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Act.1 佐々木陸と四角い月

 佐々木陸が舞浜駅に降り立つ。一帯は異能都市B-Rain(ブレイン)と呼ばれている。佐々木は二日後に控えた入学式を前に妙見院学園への道のりの下見に来たのだった。


 拓けた駅前を見渡すと胸が高鳴る。


 東京湾の海洋上に作られた一大アミューズメントパーク、エドニーガーデンのアトラクションの一部をビルの合間から望むことが出来た。


「都会に出てきたって感じがするなあ」


 佐々木の牧歌的な独り言は雑踏にかき消された。


 街頭の液晶画面には昨日起きた警察の護送車襲撃事件のことが取り沙汰されている。


 警察車両から逃走した容疑者のブライアン・ウォードが未だに捕まっておらず、襲撃時に警官数名が重傷を負った旨が繰返し報じられる。


 護送車に体当たりする襲撃者のワゴン車の映像もその都度、目にしていた。横倒しになった車両をブライアンの腕が突き破る。そこで映像はニュースキャスターに切り替わった。そして再三出回っているブライアンの経歴や特長、能力について原稿が読み上げられる。容疑者の脱走の例として昔、護送車から消えたジェイラス・ガウリィのことも引き合いに出された。佐々木は液晶から目を離した。


 ブライアン・ウォード。百鬼山ン本会と双璧をなす指定暴力団、夜行神ン野会系の第二次団体は込宮組の構成員。能力が攻撃に特化していることもあり、街中にパトカーが多いのもうなずける。


 B-Rain(ブレイン)内の学校の制服を着た生徒が、緊張した面持ちで二、三人でチームを組んで歩いている。胸には鳥のマークの紋章を付けているから一目でわかった。各学校の代表者から成る自治団体の人だ、と。


 警察の応援で駆り出されているんだ。休日に駆り出されていることを考えると佐々木は頭が下がる思いだった。


 逢勾宮の清上明陰学園、護剣寺の師水館学園、すれ違う度に制服を見て判断する。

 あの180センチを越えるであろう高身長で耳に三連ピアスを付けた人は妙見院学園の先輩か。佐々木は背中を見送る。ゴスロリの女の子が不機嫌そうにその後ろをついていく。

 本当に色んな人がいるなあ。佐々木は淡々と受け入れる。


 しばらく歩いたところで騒ぎを聞き付けた。


 逃亡犯のこともあり、居ても立ってもいられない。歩み寄ると人だかりが出来ている。だいぶ距離を取られているが、明らかに正常な精神状態とは思えない若い男性が中心となっていた。


 右手で顔面を覆い隠すように抱え、聞き取れない小言を男は繰り返す。体をくねらせるたびに左の袖がはためく。あらぬ方向に曲がった片脚を引き摺っているが、今さっき負った傷と言うわけではなさそうだ。


 何かの異能を食らったのか、周囲に数名の男女が地面に伏せている。彼らは立とうと試みているが、その都度地面に崩れ落ちた。


 警察はまだかという苦言が耳に付く。


「どうしたんですか?」


 佐々木が近くにいた男性に問う。


「あの人、ここらで時々現れる不審者なんだよ」


 中心にいる覚束ない足取りの男性をあごで指し示す。


「普段は『汚いな』とか『鬱陶しいな』って不快感を露にすると、ちょっと肩が重くなる程度の能力だったんだけど、さっきいきなり奇声を発したと思ったら、周囲にいた奴が一斉に地面に叩き付けられたんだよ。いつもよりずっと加重されてるらしい。近付いた奴も途端に地面に口付けを強いられて手に負えないんだ」


 加重、か。佐々木は自分に言い聞かせるように口ずさんだ。


 そのとき、脚を引き摺りながら男が離れた位置でも聞き取れる声で「俺は何も悪くない!」と叫び、黒髪の女性に近付く。「俺に逆らうな!」と繰返しながら鬼気迫る顔で彼女の手を踏みにじる。野次馬の一人が「ひでえ」と眉をしかめた。


 見たところ記憶が混濁しているのかも知れない。しかしだからと言って、許せるものではない。佐々木は人だかりから一歩踏み出す。


 佐々木は線が細く、見るからにひ弱な印象を周りに与える。男が佐々木を案じて慌てて声をかけた。


「近付くと加重されるんだって」


 佐々木は振り返り、大丈夫ですと笑いかけた。


「この力は僕の能力とは相性が悪い。念のために、皆さんもう少し離れてください」


 警告を受けて人だかりの輪が広くなる。


 佐々木は表面上笑っているが、内心は男の横暴に対し嫌悪感でいっぱいだった。


 すると男の様子に変化があった。いよいよ精神への負荷に耐えかねたのか、雄叫びと共に男の能力の加重範囲が拡大する。ほとんどの観衆が能力の対象になったらしく、地に叩きつけられた。何かの条件下で加重する能力らしく、例外的に立っている者もいたが、一様に怯えている。


 精神状態の影響をもろに受けるのがアルターポーテンスだ。


「こんなの暴走じゃないか」


 例に漏れず佐々木の体にも負荷がかかった。体感して、これはきついなと佐々木は奥歯を噛み締めて堪える。多少鍛えたという自負があるものの、佐々木は決して恵体ではない。


 膝に手を付き、加重に抗う。


 早めに処理しないとね。舗装された地面に佐々木は手を翳した。アルターポーテンスを起動する。


「起きてくれ」


 地面の一部がせり上がり、そのまま正方形のブロックの形をとって浮かぶ。徐々に石の表面に淡い緑の光を放つ回路が通ってゆく。蛍光色の配線が全体に行き渡ると、石は佐々木の支配下に落ちた。


 アルターポーテンス、六面体の威光(キュービックムーン)


「そして重力は、我が月の(もと)に制御された」


 佐々木の作り出した疑似天体が、頭上に移動する。

 箱型の石の底が白く光った。白い光の粒子を受け、佐々木にかかっていた重さが緩和される。一人だけ重圧から解放されたことに申し訳ないと思いつつ、一気にかたを付けるから許してほしい。そう決意を固めて佐々木は疑似天体を伴い、軽くなった体で男との距離を一気に詰めた。


 執拗に女性を踏みつける男を殴り飛ばす。地面を転がったあと、よろめきながらも男は立ち上がろうとする。すかさず男の頭上にもう一つ四角い疑似天体を作り出した。


「加重しろ、キュービックムーン」


 底から黒色の光の粒子が放たれる。

 重圧をかけられた男は低く唸る。ぐ、うぐ、がぁ、ぎっ。加えられた負荷に言葉にならないうめき声を挙げて、全身を地面に押し付けられた。


 しばらくして男は苦虫を噛み締めるように「たづみ」と口にし、荒々しく息を吐くように「やのやろう」と言い切った。最後に「ぢぐじょう」と吐き捨てると動かなくなる。


 様子見を経て佐々木は能力を解除した。直後に空を見上げて佐々木の顔が強ばる。佐々木はすぐさま、一度は解除したキュービックムーンを再び発動し、上空に飛ばした。


 男の能力から解放された人達が重さが消えたことに気が付き、確かめるように立ち上がる。そして佐々木を取り囲むと次々に称賛の言葉をかけた。しかし佐々木の反応が薄いことに気が付き、その見上げる先を追った。何人かが息を飲む。彼らは地に伏せていたため、それまでは頭上のことは気にもとめていなかったのだ。


 重力の軽減により、緩やかに地上に落ちてきた少女を佐々木が両手で受け止める。彼女は肩からひどい出血をしていた。

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