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さくらの花嫁  作者: あた
本編
31/32

エピローグ

 この椅子は座り心地が悪い、と紫苑は自分が掛けた玉座を見下ろす。黒檀と金で彩られた豪奢な椅子。父のものだった椅子は、彼の死により紫苑のものになった。


「いよいよ、花嫁を迎える季節ですな」


 官吏の声に、紫苑は瞳をあげた。緑がかった黒の瞳で見つめると、彼は気圧されたように身を引く。官僚たちの態度はふた通りだ。紫苑を遠ざけ影で非難するか、表面的に愛想よく接するか。


 そのどちらでもない蓮宿は、紫苑の隣に控えている。 いつも胃を痛めている彼だが、今日はとりわけ眉間のシワが深い。もうすぐ花嫁を迎えるから緊張しているのだ。


 白姫が後宮に入って一日たち、会議の議題は花嫁のことでもちきりだった。自分のことなのに、紫苑はなぜか人ごとのように感じていた。

 蓮宿のほうがきっと花嫁のことを気にしている。有力貴族との縁結び。それが紫苑に期待されているもっとも大きな仕事だ。それがうまく行けば、紫苑の評価は高くなる──らしい。


「なにか意見がありますか、朱里さま」

 官吏たちの一番端にいた頭巾の男が、

「いんや、ごぜえません。明後日、満月の日にあんじょうようしてください」

 やけに訛った口調で言い、深々と頭をさげる。

「では予定通り、明後日に玲紀桜を渡すということで」

 間近で聞こえる蓮宿の声を、紫苑はぼんやりしながら聞いていた。


「陛下」

 蓮宿と二人、広間から出て廊下を歩いていると、占星術師の朱里が声をかけてきた。

「どうした、朱里」

「今日、花見に行くといいでよ」

 彼は訛りつつも、のんびりとした口調で言う。

「そうすっと、うんめーの人に出会えるかもよう」

「うんめーのひと?」

 蓮宿が口を挟む。

「陛下の運命の人は白姫さまでは?」

「いんや、白姫さまはうんめーの人でねえ。んでも、はだ白くて細っこくて、でんらかわええおなごしだわ」


「後半何言ってるかわからないんですが」

 眉をしかめる蓮宿をよそに、紫苑は思わず尋ねる。

「うんめーの人とは、なんなんだ?」

「陛下の人生を変えるおなごしだ。ただ、白姫さまほどかわいくねえ」

「ふむ」


 紫苑は蓮宿を見た。すると、ますます眉間のシワが濃くなる。

「まさか、花見に行きたいとか言い出しませんよね?」

「だめか」

蓮宿がぴしりと告げた。

「だめです。朱里、あなたも妙なことを吹き込まないでください」

「おみゃーさんは頭固くて愛想ないから婚期が遅いわ」

「ひとの婚期を勝手に占うな」



 ★



 船が水面をゆくと、かすかに揺れが伝わってくる。紫苑は御簾越しに桜を眺めていた。陽光の下はらはらと散る、薄紅色の桜。直接拝んでみたくなって御簾を上げようとしたら、向かいに座る蓮宿から鋭い声が飛んできた。

「陛下、御簾は上げないよう兵に言い含められたでしょう。控えてください」

「いいではないか、少しだけ」

「だめです。兵を置いてくる条件が、「けして御簾を上げないこと」なのですから」


 御簾は矢羽で紫苑を狙う刺客避け、らしい。今更自分を狙う人間がいるだろうか。王宮を離れた先王の側室、力ある豪族たち。殺すほどの価値が、果たして自分にあるのだろうか。もう少ししたら、紫苑はよく知らぬ娘と結婚する。


別に花見がしたいわけではなかった。ただ、王宮の外に出たかったのだ。

参っているのだろうか、自分は。


「おまえは花見の席でも眉間にしわだな」

 補佐官に言うと、私はこういう顔なのです、とかえってきた。むっつりとしている蓮宿に肩をすくめ、紫苑は再び御簾の向こうに目をやる。


 ふと、土手にいる人影が、こちらを見ているような気がした。顔は見えないが、ほっそりとした少女のようだ。

 紫苑は御簾をのけ、そっと手を出した。すると、その少女も手を伸ばしてくる。

 ──あ。


 一瞬手が触れ合うような気がしたが、届くはずもなく、掌には少女の指先ではなく、何かが落ちた感触がする。そのまま手を引くと、桜の花びらが乗っていた。

「……」

 じっと花びらを見つめる紫苑に、蓮宿が陛下? と声をかけてくる。


「蓮宿、おまえは桜の花が好きか?」

「ええ、まあ……人並みには」

「私はあまり、好きではないんだ。なんとなく不気味だろう? 一斉に咲いて、散るところとか」

「しかし、陛下が花見に来たいとおしゃったのではないですか」

「うん、こういうところで見ると、特別きれいなのだろうか、と思ってな」


 結局、さくらはよく見えなかった。だが──岸辺からこちらへ手を伸ばした、あの少女。

「あの娘には、もう一度会うような気がするな」

 顔もわからなかった少女を思って、紫苑は花びらをふっと吹いた。


 さくらの花嫁/end

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