Act.7 佐々木とブライアンの勝敗
「良いじゃねえか、どいつもこいつも粒揃い!」
ブライアンの威勢に気圧される佐々木。なんてタフネスだよ。ブライアンから目を離せないまま、蒼華の体をキュービックムーンで端へ端へと引っ張っていく。
「お前、師はいるか?」
佐々木はブライアンの突然の質問に面食らった。
「会話くらいしてくれても良いだろ? 俺嫌われてんの?」
ブライアンは調子よく宣う。もちろん佐々木としても彼が好きではない。ただ能力からも分かる通りの直情型の男。ある意味、真っ直ぐで純粋と言える。ゆえにブライアン・ウォードという人物は手に負えない邪悪なのだ。
先の質問にも深い意図はない。そう佐々木は判断して短く返した。「師はいる」。
「誰だよ。勿体振らずに教えろよ」
「教えて何になる」
「お前を殺して、次は師匠を殺す。戦い方を見てわかったよ。お前に能力の使い方を教えたヤツはイカれてる! ってな」
歩み寄るブライアン。威嚇しているつもりは無いのだろうが、能力の条件を満たすべく、彼の動作は常にがさつで歩けば逐一何かを踏み壊す。
そういう生き方をブライアンはこれまでしてきたのだ。
「その立方体は力でお前の体に干渉してる。言わば見えない糸で動作をアシストしてる状態と見た。お前は自身を操り人形にしてる。壊れることも省みないと言った具合に。だってそうだろ。お前のそれは身体機能を補助してるだけで、お嬢ちゃんみたいに強化しているわけじゃあない」
賢しいなブライアン。佐々木は顔色を変えないことを意識した。
ブライアンの指摘通り、アクセルミィーティアは強化し、肉体に補正をかけるものではない。蒼華がブライアンの拳を硬度と膂力を強化して受け止めたような真似は出来ない。
一撃でもまとも食らえば佐々木の体は壊れるだろう。それが現実。情けないが、ブライアンの隆起した筋骨を殴り付けた左手の拳はおそらく折れてる。腕の骨が無事なのは運が良かったに過ぎない。
「そんな戦いを止めなかったどころか、洗練された体の動きを見る限り、師は鍛練に荷担したんだろ? んん? それがイカれてなくて何がイカれてると言うんだ、おい」
佐々木の前にブライアンは立ち塞がった。切り立った崖を前にしているような印象を佐々木は受けた。
「最ッ高じゃないか。てめえの師も同じように己を省みず戦う口だろ。違うか。なあ? 違わねえだろ」
ブライアンは横暴の権化だった。既に廃屋全体に回った火に照らされるブライアンの表情には、今が愉しくて仕方ないという精神が表れている。
「だから次は師匠だ。師匠を殺す」
「師の名前は椎名隆月」
シイナタカツキ。ブライアンは反復する。シイナタカツキか。ブライアンは愉快そうに笑った
「無駄だよ」
佐々木が水を指す。
「あなたでは椎名さんは殺せない」
「あとで試してみるよ」
そう、と佐々木はぶっきらぼうに言った。「ちょうど良い。僕の質問にも答えてよ」。ブライアンは「なんだよ。何が聞きたい?」と機嫌良く受けた。
「込宮と何故、決別したの」
「別の組織に誘われたからさ。捕まる前にオファーがあったんだ。辛気臭いヤクザよか楽しそうだから移籍を決めたんだ」
「組織の名前と目的は?」
「十鍵章機関とか言ってたぜ。目的は知らねえけど、大きな戦いに備えてるって言ってた。聖杯がどうとか」
聖杯? 佐々木は首を眉をしかめる。
「そろそれ良いかい? 良いよな! 行くぜ!」
ブライアンが殴りかかる。佐々木が避けたのを見るや否や、腕を振り上げて追撃に変える。当たらなかったことを安堵したのもつかの間、蹴りが飛んで来る。瓦礫が飛び散る。
力業のみの殴打の連続。丸太をがむしゃらに振るような原始的な暴力にも関わらず、容易に踏み込めない。物が飛び交う嵐みたいだと佐々木は思った。
壁を蹴破るブライアン。必殺のナックルオンスロートを効果的に使うべく温存していることが伺える。
降り下ろされた拳を佐々木はバックステップで避ける。地面直前で寸止めし、余力を前進する力に変えてブライアンが前傾姿勢で突っ込む。
後退より前進する方が速いのは必然。ズームするようなブライアンの突進を佐々木はキュービックムーンによる引き寄せで無理矢理、自分の軌道を変えて左方に逃げた。
ブライアンがすかさず、コンクリート片を蹴り上げる。それは蒼華を狙っていた。間一髪、彼女は避けた。蒼華が煙玉を取り出したのを見たブライアンの牽制だった。
「お嬢ちゃんの能力の発動タイミングは初動でバレバレなんだよ。仮に発動しても広がる煙を確認しようものなら、俺は最大限警戒するぜ」
抜け目がないのはブライアンも同じだった。
しかしブライアンは気付く。蒼華に付き添い、守っていたキュービックムーンの所在がわからない。
そのとき建物が大きく揺れた。
ブライアンの視線は音を立てる天井に向けられる。頭上にヒビが走っていく。四隅に割れ目が到達するなり、天井は抜け落ちた。ブライアンの視界にコンクリートの固まりが蓋をする。
防御に回していたキュービックムーンを壁に開けた大穴から外に出し、上階に移動。負荷をかけて崩落を誘発させたと言ったところか、と見当を付けた。
ナックルオンスロートを無駄打ちさせる為の策だとわかっているが、黙って圧し潰されるわけに行かず、ブライアンは否応なくナックルオンスロートを放った。
粉砕。埃の雲を抜け、大小の破片が雹のように降り注ぐ。仕掛けて来るならこの機会を逃さない。
ブライアンの読みは間違っていなかった。ただ、予想とは大きく異なった。
アルターポーテンス、六面体の威光
中空にあるものも含め、打ち砕かれたコンクリート片が纏まりキュービックムーンに変わる。
ブライアンはその光景に目を見開いた。視界に無数の四角い月が広がる。
「多重重力結界、月面神殿展開」
後ろを振り返ると地球の重力に反して、四角い疑似天体の側面に佐々木が直立していた。
「水平方向に落下してちゃんと着地出来るようになるまでに二ヶ月かかった」
ブライアンを取り囲む大小のキュービックムーンの力に呼応し、小さな破片がスペースデブリのように浮遊する。
「ここは僕の作り出した小宇宙だ」
明滅を繰り返す立方体の月と四方八方から不規則にかかる力。ブライアンの感覚は異常を来たした。三半規管がおかしくなり、脚も覚束ない。
アクセルミィーティアによって、力を中和することで佐々木だけがその中で影響をほぼ受けずに活動することができた。
ブライアンは何かしら呟いている。
止めを刺すべく佐々木はキュービックムーンを離れ、ブライアンに接近していく。足場を蹴るたびに、ブライアンの小言がはっきりと聞こえるようになっていった。
「一発で良い。俺は一発ぶちかませばそれで良いんだ。平等じゃない」
ブライアンの目に浮かぶのは迫り来る佐々木に対する恐怖ではなく、あくまで闘争心だった。
右腕を振りかぶり、迎撃の構えを見せるブライアン。その表情は自信と狂喜に満ち溢れていた。
「ナックルオンスロートは左腕でしか撃てないって俺、言ったっけ?」
長袖をめくり上げて右腕を覆う蛍光ピンクの回路を見せつけるブライアン。光が強く強く輝きを増していく。
ブライアンもまた謀っていた。ナックルオンスロートを無駄打ちさせれば必ずその隙を突く筈だと。
先の一撃を鑑みれば佐々木は既に衝撃波の射程圏内に入っていた。軌道修正はもう間に合わない。
「キュービックムーン、ガードしろ!」
佐々木は一際大きい疑似天体を重ねて盾にする。
無駄だよ。ブライアンの声が遠くに聞こえた。
「ぶちまけろォ、ナックルオンスロート!!」
立方体の月は砕け、佐々木はナックルオンスロートを正面から食らった。