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鳥の王  作者: ゆぅび
6/6

五.友と妹

街道に戻ったファキナは、暫く姿を消した後どこからか年老いた馬と小さな荷車を調達してきた。そしてその上にボロ切れを敷き、ヴィドフニルを乗せて二人は再び街道を進み始めた。ガルダは二度と人攫いに身をつけられないようにとフードを目深に被り、その見事な金髪と瞳を隠すことを忘れなかった。


二人が合流して十日ほど経った頃、ファキナがふとすれ違った人に目を留め、暫くその後ろ姿を追った。

「ファキナ?」

その動きを不審に感じたガルダは、声を掛ける。それには反応せず、暫くその旅人らしき女の背をじっと見つめた後ガルダを見詰める。

「…なんだよ」

「お前、兄弟姉妹はいるか」

「なんでお前にそんなこと」

「今、すれ違った女…見たか」

「いや」

ガルダはなるべく他人と目を合わせないよう、地面を見つめながら歩いていたのですれ違う人の顔まで見ていない。

「お前に、よく似てた。歳も同じくらいの。髪と瞳は黒だったが」

その言葉に、ガルダは顔を上げてフードを外した。ファキナが見ていた方に視線を送るが、その女とやらはすでに視界から姿を消していた。

「二卵性の双子の妹が、一人いる。けどこんなところにいるはずない」

ナーガ族は滅多に里から出ない。里から出るには王の許可が必要で、その許可も余程のことがなければ下りることはない。

(まさか…)

許可が下りるのは、里の危機が迫っている時に限られると聞いた覚えがある。それ以外で里を出るとしたら、自分のように追放された者のみ。

(いや、スパルナは追放される理由などない。それに、外つ国から嫁いだ母様の血を引くのはもはやスパルナだけ。そのスパルナを里が手放すとは思えない)

王が外つ国から妻を娶るのには訳がある。一族の存続に関わる理由だ。それだけに、その血を引く子供は里では重要な存在なのだ。

「…妹は、故郷から離れられない理由がある。人違いだ」

「そうか…まぁ、世の中には似た人間が三人はいるって言うしな」

まだ来た道を振り返っているファキナを無視して、ガルダは再び歩き始めた。


夜、焚き火の側を離れて明かりの届かないところまで歩を進めると空には満点の星明かりが広がっていた。

昼間の出来事のせいだろうか、一族のことが頭から離れない。いや、一族というよりは自分に近しかった人々のことだ。

もし自分が追放された里に戻り、王である父と長老会議の連中を討ち取れば…スパルナはどう思うだろうか。

母の仇をとった自分の気持ちを理解してくれるだろうか?それとも、父を殺した仇として今自分が父と長老会議に抱いている気持ちと同じような気持ちを抱くだろうか?もし、スパルナが後者でありガルダを殺したいと思うのならばそれでも構わないと思う。それでスパルナの気持ちが収まるのならば。

しかし、そうなった時に心に引っ掛かるのはもう一人の…自分の気持ちに残る存在。

妹と自分の最も大切な友であり、親友となりえた存在…ハンサのことに他ならない。

ハンサは、どう思うだろうか。どう感じるだろうか。一族を存続の危機に陥れようとする自分の存在に。

同情するだろうか。憎しみを抱くだろうか。それとも、呆れるだろうか。

肉親以外の存在で、ガルダが心の底を打ち明けることができたのはハンサだけだった。幼いながらも自分の存在に様々な葛藤を抱き苦しみ続けた幼き頃、ハンサだけがその悩みを打ち明けることのできた仲間だった。

(ハンサ…今、何をしてる?何を考えている?俺のことなんてもう忘れた?ハンサ、ハンサ、ハンサ、ハンサ…)

「ハンサ…」

思わず口に出してその名を呟いた。

その時。


ガサリ、と背後で物音がした。

反射的に腰の剣に手を当てて音のした方を振り返る。

しかし、そこには闇が広がっている。

「ファキナ…?」

ヴィドフニルはまだ立ち上がることができない。ガルダは目深に被ったフードを脱ぎ、いつでも斬りかかることが出来るように態勢を整えながら立ち上がる。頭の中を、この十日ほどでファキナから教え込まれたことが巡る。腰を低く、一太刀目は相手の意表をつく速さで。相手の準備が整わぬ内に二撃目を。

ジリ、と摺り足で音のした方に歩を進める。

「誰だ、出てこい。いるのは分かっている」

微かながら、確かに生き物の気配を感じた。


「ガルダ?」


気配のする方から、思わぬ言葉が返って来た。ファキナではない。自分の知っているどんな声でもない。

「誰だ!」

背筋が寒くなり、思わず大声を出した。

「お前を害するつもりはない…剣を降ろしてくれ」

「黙れ、早く姿を見せろ!」

一瞬の間の後、茂みをかき分ける音がして影が現れた。その影は一歩ずつ歩み寄り、やがて月明かりの中に全貌を現した。

薄い茶色の髪に、碧の瞳。同じ年頃の若い男。ガルダは、少し眉根を寄せた。

「お前は誰だ。何故俺の名前を知っている」

「覚えていないのか、俺のこと…」

(覚えていない…?一族の、誰か…)

幼い頃の記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。しかし、目の前にいる男の容貌に合致する記憶はただ一つしかない。

「まさか…」

男は、頷く。

「俺だよ、ハンサだ」

瞬間、一気に様々な思いがガルダの中を駆け巡る。

何故、今しがた思いを馳せていた相手が目の前にいるのかがわからずに混乱する。

何故、ナーガ族であるハンサが里の外にいるのか。なんのために?いや、そもそも目の前にいる男は本当にハンサなのだろうか。実は人攫いの一味で、自分がハンサの名前を口にしたのを聞いてハンサの名前を利用しているだけでは。しかし、本当に目の前にいるのがハンサだったら、ガルダが自分の名を呟いたのを聞いていただろうか。もしかして、昼間にファキナが見たという自分にそっくりな女は本当に妹のスパルナだったのでは?

言葉を返さずに佇むガルダにハンサがまた一歩近づく。

「ガルダ?」

我に帰り、ガルダは再び剣を構えた。

「本当に…ハンサなのか。信じられない」

男は逡巡した後、ゆっくりと右腕の袖をまくって肘の辺りをガルダに見えるように突き出す。

「…お前が里を追放になる少し前…一緒にツアルフの森を探検してて深い穴に落ちただろう。その時についた傷だ。覚えてるか?」

今の今までそんなことがあったことすら忘れていたが、一瞬にして記憶が蘇る。

確かに、母とともに里を追放になる三日ほど前。直後に自分と母にそんな運命が降りかかることも知らずにスパルナとハンサと一緒に里を取り囲む暗い森に探検と称した幼いなりの冒険を試みたことがあった。途切れ途切れにしか思い出すことはできないが、自分とハンサが深い穴に落ちて穴の上でスパルナが泣いていた記憶がある。

どうやって助かったのかは覚えていない。覚えているのは、ハンサが横にいることに対する奇妙な安心感だけだ。

「本当に…ハンサなのか?」

あの出来事は自分に近しい者しか知らないはずだ。

「信じて…くれたか?」

しかし、その一事だけで目の前にいるのがハンサだと断ずるのは早計のような気もする。

「仮に…仮にお前が本当にハンサだとして。お前は、何故俺がガルダだと分かった?そして何故お前はここにいる?」

「お前を見間違うはずない。十二年前に別れた時から、お前がどんな男に育つかずっと想像しながら過ごして来た。お前のことを忘れた時なんてない。その綺麗な瞳と髪のお前を、俺が見間違うはずがない」

あまりの赤裸々な告白にガルダは顔に血がのぼるのが分かった。辺りが暗くて、助かった。明るければ今の表情をハンサ(かもしれない男)に具に見られてしまう。

しかしそんなガルダの変化に気付かず、ハンサは続ける。

「俺がここに居るのは…ここに居るのは」

そこまで言って大きく息をついた。まさか、こんなところでガルダに出会うとは思ってもいなかったから心の準備ができていない。

「お前を探しに、来たんだ」

それだけを言うのがやっとだった。

「俺を探しに?どういうことだ。俺は追放された身。探される覚えはない」

一族に復讐を目論んでいることは誰にも話していない。勿論、ファキナにも。ファキナも何か事情があるらしいことは感付いていると思うが、詳しいことまではわからないはずだ。

ハンサが黙り込んだ。ガルダも口を開かない。沈黙が辺りを包む。

その沈黙に耐えきれずに先に口を開いたのはガルダだった。

「話せないならいい。俺は連れのところに戻る」

「…連れって、あの長身の男か」

一体いつから見られていたのだろう。少なくとも、焚き火から離れる前からハンサは近くにいたらしい。

「あの男はお前の何だ」

「自分はダンマリのくせに俺からは聞き出そうってのか」

こんなつもりではないのに、ついつい口調が苛立ってしまう。折角十二年ぶりに会えたハンサに聞きたいことがたくさんあるのに自分の中にある僅かな疑いの気持ちがこんな態度を取らせてしまう。それがまたガルダをさらに苛つかせる。

「…悪い…。お前が誰かと一緒に旅をしてるなんて思っても見なかったから…」

「ファキナはそんな関係じゃない。ギブアンドテイクだ」

「ガルダ、ちょっと座らないか」

ハンサの目はあくまで優しくガルダを見つめている。闇のせいで細かな表情まではうかがい知ることはできないが、少なくとも敵意ある目ではない。色々聞きたいこともある。ガルダはその場に腰を下ろし、胡座をかいた。それを見届けると、ハンサも片膝を立ててその場に座る。

「怒らないで聞いてほしい…。俺がここにいる理由がお前を探すためというのは、嘘じゃない」

「それはもう聞いた。何故俺を探すのかを聞いてるんだ。一族からの指示なのか」

「俺は、スパルナと婚約した。十年前のことだ」

表情など見えなくても、ガルダが一瞬息を詰めたのがハンサには分かった。

「…そうか…。それは目出度いな。スパルナは喜んでるだろう。あいつは小さい頃からお前のことが好きだった。式はいつなんだ」

「式は…いや、式の予定は一月前だった」

「どういうことだ。スパルナに何かあったのか」

ファキナがガルダと似た女とすれ違ったと言っていたのを思い出し、不安が沸き起こる。

「いや」

「じゃあ、一族に何かあったのか」

「そうじゃない」

「…じゃあ、何があったんだよ!」

ことの核心に触れようとしないハンサの態度に更に苛々が募り思わず声を荒げた。

「スパルナも一族も何も悪くない…悪いのは俺一人、俺一人なんだ…」

「どういうことだ、はっきり言え!」

ハンサは両手で顔を覆う。その姿勢でしばらく沈黙した後、絞り出すように呟いた。

「俺は、お前に会いたかったんだ…」

「…なに?」

「お前に、お前に会いたかった。妻を迎えてしまう前に、もう一度お前に会ってお前に俺の気持ちを伝え、お前がなにをしてるのか知りたかったんだ…」

「なんで…。そんな理由で父様が里を出る許可を与えるはず…」

ない、と言いかけた言葉はハンサの絞り出した声に遮られた。

「お前に会いたくて、式の前日に里を抜け出した。王の許可なんかない、許可が与えられるはずないのはわかりきってた。それでもどうしてもお前に会いたかったんだ!」

ガルダの胸の中に湧いて来たのは、最初は驚きの感情。そして次に怒りの感情だった。怒りが積乱雲のように湧き上がりガルダの感情を支配する。

「そんな…そんなことで、スパルナを放り出して、お前の父様と母様を放り出して里を出て来たのか‼︎」

「『そんなこと』なんかじゃない‼︎俺には何よりも大切なことなんだ‼︎」

「そんな訳あるか!お前にとって、一族と家族より他に大切なものなんてないはずだ!」

「ガル、お前が俺の大切なものを決めるな‼︎」

そのあまりの剣幕に、虚をつかれた。確かにガルダはこの十二年間のハンサを知らない。ハンサがなにを考え、どのように暮らして来たのかを知る由もない。

「ガル…俺にとって、両親よりもナーガ族よりも…スパルナよりも大切なのが、お前なんだ…」

「なに」

「ガルが好きだ、小さな頃からずっと。友達としてなんかじゃない、幼馴染としてなんかじゃない。お前は気付いてなかったろうけど、俺はお前のことがずっと好きだった‼︎」

一瞬、なにを言われたのかわからなかった。しかし、その言葉の意味が徐々に頭の中に浸透してくる。

(ハンサが、俺のことを好きだった…?)

展開があまりにも早すぎてついていけない。つい先ほど十二年ぶりに再会してその事実に追いつくだけで精一杯だったのに。

ガルダがあまりにも無反応だったことに不安を抱いたのか、ハンサが覗き込むようにして見る。

「すまない…お前は嫌だろうが、そういう事なんだ。だから、里を抜け出して来た」

(嫌…?俺は、嫌なのか…?)

嫌悪感は、感じなかった。寧ろ胸の中にふわりと浮かび上がるほの暖かい気持ちに戸惑っているというのが正解だ。

(俺は…喜んでる?ハンサの告白に?)

ハンサのことは好きだ。それは間違いない。でもその気持ちが、父や母、スパルナに向けられるものとどう違うのかが分からない。分からないということは、自分はハンサのことが好きだが、それは家族に向けられるものと同じということなのかもしれない。その事を伝えてしまえばハンサががっかりするのは分かっている。

「ハンサ、俺…」

「盛り上がってるとこ悪いけど、お二人さん」

ガルダの声に被せるようにして二人の背後から声が響いた。

「ファキナ」

「俺のこと、忘れてた?」

もたれ掛かっていた木から身を起こすと、二人のそばにゆっくりと歩み寄ってくる。

「ハンサ、だっけか」

息がかかるほどそばにより、無遠慮にハンサの顔を覗き込む。

「あんた、ナーガ族だな」

「っ…」

そして、ガルダの顔を覗き込む。

「お前はその幼馴染…つまり、ナーガ族」

「それはっ…」

「いや、別に俺はガルダがナーガ族である事を黙ってたのを怒ってる訳じゃないし、寧ろその逆だ」

「逆?」

「言ったろ、俺はナーガ族を探してると」

「待て」

呟いて、ハンサがガルダとファキナの間に体を割り込ませた。

「どきな。これは俺とガルダの問題だ。お前にゃ関係ねぇよ」

「関係なくなどない。俺はお前のいう通りナーガ族だし、ガルダの幼馴染だ。お前がガルダを使ってナーガ族になにをしようとしているのか知らないが、これ以上ナーガ族とガルダに関わるな」

「馬鹿言うなよ。俺とガルダは取引をした。ちゃんと履行してもらわないとな」

「取引?」

ハンサが、背後にいるガルダを振り返る。あまりの気まずさにガルダは俯いた。

震える手でハンサの肩を横に押しやる。

「ファキナ…少し、ハンサと二人にしてくれないか。逃げやしない。ちゃんと俺の口からハンサに説明したいんだ」

「わかったよ…ただし、半刻だ。半刻たったら戻ってくるからな」

「あぁ」

釘をさすかのようにしばらくガルダの瞳を見つめた後、ファキナは踵を返して焚き火の方に戻っていった。枯葉を踏みしめる音が聞こえなくなるまでその背中を見送ると、ガルダは再びその場に腰を下ろした。目線でハンサにも促す。

「なにから話せばいいかな…」

ハンサが座るのを見届けて、ガルダは呟いた。


ヴィナターが亡くなってからのことを全て洗いざらい話し終え、ガルダは一息ついた。約束の時間まではまだ四半刻ほどの余裕がある。

今は、ファキナをナーガ族に連れて行こうとしていたことよりも自分が父親であるカシュヤパとナーガ族に復讐をしようと考えていることを知られたことの方が辛かった。ハンサは、このことをどう思っただろうか。

ガルダが話し終えてからも無言のままのハンサを横目で見る。その視線は、地面に注がれたままだ。

「俺のこと…軽蔑したか」

沈黙に耐えきれずに呟いたが、ハンサからの返事はなかった。しかし、その言葉をきっかけにしたようにハンサが立ち上がる。

「俺は…死を覚悟してる。許可なく自治区を出た者は死罪だし、それ以前にスパルナは俺を許さないだろう。良くも悪くも、スパルナはナーガ最強の戦士であるカシュヤパ王の血を引き継いでる。あいつ自身も美しく、誇り高いナーガの戦士だ」

「…スパルナ…スパルナだったのか…?」

突然の言葉に、ハンサは眉根を寄せる。

「今日の昼頃…ファキナが、俺とよく似た面立ちの女とすれ違ったと言ったんだ。俺はフードで顔を隠してたし、すれ違う人の顔なんて見てなかったけどこんなところにスパルナがいるはずないと思ってたんだが…ハンサの話を聞いて納得した。スパルナは、ハンサの後を追って自治区を出たんじゃないか」

「…俺は始め、ガルダとヴィナター様がコハナ国に行ったんじゃないかと思ってヴィナター様の故郷を訪れたんだ。しかし、そこにお前たちはいなかったしお前たちを見たと言う人も居なかった。だから、アルカダルだと思って引き返してきたんだ。女であるスパルナと男である俺との速度の差を考えてもスパルナを追い越したとは考えにくい。もしかしたら、スパルナ本人かもしれないな」

もしそうならば、ハンサがスパルナに追いつく前にガルダと出会えたのは幸運としか言いようがない。スパルナはハンサを赦さないだろうし、ハンサは自分を討とうとするスパルナに逆らわないだろう。

「ハンサ…自治区になんて帰るなよ」

「そういうわけにはいかない。俺は、必ず帰ると約束した」

「俺を、止めるか」

「…いや…」

意外な答えが返ってきて、ガルダは目を見開いた。

「お前の気持ちはわかるし、ヴィナター様が亡くなられたのは確かにナーガ族のせいかもしれない。ガルとヴィナター様の追放を止めることができなかった俺にはお前を止める権利はないし、止めるつもりもない。だが」

急にハンサの目つきが鋭くなり、ファキナが戻って行った方向に視線を送る。

「あの男を一族の元へ案内することは許さない。たとえあいつがナーガ族に危害を加えるつもりがなかったとしても、だ」

「ファキナがなにをしようとしてるかは知らない。それだけは、俺にも教えてくれない。けど、俺だって約束した。お前がスパルナとの約束を守ろうとしているように、俺もファキナとの約束を守らなきゃならない」

ガルダを見下ろすハンサの目が、光ったような気がした。纏う気配が急激に闘気を帯びるのを肌で感じる。思わず、剣に手をかけた。

ハンサは、その身に寸鉄も帯びていない。しかし、ナーガ族に武器は必要ない。その肉体こそが、最大の武器なのだ。

「やめろ、ハンサ!俺はお前と戦うなんてまっぴらだ‼︎」

「俺だってお前と戦いたくなんかない。でも、お前の連れてくるあの男が一族に不幸をもたらすというなら話は別だ。安心しろよ、殺しやしない」

闘気が目に見えて高まり、まるでハンサの全身を蒼い炎が包んでいるかのように見える。

「動けない程度にして、お前をここから連れ出す。あの男の手なんか届かないところへ」

「ハンサ!」

瞬間、ハンサの身体は蒼い光に包まれた。あまりの眩しさに腕で目を庇いながら、剣を抜く。光は一瞬後には消え、再びあたりを闇が包んだ。

そっと腕を下ろすと、ハンサのいたところには蒼い闘気に包まれた人の二倍はありそうな巨大な鳥が立っていた。

「ハンサ…」

初めて見る、ハンサが鳥になった姿だった。

ナーガ族の子供は早くて3歳ごろ、遅くても6歳ごろから鳥になる能力を発揮する。だが、鳥になるには膨大な体力を消耗するため16歳までは大人の許可なしに鳥になることは許されていない。そのため、ガルダはハンサが鳥になる姿を見たことがなかった。

「綺麗だな…、すごく綺麗だ、ハンサ」

微光を発し続けるその姿は、想像していたよりもずっと美しい。相手が自分を害そうとしていることも忘れて、ガルダはそっと手を伸ばした。

「ガルダ!今の光は一体…!」

突然ファキナの声が響き、ガルダは手を止めた。

「おい、その鳥は…」

ガルダと向き合って立つ巨大な鳥を見て目を見開く。

「まさか、さっきのナーガ族か…?」

ガルダから話を聞いていなければ、さっきの男と目の前にいるこの鳥を結びつけることなど到底できなかっただろう。いや、話を聞いていても俄かには信じがたい光景だ。人間が鳥に変わる、など。

「おい、ガルダ!一体どういうことだ!」

「気をつけろ、ファキナ!ハンサは戦うつもりだ!」

気をつけろ、と言われてもどうすればいいのか。とりあえず手に持っていた直刀の鞘を払う。蒼い鳥がけたたましい啼き声を上げて羽ばたいた。風が巻き起こり、木の葉や塵が舞い上がる。

ガルダとファキナは、目に異物が入らぬよう庇いながら上空を見上げた。一旦中空に舞い上がったハンサは、重力を味方にして加速しながら大きく嘴を開け、2人の上に舞い降りようとしていた。

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