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さくらの花嫁  作者: あた
本編
4/32

いきなり無茶を言い過ぎです。

 流水殿と呼ばれる建物内。玉葉は執務室に来ていた。磨き抜かれた黒檀の床、たった一人が座ることを許された、黄金の玉座。当然ながら、こんなところに入ったことはない。かちかちになっている玉葉の前に、小狼――いや、紫苑が座っている。


 結われた漆黒の髪に、端正な面立ち。瞳は黒だが、少し緑がかっていた。浮世離れした雰囲気は実際に殿上人だからか。信じられない、こんな綺麗なひとが王だなんて。紫苑の隣では、蓮宿が額を押さえている。


「……で、ふらふら歩いてたらいい匂いがして、うどんをご馳走になった礼に、思わず桜を渡してしまったと?」

 こくりと頷く紫苑。

「すまん」

「すまんじゃないでしょう! 陛下ってば食い意地が張ってるんだから!」

 蓮宿はわあっと顔を覆った。のち腹を抑える。


「ああ、胃が痛いっ……」

「だ、大丈夫ですか?」

 玉葉が話しかけると、きっとこちらを睨んで来る。

「あなたも、なぜこんな夜中にうどんを作っているんです! せめて匂いのしないものならよかったのに!」

「スイマセン」


 反射的に謝ってからむっとする。そんなことを言われても、夜食係なのだから仕方ないではないか。

「玉葉は悪くない。私のせいだ」

「ええもちろんそうですよ。罪は陛下にある。うどん嬢は悪くない。ええそうですとも」

「なんか呼び名に悪意がある気がするんですけど!?」


 こほん、と咳払いした蓮宿が、急に真顔になる。

「桜玉葉」

 玉葉は思わず背筋を伸ばした。

「は、い」

「今回のことは陛下の不手際であり、あなたには責任はない。しかし、桜を受け取った以上、義務を果たしてもらわねば困るのです」

「義務……?」

「陛下の花嫁になっていただきたい」


 はな、よめ? 一瞬意味が理解できずに、玉葉は目を瞬いた。のち、手を打ち鳴らす。

「あははは」

 冗談にしようという寸法であった。

「残念ながら冗談ではないですよ。──占星術師の朱里しゅりをここへ」


 しばらくして、頭巾をかぶった男がやってきた。頭巾のせいで顔だちはよく見えず、やたらに腰が低く、揉み手をしている。


「およびですか、蓮宿さま」

「ええ、花嫁のことで」

「ああー、こないだも言ったけんど、蓮宿さまの花嫁はなかなかこないっぺ」

「……誰が私の花嫁だと言ってるんです、さくらの花嫁についてに決まっているでしょう!」

 青筋をたてた蓮宿に、朱里がああー、と頷く。

「さくらの花嫁ね。あ、そういえば今日が儀式の日だっぺ。首尾はどうですかね、陛下」


 朱里の視線を受け、紫苑がう、と呻いた。

「それが、他の女人に花を渡してしまったんだ……」

「え、誰に?」

「そちらにいるうどん嬢に」

 え、うどん? 朱里はキョロキョロ辺りを見回し、玉葉に視線を向けた。


「ああー、この子だっぺか。なかなかかわいらしーおなごだ」

 褒められて悪い気はしない。

「けどなんか女子力がひくそーだっぺな」

 むっとして唇を尖らせたら、紫苑がかばうように口を開く。

「玉葉は料理がうまい」

「料理人かあ、へー」


 朱里はしげしげ玉葉を見て、手を差し出した。

「ちょっと手を拝見」

 蓮宿に促され、玉葉は彼の掌に手を乗せた。んー、荒れてるべ、女子力に難があるっぺ。玉葉はぶつぶつ言う朱里を指差し、

「なんなんですか? この人……」

「占星術師の朱里です。天候を当てるのが主な仕事ですが、手相や人相も観ます」


 玉葉の手相を観ていた朱里が、いきなり声をあげた。

「ややっ」

「え、なに?」

「あんた男にモテないでしょう……女子力低いなあし」

「余計なお世話すぎる……」

「でも運命線は強いなあ」

「運命線?」


 なぜか紫苑が肩を揺らした気がした。朱里はそれを見て、口元を緩める。


「手相にはそれぞれ名前がついてて、運命線は、つよーい運命で繋がれてる人がいる者に現れるもんだがや」

「運命って、恋人とか?」

「いんや、そうとも限らんの。同性の場合もある」

 朱里は訛り言葉で語り始めた。

「人にはえにしというものがあって、糸みたいにつながってる。あんたと陛下には縁があるっちゅうわけ」

 縁。ちら、と紫苑を見ると、彼は微笑んだ。

「でも、二年宮中にいますけど、陛下と話したのはさっきが初めてですよ……」

「縁はいつつながるかわからんの。だからおもしろいんだがや」

「縁があるから花嫁になれっていうんですか? よくわからないんだけど」


「あの桜には伝承がありましてね……木の下で愛を誓い合うと一生添い遂げることができると言われているんです。ちなみに、桜の枝にも効力があります」

 蓮宿の言葉を、紫苑が継ぐ。

「連理の枝、という言葉を知っているか」

「れんり?」


 玉葉は首を傾げた。なんだろう、レンコンの仲間だろうか。

比翼連理ひよくれんり、つまり一連托生。玲紀桜には妖力があるといわれているんだ。桜の枝を渡した以上、別れると呪われる」

「呪われッ!?」


 玉葉はびくりとし、慌てて首を振る。

「いやいや、レンコンだか沢庵だか知らないけど無理ですよ! 私ただの料理人だし!」

「そんなにいやか」

 しょんぼり顔をされて、玉葉はう、と詰まる。

「レンコンでも沢庵でもないですがね」

 蓮宿は冷たく告げた。


 朱里は頬を掻いて、

「玲紀桜の枝は一年枯れないでよ。少なくとも一年は離婚できない。逆に言えば一年は夫婦でいてもらわんとねえ」

「しなかった場合は」

「そりゃあんた、苦しんで死ぬがや」


 直裁な言葉に、顔を引きつらせる。死ぬ、でなく苦しんで死ぬ、とは。なんでそんな恐ろしいものを花嫁に渡すのだ、おかしいだろう。

「私に渡したのは手違いなんですよね? 今から白姫さまに桜をお渡しすればいいのでは……」

「それはできんて。ここに書いてあるがね、えーとちょっと待って」

 懐からごそごそと出した冊子を、朱里は開く。


「玲紀桜の枝、これを王位につくものの伴侶に捧げるべし。一年枯れぬ花により、二人の絆を確かめよ。花を持つ一年間、もし離れれば死が待つ」

「桜花国の秘伝書ですね。つまり、一度渡してしまうと取り返しが効かないのですね」

 蓮宿は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「そういうことだわ。しゃーないから、二人、結婚したらええがや」

「ええっ……」

蓮宿が鋭く言う。

「朱里、無責任なことを言ってはいけません」

 朱里は肩を竦め、

「これもさだめと思うがにゃあ」

「いいえ、今さら白姫との婚約を破棄などできません。藤家をないがしろにでもしたら、どんな報復が待っているか」


 紫苑はふっと顔を暗くする。三人の視線は玉葉へと向かっていた。玉葉はぐ、とこぶしを握り、

「わ、わかりました。今まで通り料理人を続けさせてくれるなら、一年だけ奥さんをやります。ただし、周りには秘密で!」


 蓮淑はうなずき、

「しかし白姫さまには話を通さねばなりません」

 彼女の反応を想像して、玉葉はう、と呻いた。

誤字報告ありがとうございます(^O^)

匂いのしないも→匂いのしないもの

修正しました〜

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