなどなんでも揃っていた。
専門店ほど質は良くないが、一級品でなければ不味いわけでもなくシュートにとっては品揃えがよければ問題なかった。
「ミスリルは流石に無理だ、他のもんならワゴンから適当に好きなもん選びな。武器はそっちの壁に立て掛けてある分で全てだ。」
クリフトはそれだけ言うと、カウンターにのっそりと座ってシュートとマリアをジッと見つめた。
約束以外の商品を盗まないか見張っているのだ。
「よし、いいかマリア。お前は小さいから金属で出来たやつじゃなくて布で出来た防具を選べ。お前が持てそうなスモールシールドと短剣か短杖を見繕ってやるから、その中から気に入ったのを選びな」
「はーいっ」
またまた明るく元気に返事をして、マリアは山のように積まれた二級品のワゴンに頭ごと突っ込んだ。
マリアの姿に苦笑しつつ、シュートは壁に立て掛けられた小盾へと目を向ける。
ヤードウッドという堅い木で作られたウッドシールド、シルバークレイでつくられた軽量ながらも柔軟性に優れた偽銀小盾、魔法軽減機能を持ったマジックシールド、マリアが持てる盾はこの3つくらいだろう。
さて武器の方は……残念ながら、短剣は包丁のようなものしかなかったので武器としては論外。
短杖はささやかな風を起こすシルフィーロッド、小さい魔力弾を発射出来るマジックロット、この2本だけ。
「きめたーっ、おとしゃん!まりあこれにする!」
マリアが選んだのは、フォレストスパイダーの糸で編まれた緑色の鮮やかなワンピースだった。
「ちっ、嬢ちゃん、良い目してんなぁ。そいつはデザインはちと古いがかなり質が良い。俺はエルフが使ってたもんじゃねえかと睨んでるが確証がないから二級品に入れてる。悔しいがいい目利きだ。」
価値のありそうな装備をマリアに選ばれて悔しそうな嬉しそうな顔でクリフトはうんうんと頷いている。
「気に入ったのがあって良かったな。マリア、盾と武器をいくつか選んだからこっちからも好きなのを選びな」
「はーい!」
さて、マリアの装備が終わったら今度はシュートの分を選ばねばならない。
先程のマリアと同じように二級品のワゴンを混ぜ返しながら吟味する。
「あれえ?おとしゃん、それ……」
シュートが防具を選んでる最中、マリアが不思議そうに声をあげた。
「ん?これか?何かの魔物の毛皮で作った胸当てだな。」
「んぅ~……それ、生きてるよ?」
「は?」
眉間にシワを寄せて灰色の胸当てをジーっと見つめるマリア、シュートには他の毛皮防具との違いが全く分からない。
それに、生きてるってなんだ?と思ったが神子様のマリアが気になるくらいだから何かあるのかもしれない。
「これにした方がいいと思うか?」
「うん」
「じゃあ、そうしよう。他に何か気になるものはあるか?」
「えっとねぇ、それ!」
マリアが指差したのは、壁に立て掛けられた短剣というか包丁の中でも一際小振りな黒鉄のナイフだった。
「これ、か……?ただのナイフのようだが。何が気になるんだ?」
「うーんとね……なんか、すごく強い?」
マリアの言葉にシュートは困惑した。
黒鉄とは、どこでもとれるありふれた金属で鉄より若干脆く壊れやすい。故に、どちらかと言うと日用品の中でも黒鉄製のものは低ランクな品質であまり高くない。
だが神子様たるマリアは、この黒鉄のナイフがよりにもよって「強い」という。
先程マリアの目利きを褒めたクリフトでさえも、なんでマリアがこんなちゃちなナイフに引っ掛かるのか理解できずに不思議そうな顔をしている。
「……ま、神子様のお導きってか。信じてみようかね」
クリフトに聞かれないよう小声で呟いて、シュートはそれを武器に選んだ。