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Act.6 月と明滅

「佐々木殿! どうしてここに」


 駆け寄ってきた佐々木に蒼華が問う。


「ユウケン君に連れてきてもらったんだ」


 ユウケンが……。蒼華が呟く。しかし今ユウケンの姿はない。陽介はもう……。胸の底に沈んでいた暗い濁りが巻き上がる。


「それよりこの四角い石に掴まって、早く」


 病院の庭石を変換した疑似天体を佐々木は指差すが蒼華の反応を送らせた。


 破壊音。ブライアンを拘束していたキュービックムーンが地面に砕けて転がっている。ブライアンはさも痛そうに右手をブラブラと振っている。


 僕の支配力で固めた石を素手で壊すとはね。佐々木の笑みはひきつっている。


「噂に違わぬ怪力だよ全く」


 佐々木は舌打ちし、蒼華の手を取ると距離を詰めてくるブライアンの攻撃を避けた。地面が砕ける。跳ねた岩が佐々木の方を掠める。蒼華はそれを見て、集中することを思い出す。せめて佐々木だけでも助けなければ。


 空振りするや否やブライアンはすかさず病院の庭石を変形させたキュービックムーンを殴り付けた。まさに右腕のみで砕かれるさまを目の当たりにして佐々木は冷や汗をかく。「良い勘してるね」。


 ブライアンは余裕の笑みを湛えている。佐々木の作り笑いとは違う心からの笑顔。佐々木はたじろぐ。


 壊されたものを惜しんでいるわけに行かず、周囲のコンクリートから新たな四角い疑似天体を二つ作り出す。


「ごめんね。助けに来たつもりなんだけど、ちょっと切り抜けられそうにない。一緒に戦ってくれないかな」

「無論」


 蒼華が煙玉を構える。


 あー。ブライアンが気の抜けた声を出す。


「女子供が血眼で俺に挑んでくるって言うことはさ、やっぱ怨恨かい?」


 ブライアンの挑発に蒼華は眉を吊り上げる。「抑えて」。佐々木が制した。

「冷静さを欠いちゃダメだ。悔しいけど、この男は僕らよりずっと強い」


「嫌だねえ、冷静な子供ってのは可愛いげがない。ダメだ。ダメすぎ」


 ブライアンが地面を蹴る。「ぶっ壊す」。蒼華が複数個の煙玉を叩き付け、煙幕に包まれる。迷わずブライアンは煙を突いた


「陰兜!」


 煙が晴れると右ストレートを受け止める蒼華の姿が露になる。「硬ェ」。これにはブライアンも驚きを隠せない。


 しかし冷静に考える。室内に向けて殴り飛ばしたパワーに加え、今は硬い。共通する起点が煙玉。おそらく煙を浴びることを条件に強化する能力といったところかとブライアンは推測する。ただの強化か? ブライアンは二人の蒼華に襲われている。警戒するに越したことはない。


「緋扇さん、すごい!」


 緋扇? と口ずさんでブライアンが眉をしかめる。そして得心がいったとばかりに「緋扇ね!」と叫んだ。


 右手でブライアンは顔を覆う。それから芝のような短い髪をかきあげた。


「覚えてるよ。俺の護送を担当してた警官の名前だ。なるほどね、納得した。だからその気迫。じゃあ、ちゃんとやらなきゃな、お嬢ちゃん」


 大きく振りかぶった拳を突きだす。


「アイツに顔向けできないようなケンカしてくれるなよ!」


 ブライアンの拳が空を切る。蒼華は四角い月に引き寄せられていた。ブライアンのときのような水平方向へな急速移動ではない。引き寄せる力は調整され、蒼華は多少脚を張っているが体勢を崩してはいなかった。


 この事態を引き起こした佐々木をブライアンは睨む。


「厄介だな。お前はサポートタイプの能力者か。アタッカーがお嬢ちゃんで役割分担が出来てる、と」


 んん、と佐々木を見て何か気付いたブライアンが首をかしげる。そして「くく」と短く笑った。


 佐々木は長引くのは不利だと考えている。蒼華とはあくまで即席のコンビネーション。どこまで通用するかわからない。何より物体を壊す機会を与えることは業腕壊力(ナックルオンスロート)の力を底上げしてしまう。


 ブライアンの左腕に蓄積された破壊のエネルギーを発散させる間もなく仕留めることは難しい。ならばせめて無駄打ちさせなければ。佐々木はキュービックムーンの一つを蒼華の頭上に配置する。


「緋扇さんは今まで通り戦って。僕が援護する」


 その言葉を信じて蒼華がブライアンに挑む。体が軽いことに彼女は気付いた。


 佐々木の六面体の威光(キュービックムーン)は石を変換して作り出した四角い疑似天体を媒介に重力を操るアルターポーテンス。

 各面が光の粒子を放ち、それを受けたものに干渉できる。


 蒼華を照らす白色の粒子は重力を軽減する。もともと速さに一家言ある彼女はブライアンを翻弄する。佐々木もキュービックムーンをブライアンと一定の距離感をとって浮遊させる。


 背後をとったとき、蒼華は殴りかかった。


「キュービックムーン。攻撃に加重せよ」


 タイミングを合わせた佐々木がキュービックを蒼華の拳の上に移動させた。黒い光が包み込む。


 一手遅れて対応しようとするブライアンは上半身の捻りを加えた殴打を繰り出す。それを佐々木は配置しておいた疑似天体に向けて腕を引き寄せ、ブライアンの攻撃の軌道を変える。


 破壊の左腕が来る前に蒼華の一撃が無防備となったブライアンの顔面にめり込む。ごふっ、と口内の空気を吹き出し地面を転がるブライアン。


 しかしブライアンはすかさず石を掴んで立ち上がり、蒼華に駆け寄る。並走を試みるキュービックムーンに向けてブライアンは石を投げつける。佐々木は黒い光を当てて対応するが、石に遮られてキュービックムーンの効果が半減。ブライアンは蒼華に到達する。


 ブライアンと蒼華の拳の応酬となる。


「ここまで近付くとお前の光はお嬢ちゃんにも効果を及ぼしちまうから手が出せないようだな!」


 せめてナックルオンスロートを警戒して、ブライアンの左側と蒼華の背後にキュービックムーンを配置する。


 能力の性質上ブライアンは片手。しかし運動量で攻める蒼華に対し、ブライアンは大振りで牽制する。キュービックムーンを踏まえて適切な距離感を保ちつつ、当たれば大ダメージを免れない一撃を打ち続ける。


 蒼華のアルターポーテンス、繚乱七火撰は自分で調合した煙玉から出た煙を浴びることで身体能力等を倍に強化する七つの効果を発揮する。煙による強化が適応されるのは蒼華のみ。


 しかし今、蒼華に煙玉を使わせるいとまをブライアンは与えない。加えて、両手が使えるというアドバンテージがあるにも関わらず左腕を警戒して蒼華の注意は散漫になっている。


「ナックルオンスロートは、相当怖かったようだな」


 ブライアンがニヤリと笑う。しまったと思ったとき、とうとう蒼華をブライアンの拳が打ち据えた。背後にあるキュービックムーンで蒼華の撤退を試みるが蒼華の体が倒れ、光の範囲から外れてしまう。

 好機と見たブライアンが間合いを狭め、腹部を踏みつけた。鈍い音を蒼華の悲鳴がかき消した。丸太のような脚が蒼華を地面に押さえ付けて離さない。


「チェック、だな」


 ブライアンが佐々木を見やる。


「これから壊す気でいるんだけど、お前は見殺しにする感じ?」

「その選択肢はないよ」


 嬉々として舌なめずりするブライアン。


「だよな。お前、強いもんな」


 佐々木が周囲のコンクリートを手当たり次第に小さなキュービックムーンに変換する。


「それは正確ではないよ。戦えないことはないって程度さ。三人で混戦したら緋扇さんの邪魔になりかねないからサポートに徹することにした」


 佐々木を囲う四角い疑似天体群は黒と白の明滅を繰り返す。


 それを見たブライアンは佐々木の抵抗を誘うようにゆっくりと脚を上げていく。そして虫けらを潰そうとするように容赦のなく力なく横たわる蒼華に踏み込む。


「キュービックムーン・アクセルミィーティア」


 キュービックムーンの引き寄せによる加速と重力の軽減によって為された高速移動でブライアンの懐に入る。その擬似的身体強化を殴打にも転用し、インパクトの瞬間に拳に加重した。


 なだらかに隆起したブライアンの腹筋に佐々木の拳がめり込む。眼球運動のみが佐々木に反応する。しかしブライアンの視界が大きくぶれた。巨体は浮き上がり、弧を描くような左からの追撃がブライアンの脇腹に突き刺さる。


 接地したときに脚を踏ん張り堪えたため吹き飛ぶことはなかった。しかしブライアンの呼吸は荒い。


 蒼華の強化された一撃には及ばないが佐々木の瞬発力は目を見張るものがあった。


 体感したからブライアンにはわかる。関節ごとに小型のキュービックムーンを配置し、加重と軽減を使い分けて動作そのものを佐々木は補助している。

 なんて精密な操作をしてやがる。ブライアンは驚嘆した。


 佐々木が再び間合いに入る。

 先に仕留めるべきはコイツだった。

 思考が及んだときにはブライアンの体は廃墟の壁を崩していた。


 血が混じった唾をブライアンは吐き出す。それから左腕を見て彼は考える。

 ナックルオンスロートを確実に当てなければならない、と。

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