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さくらの花嫁  作者: あた
本編
9/32

お昼のあとはお仕事です。

「ひー、遅くなっちゃった」

 子犬に餌付け、もとい紫苑に素麺を食べさせていたせいで、つい時を忘れてしまった。宮廷内には、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴り響いている。


 玉葉が籠を抱えたまま、たたた、と厨房に走りこむと、視線が集まってきた。

「すいません、遅くなりました!」


 慌てて食器を片付けていると、嵐晶が寄ってきた。つんつん、とわき腹をつつかれる。

「ちょっと玉葉、あんた陛下の夜食係になったんだって!?」

「あ……うん」


 いきなりどうして、と尋ねる嵐晶に、玉葉は言葉を濁した。いかに友人であろうと、花嫁のことは秘密にせねばならないのだ。蓮宿が眉間にしわを刻んで厳命してきたのを思い出す。


「玉葉、夜までにこれ、皮むいておきなさいよ」

 玉葉と嵐晶の間に割り込むように、籠に詰まれた野菜が、どん、と置かれる。次いで、違う料理人から声が飛んできた。

「あと、山菜を採ってきて」

「布巾の煮沸も」


 いきなり仕事が倍増し、玉葉は目を瞬いた。

「やっかまれてんのよー。あんた、ただでさえ飛雄料理長に目かけられてるし」

 煎餅を食べながら、春麗が言う。

「そうなのかな……」


 飛雄にとっては厨房の女子全員が「小鹿ちゃん」なのだと思うが。逆に言えば誰にでも寒い言動を繰り出している。喜んでいる子もいるが、本気にとる子はまずいない。


「手伝うわ。あんた白姫様の夜食も作らなきゃならないでしょ」

 嵐晶が言うと、他の料理人たちからピシリと声が飛んでくる。

「あら、陛下の夜食を作るほど優秀な料理人なら、この程度の雑用楽勝でしょ」


 やっぱり主にそちらが妬まれているようだ。仕方がない。玉葉自身も身にあまることだと思っているのだから。


「大丈夫、嵐晶は夕飯の準備があるでしょ」

 嵐晶は心配げな顔をしながら、玉葉のそばを離れる。そもそも手伝う気のない春麗は、煎餅をくわえながら嵐晶の補助に回る。と、そこに飛雄がやってきた。


「おや春麗、また摘み食いかい?」

「ふいまへーん」

 悪びれない春麗に、飛雄が苦笑した。

「まあ食いしん坊な女の子は可愛いけどね。ん? 玉葉、ずいぶん仕事があるようだね」


 他の料理人たちの視線を感じ、玉葉は慌てて言う。

「こ、これは、自分への挑戦というか、試練です」

「はは、相変わらず面白い子だ。だけどやるからには全部こなさないと、終業に間に合わなくなるよ。僕は残業をさせない主義だから」

「はい……」


 ひやっと背筋が寒くなった。飛雄は自分の器をはかれない人間には厳しい。業務時間内に終わらせないと、玉葉への評価が下がるだろう。そういうところはちゃんと管理者として見ている人なのだ。


 急がなくては。玉葉は腕まくりをし、たすきをかけた。口を使ってきゅっ、と結ぶ。

「よしっ、やるぞ!」



 しゅるしゅるしゅるしゅる。白い皮が、地面に落ちていく。


「どりゃああああ」

 すさまじい早さで大根の桂剥きをこなす玉葉に、皆があんぐりと口を開けている。皮剥きの終わった野菜を籠に入れ、

「よし、野菜の皮むき終わり! 次皿洗い行ってきまーす!」


 かごに入れた食器をかかえ、割らないように気をつけつつ、洗い場へ向かう。流水殿の脇を通るときに、ちょうど紫苑とすれ違った。


「あ、陛下、こんにちは!」

「玉葉」

 声をかけてこようとするので、慌てて遮った。

「すいません急いでるんです!」


 洗い物を終え、再び早足で厨房に戻る。さあ次は山菜採りだ。王宮の門から出ると、紫苑が馬にまたがっているところだった。誰かを尋ねるのだろうか、先ほどよりも立派な身なりをしている。


「玉葉?」

 声をかけられ、立ち止まって慌てて頭を下げる。

「あ、陛下お出かけですか行ってらっしゃいませ!」

 再び足早に歩き出す玉葉の後ろから、馬に乗った紫苑が追いかけてくる。


「君はさっきから何を急いでいるんだ?」

「いやあ、今日はちょっと忙しくて!」

「というか、どこへ行くんだ」


 紫苑の問いに山です、と答えると、

「空が暗い。今から行くのはやめたほうがいいのではないか。朱里が、今日は雨だと言っていた」

 その言葉に空を見上げたら、確かに雲が出ていた。

 蓮宿が背後から陛下、と呼ぶ。

「そろそろ出発いたしましょう」

「ああ……」


 紫苑は心配げにこちらを見ている。玉葉は王を安心させるべく、笑顔を向けた。

「大丈夫です、山には何度か入ったことがあるし、すぐ戻ってくるんで!」

「くれぐれも、気をつけてな」

 玉葉は紫苑に手を振り、山に向かって歩き出した。

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