Act.8 チームと決着
浮遊していたキュービックムーンが続々と落下していく様を壁に寄りかかって佐々木は眺めていた。
「まだ勝ち誇るなよ、ブライアン・ウォード。僕たちはチームだ」
ブライアンの背後をとった蒼華が拳を振りかぶる。「お前は、また蒼華の大切な人を!」。蒼華が泣き叫ぶ。
この特攻をブライアンは予想していた。振り向き様に蒼華を打ち払う。すかさず来るであろう追撃に備えるブライアン。
この発想にブライアン自身が驚愕する。蒼華に能力を使わせていない筈だった。分身との連携を前提にした警戒は論理的な思考ではなく、ブライアンの歴戦の勘による行動に他ならない。
実際、二人目の蒼華は上半身をよじったブライアンを地面スレスレの低い位置から狙っていた。
いつ能力を使った? 能力を使えば煙が広がり否応なくブライアンの警戒網に引っ掛かった筈だ。疑問に答えは出ない。
ブライアンは蒼華を迎え撃つべく、体勢を戻そうとする動作に勢いを乗せて薙ぎ払いにかかる。
蒼華とブライアンの雄叫びが重なった。
遠心力が加わり速度を増したブライアンの方がかろうじて早かった。リーチの差もある。蒼華の拳が届くより早く豪腕が振るわれた。
手応えのない煙が散った。
ブライアンのものではない血が垂れ落ちる。蒼華はキュービックムーンに逆さ吊りになっていた。それは上階から重圧をかけていた疑似天体だった。足場を蹴り、蒼華が跳ねる。彼女は最後の勝負を仕掛けた。
「本体だったのか」
「佐々木殿が命をかけたのに、私が今更痛みを恐れるものか!」
四角い月の底は黒い面に切り替わった。光は照らした蒼華の体を加重する。
アルターポーテンス、繚乱七火撰
蒼華は力を底上げする煙幕、火熊を展開する。彼女を見失ったブライアンの突き出した拳が手応えを得ることはかなわなかった。
煙を抜けた蒼華の拳はブライアンの顔面を捉えた。彼の体が大きく反り返ってもその勢いは止まらない。ブライアンの巨体はなすすべなく地面に叩きつけられた。
反動で一度だけ跳ねて、そして動かなくなった。
「佐々木殿ッ!」
蒼華が駆け寄る。
佐々木は小刻みに息をしていた。全身にくまなく激痛が走る。しかし火の手が回っているので蒼華は佐々木を無理矢理担いでブライアンの開けた穴から外に出る。佐々木は小さく呻いたが、歯を食い縛って耐えた。
木の根もとに佐々木を横たわらせる。
「気付いてもらえてよかった」
佐々木は力なく笑った。
天井から崩落する瓦礫を無数のキュービックムーンに変換したとき、いくつかの疑似天体は蒼華を取り囲む形で配置された。
多方位からの加重を受けたことで意図を汲んだ蒼華は繚乱七火撰を起動した。頭上で発破をかけて煙幕に包まれた直後、キュービックムーンの重力により煙の粉末が拡散することなく沈殿。ブライアンの目を掻い潜り、雷鼠で分身を作ることに成功する。
さらに複数の四角い月が死角を作り、ブライアンへの接近をアシストした。
佐々木は報道されていた能力を鵜呑みにせず、ブライアンが右腕でもナックルオンスロートを撃てることを想定していた。そしてブライアンは確実に致命傷を与えられる一撃を佐々木にぶつけてくることを読んでいた。
その結果が現状だった。ざまない。佐々木は自嘲する。
「佐々木殿、しっかり!」
蒼華が佐々木の手をとる。擦り傷に障った。蒼華が嗚咽を漏らす様を見て、よほどひどい有り様なのだと佐々木は悟る。きっと赤黒いぼろ雑巾みたいになっているんだろうなあ、と頭は冷静に働いていた。
泣いてほしかったわけじゃないのに、僕は駄目だなあ。佐々木は一息吐いた。佐々木殿? 佐々木殿! 繰り返し名前を呼ばれるのが聞こえて、佐々木の意識は遠退く。
「ブライアンが伸びてらあ!」
蒼華が目を向けると、ガラの悪い男性五人が林を抜けて出てきた。その中に込宮の姿があった。
くわえたタバコを口から外して「確保しろ」と込宮が命じる。
束ねたロープを担いだ男とガタイの良いメガネの男が室内に取り残されたブライアンの元に向かう。
ギョロ目の中年と若い組員が佐々木と蒼華に歩み寄る。蒼華は佐々木を守るべく、男たちの間に入った。
「この人に手を出すな!」
蒼華が睨み付ける。込宮は「丁重に扱えよ」と釘を刺した。
若い男が蒼華を取り押さえて引き剥がす。「アニキ、ロリってどう思います」と若い男は込宮に声をかけた。
「下らねえこと言ってないで端に避けとけ」
込宮は見向きもしない。
繚乱七火撰で無茶な強化をした反動で蒼華は体に力が入らない。それでも足掻いた。
「離せ! くそ! 離して!」
「大人しくしろ! アニキたちの邪魔になんだろうが」
蒼華の抵抗など意にも介さず、ギョロ目の部下が佐々木の近くに腰を下ろす。そして「坊っちゃん、坊っちゃん。でーじょぶか?」と呼びかけながら、手の甲の側で軽く佐々木の頬を打った。
佐々木がうっすらと目を開ける。見下ろす込宮を見て、佐々木は笑って言った。
「蛭間さん、悪趣味ですよ」