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さくらの花嫁  作者: あた
本編
8/32

わんこには餌付けしないといけません。

「よいしょ……っと」

 玉葉は、洗い終わった皿を籠に詰めて運んでいた。これが結構重いのだ。しかも、洗い場と厨房は離れている。皿洗いは本来一年めに入った子の仕事だったが、これは罰だから仕方がない。


「早くしなきゃ、お昼食べ損ねちゃう」

 確か今日は素麺。ああ、お腹減ってきた。せっせと歩いていたら、流水殿りゅうすいでんから蓮宿を伴った紫苑が出てきた。


「玉葉」

 ぱ、と顔を明るくし、こちらに来ようとする紫苑を、蓮宿が素早く止める。

「陛下、今彼女は仕事中です。邪魔なさいませんよう」

「あ、ああ」


 紫苑はしょんぼりした顔でこちらを見ている。完全に子犬だ。餌あげなきゃ。相手は王だというのに、そんな気になってしまう。


「陛下、お昼はお食べになりましたか」

「ん? いや、まだだ」

「では、ご一緒にいかがですか、すぐ戻りますので」

 玉葉の言葉に、紫苑が嬉しげにうなずく。

「ああ、待ってる」


 玉葉は皿の籠を鳴らしながら、足早に厨房に戻った。 厨房に入ると、嵐晶たちがそうめんをすすっていた。

「あ、玉葉おかえり」

「ただいま」


 帰ってくるなりせかせか動き回る玉葉を、春麗が不思議そうに見る。

「なに餌隠すリスみたいな動きしてんの?」

「ちょっと外で食べてくるね」


 ざるの中を見たら、素麺が四ふさ残っていた。これだけあれば足りるだろう。ふと、オクラがあるのに気づく。玉葉はオクラを刻み、器に入れ、もろもろを手に、流水殿に戻った。



 ──あ、いた。紫苑は流水殿の脇に、のんびり座っていた。黒髪が陽光に照らされ輝くその姿は、一幅の絵にすら見える。貴公子の午後、という題名がつきそうだ。玉葉をみとめると、ぱ、と顔を明るくし、いそいそと寄ってくる。日向ぼっこしてた子犬が飼い主をみつけました。そんな題名に変更する。


「陛下、お待たせいたしました。……あれ、蓮宿さんは?」

「ああ、胃が痛いからと宮廷医院に行った」

「え……大丈夫なんですか」

「蓮宿は胃腸が弱いんだ。今度、なにか胃に優しいものを作ってやってくれ」


 そうなのか。いつも眉間にしわをよせているのは、具合が悪いからだったのだ。あまりいい印象はないが、そういうことなら少しは理解できる。


「はい」

「それは?」

 黒に緑が混じった瞳が、玉葉の抱える籠に向かう。おなかが空いているのか、そわそわしていた。


 玉葉はくすりと笑い、

「素麺です。どこか食べるのにいい場所はありますか?」


 紫苑はしばらく考えたあと、こっちだ、と言って歩き出す。流水殿を抜けた先にある荘園に、東屋があった。腰掛けると、手入れされた庭の様子がよく見えた。その景色に、玉葉はほう、と息を吐く。この東屋あずまやは、庭が一番美しく見える位置に配されているのだ。


「素敵ですね」

「父上はこの場所が好きだった。私はあまり、よりつかなかったが」

「え?」

 聞き返そうとした玉葉に微笑み、紫苑はわくわくと言う。

「素麺は?」

「あ、はい」


 玉葉は桶に氷水を入れ、素麺をいれてかき回した。器につゆをいれて差し出すと、紫苑は目を瞬く。

「これは……なんだ?」

「オクラです。素麺は糖の吸収率が高いので、オクラと一緒に食べるといいんです」

「ほう」


 紫苑はつゆをぐるぐるかき混ぜた。箸でオクラを持ち上げると、箸にからまって、ついてくる。

「おお! 固まってる」

 オクラを練るのに夢中になる紫苑に、玉葉は口を挟んだ。

「あの陛下、麺も食べてください」

「そうだった。面白くてついな」


「陛下は、おいくつですか」

「十九だが」

 歳上なんだ。の割に子供っぽい気がするけど。


「玉葉は?」

「十七です、十五のときから厨房で働いています」

「なのに花嫁のことを知らなかったのか?」

 上目遣いでこちらを見つつ、麺をすする紫苑に、玉葉はう、と詰まる。

「だって私たちには無関係のことですし、私恋バナってどうも苦手で。鯉を裁くのは得意なんですが」


 もじもじしながら言うと、紫苑がふ、と笑った。

「あ、笑いましたね」

「可愛いな、と思ったんだ」


 何気なく放たれた言葉に、玉葉は固まる。しばらくして動き出した。今の言葉は脳内の奥底へ叩き込んでおく。甘ったるい言葉は星料理長で耐性がついているはずなのに、不覚にも動揺した。


「もー、庶民をからかわないでください、桃色の素麺あげませんよ?」

「桃色の素麺?」

「白い素麺に、時々桃色の素麺が混じっているんです。私はそれを幸せの桃色素麺と呼んでいます。いわゆる縁起担ぎですが……家族で素麺食べてると取り合いになるんですよね」

「なるほど。それは欲しいな」

「あ、あった、あった」


 はいどうぞ。桃色の麺を差し出すと、紫苑があ、と口を開いた。玉葉は目を瞬いて彼の口を見る。

「へ?」

「食べさせてくれ」

「だ、だめですよ。自分で食べてください」

 紫苑のつゆに麺を落とすと、不服げな顔でこちらを見た。


「ごく自然な夫婦のやりとりなのに。これでは桜に呪われるかもしれんな」

 それは脅しではないのか……。じーっと見られ、玉葉はう、と呻く。まあ、食べさせるくらいならいいだろう。

「わ、わかりましたよ……」


 麺を差し出すと、ちゅるちゅる啜る。にこ、と笑った。

「美味い」

「よかったですね……」

 また口を開いたので、玉葉はため息まじりに素麺を差し出した。

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