わんこには餌付けしないといけません。
「よいしょ……っと」
玉葉は、洗い終わった皿を籠に詰めて運んでいた。これが結構重いのだ。しかも、洗い場と厨房は離れている。皿洗いは本来一年めに入った子の仕事だったが、これは罰だから仕方がない。
「早くしなきゃ、お昼食べ損ねちゃう」
確か今日は素麺。ああ、お腹減ってきた。せっせと歩いていたら、流水殿から蓮宿を伴った紫苑が出てきた。
「玉葉」
ぱ、と顔を明るくし、こちらに来ようとする紫苑を、蓮宿が素早く止める。
「陛下、今彼女は仕事中です。邪魔なさいませんよう」
「あ、ああ」
紫苑はしょんぼりした顔でこちらを見ている。完全に子犬だ。餌あげなきゃ。相手は王だというのに、そんな気になってしまう。
「陛下、お昼はお食べになりましたか」
「ん? いや、まだだ」
「では、ご一緒にいかがですか、すぐ戻りますので」
玉葉の言葉に、紫苑が嬉しげにうなずく。
「ああ、待ってる」
玉葉は皿の籠を鳴らしながら、足早に厨房に戻った。 厨房に入ると、嵐晶たちがそうめんをすすっていた。
「あ、玉葉おかえり」
「ただいま」
帰ってくるなりせかせか動き回る玉葉を、春麗が不思議そうに見る。
「なに餌隠すリスみたいな動きしてんの?」
「ちょっと外で食べてくるね」
ざるの中を見たら、素麺が四ふさ残っていた。これだけあれば足りるだろう。ふと、オクラがあるのに気づく。玉葉はオクラを刻み、器に入れ、もろもろを手に、流水殿に戻った。
──あ、いた。紫苑は流水殿の脇に、のんびり座っていた。黒髪が陽光に照らされ輝くその姿は、一幅の絵にすら見える。貴公子の午後、という題名がつきそうだ。玉葉をみとめると、ぱ、と顔を明るくし、いそいそと寄ってくる。日向ぼっこしてた子犬が飼い主をみつけました。そんな題名に変更する。
「陛下、お待たせいたしました。……あれ、蓮宿さんは?」
「ああ、胃が痛いからと宮廷医院に行った」
「え……大丈夫なんですか」
「蓮宿は胃腸が弱いんだ。今度、なにか胃に優しいものを作ってやってくれ」
そうなのか。いつも眉間にしわをよせているのは、具合が悪いからだったのだ。あまりいい印象はないが、そういうことなら少しは理解できる。
「はい」
「それは?」
黒に緑が混じった瞳が、玉葉の抱える籠に向かう。おなかが空いているのか、そわそわしていた。
玉葉はくすりと笑い、
「素麺です。どこか食べるのにいい場所はありますか?」
紫苑はしばらく考えたあと、こっちだ、と言って歩き出す。流水殿を抜けた先にある荘園に、東屋があった。腰掛けると、手入れされた庭の様子がよく見えた。その景色に、玉葉はほう、と息を吐く。この東屋は、庭が一番美しく見える位置に配されているのだ。
「素敵ですね」
「父上はこの場所が好きだった。私はあまり、よりつかなかったが」
「え?」
聞き返そうとした玉葉に微笑み、紫苑はわくわくと言う。
「素麺は?」
「あ、はい」
玉葉は桶に氷水を入れ、素麺をいれてかき回した。器につゆをいれて差し出すと、紫苑は目を瞬く。
「これは……なんだ?」
「オクラです。素麺は糖の吸収率が高いので、オクラと一緒に食べるといいんです」
「ほう」
紫苑はつゆをぐるぐるかき混ぜた。箸でオクラを持ち上げると、箸にからまって、ついてくる。
「おお! 固まってる」
オクラを練るのに夢中になる紫苑に、玉葉は口を挟んだ。
「あの陛下、麺も食べてください」
「そうだった。面白くてついな」
「陛下は、おいくつですか」
「十九だが」
歳上なんだ。の割に子供っぽい気がするけど。
「玉葉は?」
「十七です、十五のときから厨房で働いています」
「なのに花嫁のことを知らなかったのか?」
上目遣いでこちらを見つつ、麺をすする紫苑に、玉葉はう、と詰まる。
「だって私たちには無関係のことですし、私恋バナってどうも苦手で。鯉を裁くのは得意なんですが」
もじもじしながら言うと、紫苑がふ、と笑った。
「あ、笑いましたね」
「可愛いな、と思ったんだ」
何気なく放たれた言葉に、玉葉は固まる。しばらくして動き出した。今の言葉は脳内の奥底へ叩き込んでおく。甘ったるい言葉は星料理長で耐性がついているはずなのに、不覚にも動揺した。
「もー、庶民をからかわないでください、桃色の素麺あげませんよ?」
「桃色の素麺?」
「白い素麺に、時々桃色の素麺が混じっているんです。私はそれを幸せの桃色素麺と呼んでいます。いわゆる縁起担ぎですが……家族で素麺食べてると取り合いになるんですよね」
「なるほど。それは欲しいな」
「あ、あった、あった」
はいどうぞ。桃色の麺を差し出すと、紫苑があ、と口を開いた。玉葉は目を瞬いて彼の口を見る。
「へ?」
「食べさせてくれ」
「だ、だめですよ。自分で食べてください」
紫苑のつゆに麺を落とすと、不服げな顔でこちらを見た。
「ごく自然な夫婦のやりとりなのに。これでは桜に呪われるかもしれんな」
それは脅しではないのか……。じーっと見られ、玉葉はう、と呻く。まあ、食べさせるくらいならいいだろう。
「わ、わかりましたよ……」
麺を差し出すと、ちゅるちゅる啜る。にこ、と笑った。
「美味い」
「よかったですね……」
また口を開いたので、玉葉はため息まじりに素麺を差し出した。