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さくらの花嫁  作者: あた
本編
6/32

もう家には帰れません。

 玉葉は白姫が住む東棟の反対側、南棟に住むことになった。

 ──くれぐれもほかの者には知られないように、女官たちには緘口令を敷いておきますから。くるまを降りる際、蓮宿が眉をしかめて言い含めてきた言葉が脳裏に蘇った。しかし、知られるなとはまた無茶をいうものである……。


 にしても、毎日前を通り過ぎていたこの棟に、まさか住むことになるとは。荷物を置いて卓の前にぺたりと座り込み、玉葉はため息をつく。


「ああ、もう……なんなんだろ、一体」


 卓に置いた花瓶には、玲紀桜の枝が入れられている。普通の桜より白っぽく、花びらが薄い気がした。綺麗だが、こう見えて呪いの桜……いや、強い妖力を秘めた桜なのだ。ああ、ほしいなんて言うんじゃなかった。


 再びため息をついていると、す、と襖が開いた。女官がうやうやしく頭を下げる。

「玉葉様、陛下がお見えです」

「へ?」


 現れた王を見て、玉葉は慌てて頭を下げた。紫苑は玉葉の前に座り、

「楽にしてくれ」

 と言う。いや、普通無理だろう。思えばいろいろ無礼を働いた気がする。ため口きいたりとか。不敬罪で処罰されたらどうしよう……だらだら汗をかく玉葉に、彼はぽつりと言う。

「今日はすまなかった」

「いえ」

「……実はかなり怒ってないか?」


 おずおずとこちらを伺う紫苑は、まるで叱られた子犬のようだ。なんだかおかしな王様だ。とんでもなく綺麗なのに。


 毎日料理長の作る美食を食べているはずなのに、質素なうどんで喜ぶし、うっかり桜の花を渡してしまうし。少なくとも威厳たっぷりの王ではないようだ。しかし真偽が入り混じった同僚たちの話の通り、若くて容姿がいいのは本当らしい。


 玉葉は肩の力を抜き、正直な気持ちを話すことにした。

「かなり迷惑ではあります。白姫様に目の敵にされそうだし」

「う……」

「呪いの桜とか部屋に置きたくないし」

「うう……」


 どんどん縮こまっていく王が、なんだか哀れになってきた。こんな事態になったのは、玲紀桜の伝説を知らなかった玉葉にも多少の責任があるような気がするし……。というかほかのみんなは知っているのだろうか。もしかして一般常識? 知らないと非国民?


玉葉は咳払いをし、

「でもまあ、通いより朝遅く起きられるのはいいですね」

「そうか」

紫苑は嬉しげに微笑む。緩んだ黒に滲んだ緑が美しく、引き込まれそうになる。まるでこしあんに混じったうぐいす餡──。


「玉葉?」

「は、はい、なんでしょう!」

 声をかけられ、慌てて返事をする。

 いけない、王様相手に見惚れてどうするんだ。しかもあんこに例えるって。


「実は、君に頼みがあるんだ」

「頼み?」

「ああ。私の夜食を作ってくれないか?」

「夜食……?」


 玉葉は首をかしげた。王の夜食ならば、御前係の飛雄が毎日作っているはずだ。

「差し入れなら毎晩されているはずですが……」

「料理長の料理は美味いが、君の料理にはなんというか、温かみがある。素朴というか、かすかな粉っぽさというか、懐かしい気分になる」

「は、はあ」

 それ素人くさいってことですか。嬉しいような、嬉しくないような、複雑な気分である。

「でも私の一存では決められません。料理長にお伺いをたてないと」


「そうか。飛雄にはこちらから話を通しておく。ではな」

「お、おやすみなさい」

 紫苑は小さく手を振り、部屋を出て行った。

 襖が閉まるなり、玉葉はころん、と寝転がり、はあああ、とため息をついた。なんでこんなことになったのだろう、と思う。


「うどんのせい……なのかな?」

 いや、それは違う、と自分で突っ込んだ。うどんに罪はない。

「もういいや、とにかく寝よう」

ごそごそと布団に潜り込む。さすが、王宮の布団は寝心地がいい。それに、色々あって疲れてもいたため、玉葉は三秒で夢の世界に旅立った。




 桜の花が降っている。まあ、きれい。玉葉はそれを見上げていた。しかし、降ってくる量が妙に多い。しまいには、膝あたりまで桜で埋め尽くされる。逃げようにも花びらが重くて漕げない。顎あたりまで桜がきた。あっぷあっぷと息継ぎをしながらもがく。


 誰か助けて、苦しい、死ぬ……


「うぎゃあっ!」

玉葉は乙女とも思えぬ悲鳴をあげて起き上がった。

 ばくばく心臓が鳴り、額には汗が滲んでいる。障子の向こうが明るくなり、鳥がチュンチュン鳴いている。ああ、夢か……。ほっとしつつ、ぶるっと震えて腕をさする。


「っ縁起でもない……!」


 玉葉は額の汗を拭いながら、卓の上に乗った玲紀桜を見た。昨日と変わらず、美しく妖しく咲いている。──ああ、やっぱり夢じゃないんだ。

 がくりと肩を落とした玉葉は、厨房に向かう準備をし始めた。

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