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Act.9 四人の名刺と二人だけの入学式

 佐々木はベッドに横たわっていた。顔を傾けるとよちよちとペンギンが廊下を横切っていくのが見えた。それでショアライン総合病院だとわかる。


 赤みがかった髪の活発そうな看護師が佐々木の病室に入ってくる。


「あら、目が覚めたのね。痛いところはなーい? ご存じ、はすみんよ」

「初対面だったかと思います」


 スラリとした彼女の足の後ろには隠れるようにネクタイを締めたペンギンが付き添っていた。ペンギンがぺちぺちと佐々木に歩み寄る。


「彼は医院長代理のニブ・ショアライン三世」

「お会いできて光栄です、ニブ医院長代理」


 佐々木が握手を求めてニブに手を差し出す。


「ノリが良い子は好き。でもフリッパーの一撃に気を付けて、骨を折られることもあるから」

「え、そんな生き物が平然と徘徊してるんですか?」


 はすみんを名乗る看護師はケラケラ笑う。『蓮見』という名札が胸で押し出されている。ベッドの傍まで来ると彼女は前屈みになって佐々木の顔を覗き込む。重力に従い、ぶら下がる胸。


「乳首の位置だと思った? 残念、2センチ程ずれてまーす」

「そんなこと考えてないです」

「ほんとにー?」

「本当です」


 そっぽを向く佐々木の頬をつつく。


「佐々木君はからかいがいがあるわー」

「すごい勢いで距離を詰めてきますね」

「ほら、私って君も知っての通りグイグイ行くタイプじゃない?」

「初顔合わせです。それより僕はどれくらい寝てました?」


 ベッドサイドに備えられている三段ラックに手を伸ばす蓮見。引き出しの一段目から彼女は四角い紙片を四枚取り出した。

 蓮見はベッドの端に腰かけ、足を組む。


「三日ね」


 入学式は終わっていた。けれど、これでよかったかもしれないとも思った。少なくとも父兄が不参加という、負い目を感じることはない。


 四枚のカードを扇形に広げて見比べる蓮見。


「あの……、それは?」

「知りたい? 知りたいかー。じゃあ教えてあげるね。佐々木君のお見舞いに来た人が置いていった名刺なのだー」


 手札を切るように蓮見が一枚を差し出す。


「まず佐々木海斗は君のお兄さんね。イケメンだとは思うけど、私のショタセンサーは素通りね」


 次の一枚が枕元に置かれる。


「椎名隆月は君の友達。ギリアウトー」


 三枚目がとどめのように叩き付けられる。


「そしてお巡りさん。ノットショタ。みんな君の容態を確認し、骨折のみと聞くと目が覚めたら連絡するよう言伝てを残して帰って以降一度も来ていないわ」

「揃いも揃って合理主義ですから……」


 何かを察知した蓮見が残りの一枚を伏せて立ち上がる。


「それに対してー」


 蓮見が一度外に出ていく。すると慌てて走り去る音がした。ひょひょひょ、という蓮見の奇怪な笑い声。「きゃーっ!」と若い女の子の悲鳴は病室にまで聞こえてきた。


 佐々木は名刺を片付けようと拾っていく。伏せられていた名刺をめくると『緋扇陽介』と書かれていた。


 蓮見が顔を真っ赤にした蒼華を抱えて戻ってくる。彼女は妙見院学園の制服を着ていた。


「今しがた捕獲したこの子は、ここ最近毎日この辺りで見かけるわ」


 蒼華はばつが悪そうに口をモゴモゴさせて目も会わせない。


 佐々木は苦笑した。


▼△▼△▼△▼△▼


「蛭間さん、悪趣味ですよ」


 蒼華は混乱する。目の前にいる男は、ブライアンと言い争っていた込宮で間違いない。するとおもむろに蛭間と呼ばれた人物が顔の皮をズルリと剥がす。すると別の顔が露になった。


 エラの張っていた込宮とは違い、男は細面だった。乱れたオールバックを片手で撫で上げて整える。切れ長の三白眼で佐々木たちを見下ろした。


 被っていた込宮の顔を無造作にその場へ落とす。それは徐々に縮んでいき、一匹の黒い蛭に変わった。


「込宮の顔をしていたということは接触して吸い出せたんですね」


 佐々木の言葉に蛭間は「ばっちりよ」と宣った。蛭間が胸ポケットからハンカチを取り出して佐々木に投げた。蒼華もそのハンカチには見覚えがあった。


「お前の言う通り病院のベンチからハンカチを回収したら火の犬ッコロが現れて、俺を込宮のところに案内してくれたよ」

 ギョロ目の中年が「初めは何のファンタジーの話かと思いやしたぜ」とせせら笑った。


 佐々木は椎名と連絡がとれないとわかると次は蛭間に電話をかけた。対立組織の込宮の居場所を教えることを持ちかけ、見返りに助けてほしいと。

 ハンカチについた蒼華の匂いを辿らせてユウケンと蛭間を合流させ、込宮の元に案内させることに成功した。


「しかしまあ、ズタボロにされたなあ。おい、万丈、やれそうか」

「やってみます」


 紐で縛り上げられたブライアンが廃屋から運び出された。促されてその場にいた全員が佐々木とギョロ目の近くから離れる。


「何をしてるんだ」と蒼華は蛭間に尋ねたが「良いから見てろ」ととりつく島もない。すると万丈が懐から美少女フィギュアを取りだし、左腕をへし折った。それから横たわる佐々木の頭の先の地面にフィギュアを突き刺す。


「本当に何をしてるの!?」

「回復」

「どうしてそうなる!?」


 場の雰囲気が変わった。木々がざわめく。急にそわそわと蒼華の心は落ち着かなくなり、見れば鳥肌が立っていた。

 万丈が佐々木から離れる。


アルターポーテンス、お隔離世様(ララバイ)


 フィギュアを中心に緑色の境界線が現れた。四隅の地面が競り上がり、人の形をなす。和服を着た半透明の少女の姿がそれぞれの土くれに投影される。境界をなぞるように同時に動く土の少女たち。何か童歌が聞こえてくるが、歌詞が聞き取れない。


 すると佐々木の頭上にくちばしがある毛玉が現れる。飛び出したような大きな眼球は常に違う方向を見て、せわしなく動いた。ゲッゲッと上擦るような鳴き声を上げている。


 淡い光に包まれた佐々木の怪我がみるみるうちに治っていく。傷が塞がるにつれ、美少女フィギュアが火を点した蝋のように溶け落ちる。


「万丈の能力は、怪我やかけられた能力を触媒となる人形に移すことで治せる。発動の中心となる場所は土の上に限られる。コンクリートは含まれない。怪我を負った現地でやるのが一番効果がある」


 くちばしを持つ毛玉がいなくなると光が消えた。人の形をした土が崩れ去る。万丈はもはや原型がないフィギュアを回収した。


「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」

「ブライアンに無傷で勝ったってのは流石に無理があるからな。左腕の骨折は自力で治せ」


 蛭間がタバコをくわえて黙ると、万丈が補足する。


「坊っちゃん、わかってるとは思いやすが疲労はがっつり残っちまう。体が治ったからと言っても、無茶をしたなら相応の覚悟してくだせい」

「いろいろすいません、万丈さん」


 蛭間が踵を返して、明かりのない林の方に歩き出す。それについていく部下たち。


「じゃあ警察が来る前に俺らはずらかる。ブライアンは引き渡せ」


 だが込宮はダメだ、と蛭間。


▼△▼△▼△▼△▼


 サボりがバレた蓮見が同僚に連行され、蒼華と二人きりになる。


「今回は蒼華の身勝手な行動で佐々木殿に怪我をさせてしまい、本当にごめんなさい」

「いいよ。君が悪いわけじゃない」

「でも、佐々木殿の入学式をご両親は楽しみにしてたんじゃ」


 どうだろう、と佐々木はとぼける。けれどその機微を蒼華は何となく感じていた。


「そう言えば緋扇さん、妙見院学園なんだね。護剣寺の傘下だから師水館学園かと思った」


 蒼華は何か思い出したように、鞄をあさる。青い封筒を取り出し、佐々木に手渡す。


「それ、配布された書類」

「書類? 学校で配られたの?」


「蒼華……、同じクラスだったから、その、預かった……」


 彼女はしどろもどろになって説明する。佐々木は顔をほころばせた。


「そうなんだ。ありがとう。緋扇さんが一緒なら良かった。完全に出遅れた気でいたから」


 蒼華も! と一際大きい声を出す。


「蒼華も佐々木殿と同じクラスで嬉しい」

「ねえ、緋扇さん。名前で呼んで良い?」


 名前で!? 蒼華の体がビクッと一度、跳ねる。


「いや、佐々木殿がそうしたいなら、構わない。じゃあ佐々木殿の名前は?」

「僕の下の名前は陸っていうんだ。ササキリク。でも仲が良い人は僕を『キリク』って呼ぶよ」


 キリク。蒼華が口ずさむ。


「キリク殿」

「何? 蒼華ちゃん」


 佐々木は何気なく聞き返したつもりだった。けれど彼女が続けた言葉は不意打ちに他ならなかった。


「入学おめでとう」


 蒼華は満面の笑みでそう言った。

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