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さくらの花嫁  作者: あた
本編
7/32

ひみつの花嫁なのです。

「ねえねえ知ってる? 白姫が桜をもらわなかった、って噂」


 軽快な音を立てながらネギを切っていた玉葉は、その言葉にぎくりとした。

 煮炊きの匂いが漂うここは、桜花殿にある厨房。現在、昼食の支度中だ。寝覚めの悪い夢で起きた玉葉は、朝からなんとも憂鬱な気分だった。それもこれも、唐突な「花嫁」を押し付けられたせいである。


 すぐそばで、同僚たちがひそひそと噂話をしていた。


「えー? じゃあ陛下は花嫁を選ばなかったってこと?」

「それが、噂によると後宮の南棟に誰かが入ったって話なの。それが花嫁なんだって。しかも、昨晩陛下がお越しになったんですって!」


 玉葉の額に汗がにじむ。ちょっと蓮宿さん! 情報がダダ漏れしてますよ! ネギを刻む音で会話を打ち消そうと試みるが、彼女たちの口は止まらない。


「誰かってだれー」

「それがわからないのよ! 南棟には限られたものしか入れなくて、秘密にされてるの」

「へええー、有力豪族で容姿端麗な白姫よりもそちらを選ぶって、よほど魅力的な女性なのね」


 ふと、噂していた同僚の一人、嵐晶らんしょうがこちらをむいた。

「玉葉、ネギもう切らなくていいんじゃない?」

「あ、そ、そうね、あはははは」

 さかさかとネギを集める玉葉に、摘み食いをしている少女、春麗しゅんれいが問いかける。

「ねー、玉葉はどんな人だと思う? 南棟にいる花嫁は」

「さ、さあ、どうかな。南向きは日当たりがよくていいんじゃない?」


 不動産の査定のようなことを言い出す玉葉に、嵐晶があはは、と笑う。

「玉葉に聞いてもダメよ。この子きっと玲紀桜の伝説すら知らないって」


 はい、知りません。知ってたらよかったのに。普段からこの二人の噂話はよく聞いているはずだが、なぜ聞き逃してしまっていたのだろう。春麗は甘露煮をつまみながら、

「そうよねー、玉葉は食べられるものにしか興味ないもんね」


 春麗に言われたくない。彼女はいつも何かしら食べている食いしん坊なのだ。まあ、確かにその大層な桜を塩漬けにしようとしていたが。っていうか、食べてたらやっぱり呪いで死んでいたのだろうか……。ぞっとしている玉葉の背に、低く、甘い声がかけられる。


「おつかれさま、小鹿ちゃんたち」


 亜麻色の髪、甘い容姿。彼が現れただけで、厨房が明るくなった気がした。少女たちが口々に挨拶をする。


「料理長、味見をお願いします」

 少女が差し出した小皿を受け取った飛雄が、一口飲んで首を振った。

「だめだな、足りていないよ」

「え……味が薄かったですか?」

「いいや、足りないのは愛情だ。僕が君たちを好きなくらいに、愛情をこめて作って」


 きゃあっと悲鳴があがった。ちなみに黄色いほうの悲鳴だ。

 何言ってんのかしら、あの人。玉葉の背中がむずかゆくなる。自分で言ってて恥ずかしくならないのだろうか。

「玉葉、ちょっとおいで」


 内心を読みでもしたのか、入り口に立ったままの飛雄が、玉葉に向かい、怪しげに手を揺らめかせる。同僚たちから、ちらちら視線が飛んできた。


 玉葉には「恥ずかしい、寒い」上司だが、飛雄に本気で憧れている子もいるので、個人的な呼び出しは避けたいのだが……玉葉はため息まじりにそちらに向かった。


「料理長、普通に呼んでください」

「恥ずかしがらなくていいんだよ。僕と君の仲だろう?」

 飛雄は玉葉の耳元に囁く。息を吹きかけられ、悪い意味でぞくぞくした。


「だからフツーに話してくださいって!」

「じゃあ僕の膝に座って話すかい?」

「それフツーじゃないし! 用件はなんですか、私色々切らなきゃならないんです、ねぎとか、ねぎとか、ねぎとか」

「ねぎはそんなに必要ないんじゃないかな? ──実は今朝はやく、陛下に呼ばれてね。夜食は玉葉に頼むから、いらないと言われたんだ」


 玉葉はぎくりとした。もう話したのか。飛雄にとってはお株を奪われたようで面白くないだろう。言い訳がましく、言葉を連ねる。

「陛下は粉っぽい料理、というか素人くさいのがお好みらしくて。料理長の料理は洗練されてますから」


 亜麻色の瞳がす、と細くなる。


「もしかして……陛下に何か食べさせたのかい? 毒味もなしで」

「す、すいません」

 思えばあり得ない、と背筋を寒くする。

「上に知られたらことだよ。いけない子だね、玉葉。罰として今日は僕の膝で昼ご飯を食べること」


「はい……って、いや、なんで!? フツーに罰を与えてください!」

「なんだ、つまらないな。じゃあ、今日は一日皿洗い」

「はい、皿洗い頑張ります!」

 ああ、よかった。おかしな罰を回避できた。玉葉は腕まくりをし、洗い場に向かった。

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