省の列車
まだ9時半だと言うのにこの静けさは、きっとこの列車が田舎の方へ向かっているに違いなかった。車体は揺れ、その振動を私の体に寄せれば、周りの乗客らと共に左右に揺さぶられる。窓から望む外は寒く、冷え冷えとした星空がその暗闇に嫌という程くっきり刻まれていた。意識を外に向けて油断していると、いつしか暗闇には自分の顔が浮かび出した。その情けない人相は、間違いなく自分の顔である。これから何処へ私は行くべきなのだろうか。列車は実家の方へと進んでいった。
東京の学園に私は長く憧れていて、いつしか絵をそこで学ぶのだと必死になっていた。何かに取り憑かれていたのだろう、というのも私の周りの声が耳に良かったからである他ない。友達、親、親戚、先生までもが、私の絵を絶賛していたものだから、私はなまじ絵のセンスがあって、かつ描ける人物なのだと、何か履き違えたのだった。挙句、両親に頭を地に伏せてまで頼み込んで、どうしても東京で絵を習いたいと云った。両親はそんな馬鹿な私の心意気を理解してしまった。そうこうあって私は東京へ出ることになる。しかし東京は甘くなかった。一番ひしがれたのはその絵の事である。学園に入学したのはいいものの、私はクラスメートの連中に驚愕した。彼らは絵画能力、色彩感覚、パース、センス何から何まで私より数段も上であった。そのことを彼らは何とも思ってないらしく、自作を貶し始める。私はその様子を眺めるのだが、どう考えても異様にしか考えられない。また、彼らはとても育ちの良い連中で私の拙作を褒めてくれるのだが、それが私にはなんとも耐え難くむず痒い思いでいてもたってもいられないような心地がした。このまま溶けていなくなりたかった。そこで私はとうとう自信を無くしたのだった、努力をすれば上手くはなったかもしれなかったが、諦めてから2年間、私は授業の課題も力を入れなかったものだから、私には成長もなかった。しかし反比例して彼らは何処にだしても恥ずかしくのないほどめきめき上達しだした。数ヶ月後には卒業だが、もう絵で内定の得た者もいる。要するに私は小さい頃の偶像に取り憑かれていたが、私よりも優れた人間は星の数ほどいてそれは、私がどんなに努力してもそこには届く事はないし、それは遠い遠い所で光を放ちつづけるのだ。
数少ない同じ学友のルームメイトも、今年の大晦日ばかりは帰省するようだった。お前はどうするんだと聞かれて、私ももう出した年賀状を追うように、列車に乗って帰省をする事に決めた。ふと、窓から望む外は寒く、冷え冷えとした星空がその暗闇に嫌という程くっきり刻まれていた。鞄には売店の弁当と一緒に売っていた蜜柑が入っているが、食べる気は起きなかった。懺悔のような憂鬱が私にのしかかって離れない。まるで十字架を背負わされたように重く、心に鎖が付いているかのように、何故か冷たさが走って動機がする。もう取り返しのつかないという事実だけが私をここに存在させた。その時また、車体は揺れ、私は一人体を揺さぶられる。私はこれから何処へ向かうべきなのだろうか。御構い無しに、暗闇の中を列車は実家の方へと向かって行った。しんしんと冷えたその線路の上を走りながら。
本日中学校からずっと仲の良い友達と久々に会ってお話をしてきたのですが、私が最近思い悩んでいる事を打ち明けると彼女もまさに同じような状況でいたことが深く印象に受けました。彼女の体験話を聞いていると、いてもたってもいられなくなり、その日の内に何とか書き留めておこうと文字を綴り始めました。人は何も持っていないと気づくと、周りが急に逞しく夥しく見えるものだとこの作品を通して改めて感じました。